第12話: 四人目
村は小さい。
畑と、井戸と、古い祠。
勇者が子どもに囲まれている。
「ほんとに魔王を倒すの?」
「ああ」
迷いのない声。
聖女が微笑み、子どもの頭を撫でる。
賢者は村の地図を広げ、村長と話している。
俺は少し離れて立つ。
この村は、古い。
石畳のすり減り方が違う。
何度も踏まれた道だ。
「勇者様」
村長が深く頭を下げる。
白い髭。静かな目。
「よくぞお越しくださいました」
勇者が困ったように笑う。
「様はいらない」
村長は首を横に振る。
「いえ。歴代の勇者様も、皆そう仰いました」
歴代。
その言葉が、わずかに重い。
俺は顔を上げる。
「歴代?」
賢者が先に反応する。
「過去にも勇者が?」
村長はゆっくり頷く。
「ええ。この村は、魔王へ向かう者たちが、必ず立ち寄る場所でしてな」
必ず。
勇者は素直に感心する。
「そうなのか」
聖女が祠を見る。
「ここは……祈りの地ですね」
「代々、四人の旅人が祈りを捧げていかれました」
四人。
俺の指先が、わずかに冷える。
賢者が興味深そうに聞く。
「記録は残っていますか?」
村長は家の奥へ案内する。
薄暗い部屋。
棚に並ぶ古い書板。
油の匂い。
村長が一枚を取り出す。
「これは百年前の記録」
勇者が覗き込む。
「百年……」
村長が読む。
「勇者、聖女、賢者、戦士。四人揃い、魔王討伐へ向かう」
はっきりと刻まれている。
戦士。
俺は目を細める。
村長は次の板を手に取る。
「さらにその百年前も」
同じ文言。
「勇者、聖女、賢者、戦士」
順番も同じ。
削れも歪みもない。
勇者が笑う。
「やっぱり四人なんだな」
賢者が頷く。
「構造が固定されている。役割分担として合理的だ」
聖女が静かに言う。
「神は均衡を愛されます」
均衡。
俺の喉がわずかに乾く。
千年前の板も。
同じ。
勇者。
聖女。
賢者。
戦士。
一度も崩れていない。
村長が俺を見る。
「そして今回も、四人様でございますな」
勇者が振り返る。
「ああ」
軽い。
何も疑っていない。
だが。
俺は知っている。
今回の四人は。
勇者。
聖女。
賢者。
――暗殺者。
俺だ。
棚の奥に、さらに古い板がある。
手に取る。
千五百年前。
同じ並び。
戦士。
戦士。
戦士。
一度も、別の役割に変わった形跡がない。
なぜ今回だけ違う。
なぜ戦士ではなく、俺なのか。
勇者は前に立つ光だ。
聖女は支える祈りだ。
賢者は導く知だ。
そして戦士は――
正面で受ける盾であり、
刃を交える腕であり、
勇者の隣に立つ存在だ。
だが、今そこにいるのは俺だ。
背後から刺す者。
影に潜む者。
均衡から見れば、
俺は異物だ。
勇者が言う。
「俺たちも記録に残るんだな」
誇らしげに。
聖女が微笑む。
「光は受け継がれます」
賢者が言う。
「役割の継承は安定を意味する」
役割の継承。
ならば。
俺は何を継承した。
暗殺者という役割は、
この構造のどこにある。
戦士が消えた。
のではない。
記録上は、常に戦士だった。
消えたのは――
今回だけだ。
俺は祠の石に触れる。
冷たい。
何度も四人が立った場所。
勇者。
聖女。
賢者。
戦士。
その隣に立つはずだった存在を、
俺が押しのけたのか。
それとも。
最初から、
選ばれなかったのか。
胸の奥に、重たいものが落ちる。
もし、
本来そこに立つはずだった誰かがいるのなら。
俺は。
その誰かの場所を、
奪っている。
罪悪感。
まだ形はない。
だが、確かにある。
均衡は崩れている。
勇者は気づかない。
聖女も。
賢者も。
俺だけが。
書板を見ている。
勇者。
聖女。
賢者。
戦士。
その四文字が、
やけに美しく並んでいる。
完成された構図。
隙のない役割。
そこに混ざる、
暗殺者。
物語は、同じ形を繰り返してきた。
だが。
今回だけ。
一箇所が違う。
なぜだ。
俺が異物なのか。
それとも。
この物語が、
俺を必要としているのか。
答えは出ない。
ただ一つ確かなのは。
均衡は、
崩れた。
そしてその歪みの中心に、
俺がいる。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




