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魔王と勇者は、隣の部屋で配信中。  作者: 瀬那
第2章 赤点危機と、深夜の秘密特訓

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第6話

「……限界だ。もう脳みそがショートする」


 勉強開始から二時間。

 私はシャープペンシルを放り出し、ローテーブルに突っ伏した。

 私の脳内メモリは、とっくの昔にオーバーフローを起こしている。普段、3行以上の文章を読まない(利用規約は『同意する』を連打するタイプ)私にとって、現代文の長文読解など拷問以外の何物でもない。


「ちょっと、まだ半分も終わってないわよ。起きなさい」

「無理だ……。これ以上詰め込んだら、代わりに『ぷよぷよ』の連鎖の組み方を忘れてしまう……」

「そんな無駄な知識、忘れてしまいなさいよ」


 白崎が私の頬をぺちぺちと叩く。

 眼鏡の奥の瞳は、まだ死んでいない。恐ろしい体力だ。これが優等生という種族か。


「そもそもな、この作者の気持ちを答えよ、ってなんだ。知らんがな。作者じゃないし」

「文脈から読み取るのよ。……はぁ。あんた、本当によく今まで高校生やってこれたわね」

「魔王の処世術(カンニングと勘)を甘く見るなよ」

「自慢にならないから」


 白崎は呆れ果てて、ふぅ、と息を吐いた。

 そして、少し意地悪な笑みを浮かべた。


「……ねえ、ベルちゃん。あんた、今夜『勉強配信』するって予告ツイートしてなかった?」

「ッ!?」


 ギクリとした。

 そうだ。昨日の夜、勢いで『明日は魔王の超絶IQを見せつける勉強枠をとる!』とつぶやいてしまったんだった。

 今のこのポンコツ具合を見れば、配信で大恥をかくのは目に見えている。


「や、やめるか……。『魔界の回線工事が入った』とか言って……」

「ダメよ。一度吐いた唾を飲み込むなんて、魔王の名折れじゃない?」

「ぐぬぬ……! しかし、このままではリスナーに私の赤点レベルの知能が露呈してしまう! 『おっさん説』に加えて『バカ説』まで流れたら、私の威厳は崩壊だ!」


 頭を抱える私を見て、白崎はクスクスと笑った。

 そして、悪魔の(いや、ここでは天使の?)囁きをした。


「……じゃあ、私が手伝ってあげましょうか?」

「え?」

「あんたが配信してる間、私が通話ミュートで繋いでおいてあげる。で、分からない問題が出たら、こっそりチャットで答えを教えてあげるわ」

「なっ……!?」


 それはつまり、「リアルタイム・カンニング」ということか!?

 委員長にあるまじき提案だ。だが、今の私にとっては蜘蛛の糸に見える。


「ど、どうしたんだ白崎。急にそんな、私に都合のいいことを……」

「勘違いしないで。あんたが配信でバカを晒して、コラボ相手の私まで『類友』だと思われるのが嫌なだけよ」


 彼女はツンと顔を背けたが、その耳はやっぱり少し赤い。

 ……こいつ、なんだかんだ言って世話焼きすぎるだろ。


「分かった、その話乗った! 共犯関係といこうじゃないか!」

「人聞きの悪いこと言わないで。……ほら、そうと決まれば部屋に戻って準備しなさい。あと一時間で配信開始よ」


 二十一時。

 私は自室(201号室)に戻り、配信の準備を整えていた。

 PCの画面には、リスナーたちの待機コメントが流れている。

 そして、サブモニターにはDiscordのチャット画面。相手はもちろん、隣の部屋にいる白崎セラだ。


『準備はいい? ボロ出さないでよ』

「(任せろ。演技力には定評がある)」


 キーボードを叩いて返信し、私は深呼吸をした。

 配信開始ボタンを、ッターン! と押す。


「ふはははは! 待たせたな人間ども! 今宵は『インテリジェンス魔王』の真の姿を見せてやるぞ!」


 BGMと共に、夜魔乃ベルの立ち絵が表示される。

 今日の企画は、リスナーから送られてきた「高校レベルの教養クイズ」を解いていくという、自爆特攻スレスレの企画だ。


『インテリジェンス(笑)』

『昨日のぬるぽおじさんがなんだって?』

『偏差値2の魔王様ちーっす』

『どうせ答えられなくて台パンする未来が見える』


 開始早々、コメント欄は煽りの嵐だ。

 ふっふっふ、甘いな。

 今日の私には、最強の参謀ゴーストライターがついているのだ!


「ふん、雑音がうるさいな。さっさと問題を出してみろ。私の頭脳は、貴様らのスパコンすら凌駕するぞ」


 さっそく、一問目がマシュマロで届いた。


『Q.次の四字熟語の読みと意味を答えよ。【唯我独尊】』


 ……えーと。

 ゆい……が……どく……?

 読めるかボケ! 魔界には四文字も漢字を並べる文化はない!

 しかし、私は顔色一つ変えず(アバターだから当然だが)、余裕の笑みを浮かべた。


「ほう、随分と簡単な問題を持ってきたな。私を舐めているのか?」


 言いながら、視線はサブモニターへ。

 そこには、既に白崎からのチャットが届いていた。


『【読み:ゆいがどくそん】意味:自分だけが優れていると思い上がること。今のあんたのことよ』


 ……一言余計だわ!

 だが、答えは完璧だ。私はそれを、さも自分の知識のように読み上げた。


「読みは『ゆいがどくそん』! 意味は……そう、この世で私だけが最も尊い存在である、という真理を表した言葉だ!」


『おおおおお!』

『正解だと!?』

『まぐれだろ』

『意味の解釈がちょっと魔王寄りだけど合ってるw』

『ベル様、実は賢い?』


 どよめくコメント欄。

 快感だ。

 自分の力じゃないのにドヤ顔をする、この背徳感がたまらない。


 その後も、私は白崎のサポートを受けながら、次々と難問をクリアしていった。

 歴史の年号、化学式、英語の翻訳。

 全てにおいて即答(チャットのラグ込みで3秒以内)する私の姿に、リスナーたちの反応が変わり始める。


『え、ガチで天才じゃね?』

『wiki見てるにしては反応早すぎる』

『ベル様ごめん、おっさんとか言って』

『これはIQ5000の魔王』

『見直した』


 ふははは! 見ろ、この称賛の嵐を!

 私はモニターの前でふんぞり返った。

 隣の部屋で、白崎が必死にキーボードを叩き、参考書をめくっている音など、リスナーには届かない。


 だが。

 調子に乗った魔王には、必ず天罰が下るものだ。


『Q.数学の問題です。y=ax²のグラフにおいて……』


 リスナーから、ガチの数学問題が投下された。

 私は鼻で笑った。


「ふっ、数学か。数字は魔術の基礎だからな。造作もない」


 私はチラリとサブモニターを見た。

 白崎なら、これも瞬殺してくれるはず――


『……ごめん、ちょっと待って。計算するから』

「(えっ)」

『紙とペン探してる』


 チャットの更新が止まった。

 おい! おい優等生!

 沈黙が流れる。5秒、10秒。

 放送事故の足音が近づいてくる。


「……あー、んんっ! どうした人間ども、難しすぎて答えが出ないのか? 私はもう解けているが、貴様らに考える時間を与えてやっているのだぞ?」


 冷や汗が止まらない。

 早く! 早くしてくれ白崎!

 隣の部屋から、カリカリカリ……ッ! と猛烈な勢いでシャーペンを走らせる音が、壁越しにかすかに聞こえてくる。

 頑張れ! 負けるな委員長! 私の威厳は今、お前の計算速度にかかっている!


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