第1話: 導きの街
バチッ。
頭の奥で、火花のようなものが散った。
一瞬、視界が白くなる。
ゆっくりと、焦点が合う。
木の天井。
軋む音。
揺れ。
馬車だ。
……そうだ。旅の途中だ。
俺はゆっくりと息を吐く。
何も変わっていない。
なのに。
何かが、薄く剥がれたような感覚がある。
隣。
勇者が腕を組み、目を閉じている。
無言。だが迷いはない。
向かいでは聖女と賢者。
「次の街で補給ですね」
「ええ。想定ルートです」
想定。
その言葉に、なぜか引っかかる。
俺たちは魔王討伐の旅をしている。
王国が選んだ四人。
勇者。聖女。賢者。暗殺者。
役割は決まっている。
勇者は前に立つ。
聖女は癒す。
賢者は分析する。
俺は、殺す。
それで、うまくいく。
……うまくいく?
馬車が止まる。
「着きましたよ!」
門だ。
石造りの城壁。
衛兵。
掲げられた旗。
俺は、なぜか緊張する。
門兵が前に出る。
「ここはアレスト王国、ルーグの街だよ」
……。
勇者が頷く。
「通してくれ」
門兵は、同じ抑揚で繰り返す。
「ようこそ。ここはアレスト王国、ルーグの街だよ」
同じ。
まったく同じ声色。
笑っていない。怒っていない。
感情が、ない。
街へ入る。
喧騒。人の声。商人の呼び込み。
だが、違和感は消えない。
前の街でも。
その前でも。
門兵は同じことを言った。
言い回しも、抑揚も、間の取り方も。
まるで、再生された音声のように。
「どうかしたか?」
勇者が聞く。
「……いや」
俺は視線を逸らす。
俺だけか?
宿屋に入る。
カウンターの男が顔を上げる。
「一泊、200ゴールドだよ」
部屋数を聞かない。
名前も聞かない。
前金も後払いも言わない。
ただ。
「一泊、200ゴールドだよ」
勇者が金を置く。
男は動かない。
もう一度言う。
「一泊、200ゴールドだよ」
……怖い。
「部屋は二つだ」
勇者が言う。
男は鍵を二つ差し出す。
無言。
だがさっきの台詞と同じ抑揚で、
「一泊、200ゴールドだよ」
聖女が微笑む。
「物価が安定していますね」
賢者が頷く。
「均質な経済圏ということだ」
違う。
これは均質じゃない。
これは——固定だ。
廊下を歩く。
壁際に壺が並んでいる。
勇者が立ち止まる。
何の迷いもなく、剣の柄で叩き割る。
ガシャッ。
破片が散る。
俺の心臓が跳ねる。
「何してる」
勇者は当然の顔で言う。
「探索だ」
床に、緑の葉。
その瞬間。
頭の中で、硬い音。
【薬草を手に入れました】
空気が一瞬、凍る。
今のは、何だ。
誰が言った。
振り返る。
聖女が葉を拾う。
「神の導きですね」
賢者が言う。
「期待値通りだ」
勇者が頷く。
「壺は割るものだ」
割るもの?
ここは宿屋だ。
他人の所有物だ。
「弁償は」
三人が同時に俺を見る。
その目に、微かな困惑。
「壺だぞ?」
勇者。
「資源だ」
賢者。
「神の恵みです」
聖女。
俺の喉が渇く。
「他人の物だ」
勇者が首を傾げる。
「壺は壊すものだ」
その瞬間、背筋が凍る。
違う。
壺は飾るものだ。
水を入れるものだ。
壊すものじゃない。
だが、前の街でも壊した。
怒られなかった。
宿屋の主人は何も言わなかった。
まるで——
壺が最初から壊れるために置かれていたみたいに。
俺は廊下の先を見る。
同じ壺が、等間隔で並んでいる。
同じ模様。
同じ高さ。
同じ距離。
誰もそれを不自然だと思っていない。
俺の呼吸が荒くなる。
「お前たち、本当に何も感じないのか?」
勇者が眉をひそめる。
「何をだ」
「門兵も、宿屋も、壺も」
沈黙。
聖女が優しく言う。
「旅で疲れているのでは?」
賢者が分析口調で。
「過度の警戒は判断を鈍らせる」
勇者が短く。
「進むぞ」
進む。
そうだ。
俺たちは進む。
レベルを上げて。
魔王を倒す。
それが正しい。
それが正解。
それが導き。
そのはずだ。
なのに。
胸の奥で、何かが囁く。
——これは、何かがおかしい。
俺だけが。
おかしいのか?
それとも。
この世界が。
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