第15話
そして数日後。
決戦の火蓋は切られた。
私は新品のPC(白崎が選んでくれた『Ryzen 7』搭載機)の前に座り、高らかに配信開始ボタンを押した。
かつての「ファンが唸りを上げて離陸しそうな音」はしない。静寂そのものだ。
「ふはははは! 刮目せよ人間ども! これぞ魔界の科学技術の結晶(※アキバ製)、『魔導演算機・改』の実力であるッ!!」
配信画面が切り替わる。
今夜のプレイタイトルは、先日、私がラグのせいで無残な屍を晒したFPSゲームだ。
しかし、今日の私は一味違う。
OBS(配信ソフト)のステータスには、輝かしい数字が並んでいる。
『画質:1080p』『フレームレート:60fps』。
ビットレートも安定。ドロップフレーム(コマ落ち)ゼロ。
コメント欄が、開幕からざわめき始めた。
『うおおおおおお!』
『画質きれいすぎて草』
『え、これ本当にベル様の配信?』
『ヌルヌル動くぞ!』
『いつものガビガビ画質はどこへいった』
『声もクリアになってる』
『マイクも買い替えたのか! ASMRもいけるやん』
「ふっふっふ、驚くのはまだ早いぞ。私の真の恐ろしさはここからだ!」
私はゲームのマッチングを開始した。
以前なら、このロード画面でカクつき、テクスチャ(背景)が読み込まれる前に敵に撃たれて死んでいた。
だが、今の私にはSSD(爆速ストレージ)がついている!
――シュパッ!
一瞬でロード完了。
私は戦場へと降り立った。
視界がクリアだ。遠くの敵が……見える! ドット単位で識別できる!
「見える……見えるぞ! 私には時が見える!」
私はマウスを振った。
視点が滑らかに追従する。
これだ。これが本来の私の反射神経だ。今まで私は、重力の枷(低スペPC)をつけて戦っていたに過ぎないのだ!
『動きがガチ勢のそれ』
『残像が見える』
『ニュータイプ覚醒』
『フラグ建築士のベル様はどこへ……?』
「行くぞ! そこの角待ち! 貴様の動きなど止まって見えるわ!」
私は敵が潜んでいるであろう曲がり角へ、スライディングで飛び出した。
敵プレイヤーがこちらに気づき、発砲してくる。
以前なら、ここで画面がフリーズして「あ、死んだ」となっていた場面だ。
だが、画面は止まらない!
弾道が見える!
「甘いッ!」
私は滑らかなエイムで照準を敵の頭に合わせ、左クリックを叩き込んだ。
――HEAD SHOT!
乾いた銃声と共に、敵プレイヤーが倒れる。
キルログに私の名前が刻まれた。
「勝った……! ラグなしで撃ち勝ったぞ!!」
私は思わずガッツポーズをした。
すごい。これが課金の力か。
まるで自分がeスポーツ選手にでもなったかのような全能感だ。
コメント欄も大盛り上がりだ。
『うめえええええ!』
『今のエイム吸い付いてたぞ』
『別人かよ』
『中身入れ替わった?』
『【悲報】ベル様、ポンコツ卒業』
『ラグのせいって言い訳できなくなったなw』
……ん?
最後の一行を見て、私はふと冷静になった。
(まてよ……。今までは「回線弱者だから」で許されていたが……。これだけ高画質・高フレームレートになってしまったら……)
もし次に負けたら?
もしエイムを外したら?
それはもう、「PCのせい」にはできない。
100%、私の実力不足ということになるのでは!?
「……ッ!?」
急にプレッシャーがのしかかってきた。
背中に冷や汗が伝う。
高スペックPCを手に入れた代償として、私は「言い訳」という最強の盾を失ってしまったのだ!
『どうした? 動き止まったぞ』
『敵来てるぞー』
『ベル様?』
「あ、いや、なんでもない! ……うわっ、敵だ! ちょ、まっ、待て! 心の準備が!」
動揺した私のエイムが荒ぶる。
敵の弾が飛んでくる。
画面はヌルヌルだが、私の操作がパニックでカクついている!
「ぎゃああああ! やめろ! せっかくの高画質で私の死に様を映すなーッ!!」
――YOU DIED
無情にも画面が赤く染まった。
しかし、その死に様すらも、4K対応かと思うほど美しく、鮮明にリスナーへと届けられたのだった。
『はい、いつもの』
『画質が良くなった分、やられ芸の解像度も上がったな』
『安心した』
『実家のような安心感』
『ナイスオチ』
「くっ……! 違うのだ! 今のはマウス感度の調整がだな……!」
言い訳を叫ぶ私の声は、高性能マイクのおかげで、吐息の一つまでクリアに全国へ配信された。
隣の部屋の勇者が、壁越しに「ぷっ」と吹き出す気配を感じながら、私は新生・夜魔乃ベルの第一歩を踏み出したのである。




