第13話
「では、仕上げの愛の魔法をかけさせてもらうよ」
カオルは私のオムライスの上に、ケチャップで器用にハートマークを描き、その中に『ベルちゃん大好き♡』と達筆な文字を添えた。
そして、ウインクを一つ。
「……おいしくなーれ、萌え萌えキュン♡」
「ぐはぁッ……!!」
私は物理的なダメージを受けたかのようにのけぞった。
直撃だ。イケメン(中身は女性だが)による低音ボイスの「萌え萌えキュン」は、破壊力が高すぎる。
顔から火が出るほど恥ずかしい。だが、目の前のオムライスからは逃げられない。
「ふふ、よかったわねベルちゃん。愛が重くて」
「う、うるさい! さっさと食って証拠隠滅してやる!」
私が必死にオムライスをかきこんでいると、白崎が先ほど「内緒」で頼んでいた追加オーダーが到着した。
別の店員が運んできたのは、ポラロイドカメラ――通称『チェキ』だ。
「え、おい白崎。なんだそれは」
「記念撮影よ。せっかくだから、カオル君とツーショット撮ってもらいなさいよ」
「はあ!? なんで私が!」
「だって、ベルちゃん目がハートになってたし。いい思い出になるでしょ?」
こいつ、面白がってやがる!
拒否しようとしたが、カオルが王子様スマイルでカメラを受け取った。
「おや、僕との思い出を残してくれるのかい? 嬉しいな。最高の越権行為で応えよう」
「ぐぬぬ……。断ったら私が逃げたみたいではないか! いいだろう、魔王の威圧感でフィルムを焼き付かせてやる!」
私はヤケクソで立ち上がり、カオルの隣に並んだ。
身長が高い。そしていい匂いがする。
カオルは私の肩に自然と手を回し、顔を近づけてきた。
「じゃあ、撮るよ。とびきりの笑顔で……ハイ、チーズ」
――シーン。
……ん?
シャッター音がしない。
カオルはキメ顔のまま固まっている。
「……あの、カオル殿? 撮らないのか?」
「あ、あれ? おかしいな……」
カオルはカメラを裏返し、ペチペチと叩き始めた。その所作から、先程までの優雅さが消えている。
「あー、ごめんごめん! 電源入れるの忘れてた!」
「……ズコーッ!」
私は思わず昭和のリアクションでずっこけた。
初歩的すぎるだろ!
「コホン。失礼。今度こそ行くよ。……ハイ、チーズ!」
パシャッ!
フラッシュが焚かれた。
よし、今度は撮れたな。
カオルはカメラから出てきたフィルムを摘み出し、ヒラヒラと振った。
「ふふ、完璧な一枚だ。……あれ?」
徐々に浮き上がってきた画像を見て、カオルが首を傾げた。
私も覗き込む。
そこには、私の顔のドアップが写っていた。ただし、半分だけ。
画面の左半分は、謎の黒い影で覆われている。
「……これ、なんだ?」
「あー……ごめん。僕の指がレンズにかかってたみたい」
「下手くそか!!」
思わずツッコミを入れてしまった。
さっきまでの完璧超人はどこへ行ったんだ。
「も、申し訳ないプリンセス! すぐに撮り直すから! サービスにするから!」
「む……まあ、誰にでもミスはある。許してやろう」
テイク3。
カオルは気を取り直し、再びカメラを構えた。
「次こそは! 命に代えても! ……ハイ、チーズ!」
スカッ……ウィーン……
シャッターボタンを押したのに、空虚なモーター音だけが響き、フィルムが出てこない。
「……今度はなんだ」
「あー、うそぉ……。フィルム切れだ……」
カオルが額に手を当てて天を仰いだ。
その顔はもう「王子様」ではなく、ただの「ドジっ子」になっていた。
「ちょっとぉ、カオルさーん? 何やってるんすかー?」
「あはは、ごめーん! すぐ変える! すぐ変えるから!」
後輩らしき店員に突っ込まれ、カオルは慌てて新しいフィルムカートリッジを取り出そうとした。
その時。
ガシャン! バラララッ!
手が滑ったのか、新しいフィルムの箱を床にぶちまけた。
「ああっ!? やばっ、あわわわ!」
「ちょ、落ち着け! 何をしているんだ貴様は!」
床に這いつくばってフィルムを回収するカオル。
その姿を見て、私は呆れるのを通り越して、奇妙な「親近感」を抱いていた。
(……なんだ、この感じ。この手際の悪さ、予期せぬトラブルを引き寄せる体質……まるで私を見ているようだ……)
席で見ていた白崎も、呆れつつもどこか懐かしそうな目をしていた。
「……なんか、誰かさんにそっくりね」
「うっさい! 私はここまで酷くない!」
「どうだか」
結局、まともなチェキが撮れるまでに五回もやり直し、私たちのテーブルには失敗した(指が入ったり、ブレブレだったりする)チェキの山が築かれたのだった。
◇
この時の私たちは、知る由もなかった。
このポンコツ王子様・カオルの正体が、私たちが所属する事務所『ライブ・ミトス』の伝説の一期生であり、チャンネル登録者数100万人超えのカリスマVtuber――『神楽メテオ』その人であることを。
そして彼女が、数日後の配信で「いやー、アキバのバイト先で面白い黒服ちゃんと肩出しちゃんに会ってさ~、チェキ5回もミスっちゃったwww」と爆笑エピソードトークを繰り広げ、私たちがその配信を見て「えっ、あの時の!?」と絶叫することになる未来を。
今はただ、大量の失敗チェキと、冷めたオムライスが、テーブルの上に残されているだけだった。




