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第十四話 八犬士の証、すれ違う正義

湯船から上がった弥信たちが脱衣所に戻ると、籠の中には少し大きめの長袖シャツとスウェットが用意されていた。三人は無言のまま、その温もりに袖を通す。

 外へ出ると、そこにはアマビエが静かに佇んでいた。

 

「温まりましたか?」

「はい。ありがとうございます」

 

 弥信が軽く頭を下げると、アマビエは「それはよかった」と優しく目を細めた。

 

「では、伏姫様がお待ちの部屋にご案内しますね」

 

 廊下を進むにつれ、昨日と同じ見慣れた、けれどどこか浮世離れした景色が流れていく。やがて、昨日も通された重厚な扉の前にたどり着くと、アマビエはゆっくりと立ち止まった。

 

「失礼します。伏姫様」

 

 障子が開けられたその先――そこにいたのは、大きな口を開けて、今まさに美味しそうに大福を頬張ろうとしている伏姫だった。

 伏姫の手が、空中でピタリと止まる。

 数秒の沈黙。伏姫は泳ぎそうになる目を必死に抑え、こほん、と小さく咳払いをした。

 

「……失礼。少し、甘味に気を取られていました」

 

 大福をそっと皿に戻し、背筋を正す。けれど、その頬には微かに粉がついている。

 

「アマビエさん、彼女たちにもお茶と大福を」

 

 伏姫の指示でアマビエが去ると、部屋に残された弥信と忠穂はたまらずクスクスと笑い出し、それを礼夏が肘で制するという、いつもの演劇部のような空気が流れた。


伏姫は小さく、もう一度咳払いをした。


「……さて」

 

