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魔王と勇者は、隣の部屋で配信中。  作者: 瀬那
第3章 魔王と勇者の秋葉原デート(※買い出しです)

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第14話

 男装コンカフェ『王宮の騎士団』を出た頃には、すでに日は西の空へと傾き始めていた。

 時刻は十六時半。

 ビルとビルの隙間から見える空が、鮮やかな茜色と紫色のグラデーション――いわゆる『マジックアワー』に染まっている。


「……ふぅ。食った食った。あのオムライス、愛の重さ(ケチャップの量)のせいで意外と腹に溜まったな」


 私は膨れた腹をさすりながら、再び両手にずっしりと重いPCパーツの紙袋を提げた。

 右手にはCPUとマザーボード。左手にはマイクなどの周辺機器。

 総額十数万円、重量約五キロの「魔王軍・最新兵器セット」だ。


「さて、目的のブツも手に入れたし、腹も満たした。そろそろ撤収(帰宅)するか?」

「何言ってるの。まだ終わりじゃないわよ」


 隣を歩く白崎が、私の袖をちょいと引いた。


「え?」

「せっかくオシャレして出てきたんだから、最後にもう一箇所、寄りたいところがあるの」

「む……まだ歩くのか? 私のHPは荷物の重さでイエローゾーンなのだが」

「大丈夫よ。電車で座れば回復するわ。……ほら、行くわよ」


 白崎は強引に私を駅の改札へと誘導した。

 彼女が目指したのは、帰りの電車ではなく――浜松町方面行きのホームだった。


          ◇


 電車に揺られること数十分。

 駅を降りて、少し歩いた先で、私は思わずその巨大な建造物を見上げた。


「……ほう。これはまた、見事な鉄の塔だな」


 目の前にそびえ立つのは、朱色(インターナショナルオレンジと言うらしい)に塗装された巨大な鉄塔。

 『東京タワー』。

 夕陽を浴びて燃えるように輝くその姿は、近代的なスカイツリーとはまた違った、どこか懐かしくも圧倒的な存在感を放っていた。


「ここに来るのは修学旅行以来かも。……やっぱり、近くで見ると迫力あるわね」


 白崎も眩しそうに塔の頂上を見上げている。

 夕風が彼女の髪をさらりと揺らし、肩出しの服から覗く白い肌が、夕陽でほんのりと桜色に染まっていた。

 ……悔しいが、絵になる。


「しかし白崎よ。なぜここへ? まさかこの塔の頂上から、人間界に向けて宣戦布告でもするつもりか?」

「違うわよ。……夜景よ、夜景」

「夜景?」

「あと三十分もすれば日が暮れるでしょ? ここから見る東京の夜景、すごく綺麗だって聞いたから。……一度、見てみたかったの」


 彼女は少しはにかむように言った。

 その言葉に、私はドクンと心臓が跳ねた。


 夕暮れ。東京タワー。夜景。

 これ、完全にデートコースの王道テンプレではないか!

 しかも、両手にPCパーツをぶら下げた全身黒ずくめの不審者(私)と、露出高めな美少女(白崎)の組み合わせだぞ?

 周囲のカップルからの視線が痛い。「なんだあのアンバランスな二人は」と囁かれている気がする。


「……ま、まあ、勇者がそこまで言うなら付き合ってやらんこともない! 高いところは嫌いではないしな!」

「ふふ、素直じゃないわねぇ。ほら、チケット買うわよ」


 私たちはメインデッキ行きのチケットを購入し、エレベーターへと乗り込んだ。

 上昇するにつれて、地上の車や人が豆粒のように小さくなっていく。


 チン、とベルが鳴り、エレベーターの扉が開く。

 そこには――360度の大パノラマが広がっていた。


「わぁ……!」


 白崎が声を上げて窓際へ駆け寄る。

 私もその後ろに並び、ガラス越しに外の世界を覗き込んだ。


 ちょうど太陽が地平線の向こうに沈みきり、街に灯りがともり始める時間帯。

 無数のビルの窓、走り抜ける車のヘッドライト、遠くに見えるレインボーブリッジ。

 それらが一つ一つ輝き出し、まるで地上の星空のように瞬き始めていた。


「……なるほど。これは悪くない」


 私は素直に感想を漏らした。

 魔界の淀んだ空とは違う。人間界の光は、暖かくて、どこか寂しくて、美しい。


「綺麗ね……。まるで宝石箱をひっくり返したみたい」

「フン、詩的な表現だな。だが……まあ、私の支配する世界としては、合格点を与えてやろう」


 私が強がって言うと、白崎はこちらを向いてクスッと笑った。

 窓ガラスに反射した彼女の顔と、背後に広がる夜景が重なって見える。


「……ねえ、ベルちゃん」

「ん?」

「今日は付き合ってくれてありがとう。……一人じゃ、PC選ぶのも、コンカフェ入るのも、ここまで来るのも、勇気が出なかったから」


 彼女の声は、普段の勝ち気な委員長のものではなく、等身大の十七歳の少女のものだった。

 その言葉を聞いて、私は持っていた紙袋を床に置き(重かったのだ)、腕を組んだ。


「……礼を言うのは私の方だ。貴様がいなければ、私は今頃60万円のCPUを買って破産し、路頭に迷っていたからな」

「あはは、確かに」


 二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。

 学校ではいがみ合い、ネットではプロレスをし、家では壁越しに生活音を聞き合う関係。

 けれど今、この瞬間だけは。

 ただの「黒井ヤミ」と「白崎ヒカリ」として、同じ景色を共有していた。


「……さて。そろそろ完全に日が暮れるな」


 私は照れ隠しに、窓の外を指差した。

 東京タワーの足元から広がる光の海が、その輝きを増していく。


「帰ったら、新しいPCのセットアップだ。貴様も手伝うのだろうな?」

「ええ、もちろん。最強の配信環境、作ってあげるわ」


 白崎は力強く頷いた。

 その笑顔は、百万ドルの夜景よりも、魔王の心臓に悪いくらい輝いていた。

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