第10話
日曜日、午前九時五十分。
私は駅前の待ち合わせ場所に立っていた。
周囲を行き交う人々は、休日の解放感に表情を緩ませている。
だが、私の表情は硬かった。まるで勇者との決戦に向かう前のような緊張感。
それもそのはず。今日の私は、いつものジャージ姿ではないからだ。
「……ふっ。見よ、この完璧な擬態を」
私はショーウィンドウに映る自分を確認し、不敵に笑った。
今日のファッションテーマは『闇の貴婦人』である。
足首まである黒のロングスカート。
首元までしっかりボタンを留めた、黒のハイネックブラウス。
その上には薄手の黒カーディガンを羽織り、頭には深めのキャスケットを目深に被っている。
露出面積は顔と手先のみ。紫外線(日光属性の攻撃)を完全にシャットアウトする、魔王に相応しい鉄壁の防御スタイルだ。
「ちゃんとした服で来い」と言われたからな。タンスの奥底に眠っていた、数少ない私服を総動員してコーディネートしてきたのだ。どうだ、これなら文句はあるまい。
「……遅いな、白崎のやつ」
時計を見る。約束の十時まであと五分。
私がソワソワと周囲を見渡していると、改札の方から一際目立つ人影が歩いてくるのが見えた。
周囲の男性たちが、吸い寄せられるように振り返っていく。
それも無理はない。
春の日差しを反射して輝くサラサラのロングヘア。モデルのように整ったスタイル。
そして何より――。
「……は?」
私は我が目を疑った。
そこにいたのは、いつもの堅苦しい委員長スタイルの白崎ヒカリではなかった。
「お待たせ、ベルちゃん」
やってきた彼女は、ふわりと甘い香水を漂わせて私の前に立った。
白いフレアスカートに、淡いブルーのトップス。
問題はそのトップスだ。
肩がない。
いや、正確には「オフショルダー」というやつだ。
両肩が大胆に露出しており、華奢な鎖骨のラインから二の腕にかけての白磁のような肌が、太陽の下にさらけ出されている。
「なっ……ななな……ッ!?」
私は絶句した。
なんて破廉恥な! 防御力ゼロではないか!
勇者といえば鎧(制服)で身を固めているイメージしかなかったのに、休日はこんな軽装でダンジョン(街)を歩いているのか!?
「……なによ、人の顔を見て金魚みたいにパクパクして」
「き、貴様! なんだその格好は! 布が足りていないぞ! 製造ミスか!?」
「失礼ね。こういうデザインなのよ。最近流行ってるの」
「流行りだと!? 人間界では『肩出し』がトレンドなのか!? 防御を捨てて回避に極振りしたアサシン装備か!?」
私が指差して喚くと、白崎は呆れたようにため息をついた。
そして、逆に私の方をまじまじと見つめてきた。
「……ていうか、あんたこそ何その格好」
「ふっ、よくぞ聞いた。これは紫外線対策を兼ねた……」
「真っ黒ね。カラスかと思ったわ」
「カラス言うな! シックでモードな装いと言え!」
白崎は私のつま先から頭までを品定めするように眺めると、ふむ、と顎に手を当てた。
「でも……まあ、悪くないんじゃない? いつもの薄汚いジャージに比べたら、100倍マシよ。ちょっとゴスロリっぽくて、あんたのキャラ(魔王)には合ってるわ」
「む……そ、そうか?」
「うん。素材はいいんだから、ちゃんと着飾れば様になるのよねぇ……もったいない」
後半の独り言は聞き取れなかったが、どうやら合格点は貰えたらしい。
私は胸を撫で下ろした。
しかし、どうしても目が行ってしまう。
目の前で揺れる、白崎の白くて華奢な肩に。
直視してはいけないと思いつつも、視線が勝手に吸い寄せられる。これが「絶対領域」というやつか? いや、あれは太ももか? とにかく眩しい。
「……ねえ。さっきから何ジロジロ見てるの?」
「み、見てない! ただ、風邪を引かないか心配してやっているだけだ! 人間は脆弱だからな!」
「はいはい。今日は暖かいから大丈夫ですーだ」
白崎はイタズラっぽく笑うと、私の手首を掴んだ。
「ほら、行くわよ。秋葉原まで電車で一本なんだから」
「お、おい! 引っ張るな! 私は自分の足で歩ける!」
そう言いながらも、私は抵抗しなかった。
掴まれた手首から伝わる体温と、隣を歩く彼女から漂うフローラルの香り。
そして、全身黒尽くめの私と、肌見せファッションの彼女。
駅のガラス戸に映った私たちは、まるで光と闇、水と油のように正反対だった。
けれど、不思議と――その並び姿は、悪くないような気がした。
「……次は、秋葉原~、秋葉原~」
電車のアナウンスが響く。
魔王と勇者の、初めての休日デート(※PCの買い出し)が、こうして幕を開けたのだった。