何事もなかったかのように伏姫が微笑む。


「聞きたいことはたくさんあると思いますが、まずは甘い物でも食べながら、皆さんの話を聞かせてください」


その言葉に合わせるように、アマビエがお茶と伏姫の前にあったのと同じ大福を運び、三人の前にそっと置いた。

三人は顔を見合わせ、少し戸惑いながらも大福に手を伸ばす。

一口かじった瞬間、柔らかな餅が歯に吸いつくように伸び、中から甘酸っぱい苺の果汁がじゅわりと広がった。あんこの甘さは控えめで、苺の香りを引き立てている。


「……美味しい」


思わず零れた弥信の呟きに、伏姫はくすりと微笑む。


「でしょう? ここのいちご大福は絶品なんですよ」


そう言って、伏姫もまた嬉しそうに大福を口に運んだ。


3人は伏姫に促されるまま、学校のことや部活の話や今度大会があることなどを話した。

恐ろしい体験をした後だからこそ、そんな何気ない日常の話が、今の彼女たちには何よりの薬だった。


そうしていると、廊下がにわかに騒がしくなり障子が勢いよく開かれた。


 「伏姫さま、残りの子らも連れてきましたぜ」


酒呑童子が引き連れてきたのは、男子部員たちだった。

いきなり開けられた障子に目を丸くし、四人の手が大福を持ったまま同時に止まる。

その視線は一斉に障子へ向けられた。


「あぁ!大福!」


悌は大福を指さし、声をあげた。

弥信たちはその様子を見て、思わず顔を見合わせる。


「美味しいわよ」


礼夏が意地悪く片頬を上げる。


「いいなぁ……」


恨めしそうな視線を礼夏の大福に向けながら悌は3人の後ろに腰を下ろした。


「でしたら、持ってきましょうか?」

「ホントですか?!」


目を輝かせる悌に、アマビエはクスリと笑った。


「えぇ。他の皆さんはどうですか?」

「おっ! ならもらおうかな」


考希は手を挙げた。


「はい。そちらのおふたりは?」


アマビエが考希と義翔に視線を向ける。


「僕は大丈夫です」


義翔は手を前にして言った。


「俺も」


智陽もあとに続く。


「では、おふたりにはお茶をお持ちしますね」


そう言って、アマビエは部屋をあとにした。


「では、皆さん揃ったので。何があったのか、教えていただけますか」


伏姫の問いに、部屋の空気が一気に重く沈んだ。

重く沈んだ空気の中で、最初に口を開いたのは考希だった。


「……朝起きたら、父さんと母さんがおかしかったんだ」

「それうちもそうだった⋯」


弥信がポツリとこぼす。


「俺も」

「うちも」


ぽつり、ぽつりと声が重なる。

それはどれも「家族からの殺意」という、耐え難い現実だった。


「これも⋯玉梓のせい?」


忠穂が尋ねると伏姫はコクリと頷いた。


「なら、あの痣も玉梓に関係しているんですか?」

「痣?」


礼夏の言葉に伏姫は小首を傾げた。


「はい。私たち、同じ……牡丹みたいな痣があったんです」


「これよ」


そう言って、礼夏は長い髪をかき上げ、首元を見せた。


「たぶん……みんなにも、あると思うんだけど」


弥信が少し遠慮がちに呟いた。


「なるほど! なら、確認すればいいんだな?」


そう言うなり、考希が自分の制服に手を伸ばした。


「きゃっ!」


忠穂が悲鳴を上げ、弥信と礼夏も反射的に視線を逸らす。


「ちょっと!!」

「先輩!!」


重なるように、義翔と智陽の怒声が飛んだ。


「はいはい、あっちで確認しましょう」

「行きますよ、先輩」


悌と結仁に背中を押され、考希は隣の部屋へ連れて行かれた。


しばらくすると、隣の部屋から考希の豪快な笑い声が響き、ほどなくして男子たちが戻ってきた。


「どうでした?」

「うん、あった。俺は背中に、義翔はへその下に、智陽は左腕に、結仁は右太ももに、悌に関してはし……」

「わぁ!わぁ!あった!あったことがわかればいいんだよ!」


悌は手を振り回し考希の説明に割り込んだ。


伏姫は不思議そうに小さく首を傾げ、それから静かに告げる。


「それは、あなた方が八犬士である証です」

「やっぱり……」


礼夏がポツリとこぼす。


「でも、なんで私たちなんだろ……私たち……まだ高校生だよ?」


声を震わせ忠穂が俯くと伏姫は少し悲しげに笑みを浮かべると、忠穂の手を取った。


「そうですね。もし、玉梓の封印が解かれていなかったら……あなたたちは普通に高校生として学校に行き、仲間たちと」


そこで言葉を止め、伏姫は一度息をつくと、他のメンバーへと視線を向けた。


「演劇の練習をして、温かな家族の元に戻っていたのでしょうね。それができなくなったのは私たちの力不足です。本来なら、あなたたちをここに立たせるべきではなかった……ごめんなさい」


伏姫は頭を下げた。すると、その場にいた酒呑童子や茨木童子も頭を下げた。


「そんな!……頭を上げてください」


弥信は手を振り辺りを見渡した。


「安堂はお人好しだな」


智陽の呟きに、全員の視線が一斉に彼へと向いた。

 

「僕たちは殺されかけたんだぞ。“こんなはずじゃなかった”って言葉で片付けられてもな」


すると、酒呑童子がツカツカと智陽に近づくと胸元を掴みあげた。


「あぁ?伏姫さまは玉梓の封印が解かれないよう努力はなさってた。解かれたあとも必死に対策をされていた。それを何も知らない餓鬼が、知った口をきくな!」

「やめましょうよ!落ち着いて」


悌が酒呑童子の腕を掴む。


「酒呑童子」


伏姫が短く名前を呼ぶと酒呑童子は渋々といった顔で智陽から手を離し、茨木童子の隣に戻った。

その直後、小さく「イテッ」と間の抜けた声がした。


「ごめんなさいね。たしかに、あなたの意見ももっともです。今のあなたたちは、あまりにも幼い。だから」


そこで伏姫はまっすぐ智陽を見る。

「あなたたちはここにいてください。これは私たちの責任です。私たちが終わらせます」

「できるのか?」


智陽は伏姫をまっすぐ見返す。

 

「終わらせます。何があっても」


その時。


「失礼します。大福とお茶をお持ちしました」


そう言いアマビエが部屋に入ってくる。


「やったぁ!いただきまぁす」


悌は持ってこられた大福にかぶりついた。

その様子を横目に見ながら、智陽はゆっくりと立ち上がる。


「ん?どうした?智陽」

「……頭冷やしてきます」


考希にそう言い残し智陽は部屋をあとにした。

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