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魔王と勇者は、隣の部屋で配信中。  作者: 瀬那
第3章 魔王と勇者の秋葉原デート(※買い出しです)

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10/26

第9話

ことの起こりは、金曜日の夜に行われた定期配信での出来事だった。


 私はその日、最近流行りのFPS(一人称視点シューティング)ゲームをプレイしていた。

 魔王である私の動体視力は、ハエが止まって見えるほど優れている。反射神経も人間離れしている。

 つまり、この手のゲームで私は無双できる――はずだった。


「ぬああああああ! 当たらない! なぜだ! 照準は合っているのに!」


 画面の中で、私の操作するキャラが空に向かって虚しく銃弾をばら撒く。

 敵プレイヤーは私の目の前で棒立ちしているのに、なぜか弾がすり抜けていくのだ。


 コメント欄が流れる。


『ラグい』

『カクカクで草』

『魔王様、瞬間移動してますよ』

『回線弱者ベルちゃん』

『画質がファミコンレベル』


「くっ……! これは私の腕が悪いのではない! この『魔導演算機パソコン』が、私の神速の処理に追いついていないだけだ!」


 言い訳ではない。事実だ。

 私が使っているパソコンは、このアパートのゴミ捨て場に不法投棄されていたものを拾い上げ、魔力(と物理的な叩き)で無理やり再起動させた年代物だ。

 OSの起動に五分かかるし、ファンの音は離陸するヘリコプターくらいうるさい。


「ええい、動け! 働け私の下僕(PC)よ! 今こそリミッターを解除する時だ!」


 私は焦りのあまり、PCの筐体をバンバンと叩いた。昭和のテレビを直す作法だ。

 すると。


 ブォォォォォォン……キュルルル……プスン。


 不吉な音が響き渡り。

 画面がフリーズした。

 そして次の瞬間、鮮やかなブルーの画面が一面に広がった。


 ――Blue Screen of Death(死の青画面)。


「……は?」


 私の思考も停止した。

 配信ソフトも、ゲームも、コメント欄も、全てが消え去った。

 残されたのは、英語で何やら「深刻なエラーが発生しました」と告げる無慈悲な文字列と、自分の顔が映り込んだ真っ黒なモニターだけ。


「あ……あ、あ……」


 再起動を試みる。電源ボタンを長押しする。コンセントを抜き差しする。

 だが、魔導演算機は二度と目覚めなかった。

 ただ静かに、焦げ臭い匂いを漂わせるのみ。


「う、うわあああああああ!! 死んだああああああ!!」


 深夜のアパートに、魔王の絶叫が響き渡った。

 それは勇者に敗北した時よりも悲痛な、魂の叫びだった。


          ◇


「……で? 深夜に大声出した挙句、泣きそうな顔でベランダに出てきた理由はなによ」


 数分後。

 ベランダの仕切り越しに、隣人の白崎ヒカリが腕を組んで立っていた。

 寝る準備をしていたのか、髪を下ろし、少し眠そうな目をしている。


 私は手すりに項垂うなだれながら、事の顛末を話した。


「……というわけで、私の相棒が……逝ってしまったのだ」

「相棒って、あのゴミ捨て場から拾ってきた化石みたいなPC?」

「化石言うな! 私の世界征服のかなめだったんだぞ!」

「まあ、よく今まで持った方よね。あんなスペックで最新ゲーム配信してたんだから」


 白崎は呆れつつも、同情の眼差しを向けてきた。

 配信者にとって、PCの故障は死活問題だ。それは彼女もよく分かっているはずだ。


「どうするの? 修理に出す?」

「いや……以前、近所の電気屋に見せたら『買い替えた方が安い』と鼻で笑われた」

「でしょうね。……じゃあ、買うしかないじゃない」

「買うと言ってもなぁ……」


 私はポケットから、くしゃくしゃになった封筒を取り出した。

 先月、初めてYouTubeから振り込まれた収益金だ。

 スパチャや広告収入のおかげで、それなりの金額(高校生にとっては大金)が入っている。


「軍資金はある。あるのだが……」

「なに?」

「……どれを買えばいいのか、サッパリ分からんのだ」


 私はガックリと肩を落とした。

 アカシックレコード(ネット検索)で調べても、「CPU」だの「GPU」だの「メモリ」だの、呪文のような言葉が並んでいるだけで理解不能だった。

 「強そうな名前のパーツ」を選べばいいのか? 『Ryzen(雷神?)』とか強そうだが。


「下手に選んで、またポンコツを買うわけにはいかん。かといって店員に聞こうにも、『ご予算は?』『用途は?』と詰められたらパニックになって『一番強いやつをくれ!』と叫んでしまいそうだ……」

「あんたねぇ……。ネット弁慶のくせに、対面コミュ障なんだから」


 白崎はため息をつき、眼鏡の位置を直した。

 そして、仕方なさそうに言った。


「……付き合ってあげるわよ」

「え?」

「パソコン選び。あんた一人に行かせたら、悪徳店員に高い壺とか売りつけられそうだし」

「つ、壺は買わんぞ! ……しかし、いいのか? 勇者が魔王の武器調達を手伝うなど」

「あんたが配信できなくなったら、私のコラボ予定も狂うの。自分のためよ、勘違いしないで」


 出た、必殺のツンデレ構文。

 だが、今の私にはそれが救いの呪文に聞こえた。


「おお、かたじけない……! 恩に着るぞ白崎!」

「はいはい。……じゃあ、日曜日の朝10時。駅前集合ね」

「日曜? 場所は?」

秋葉原アキバに行くに決まってるでしょ。電気街の本場よ」


 アキバ。

 その響きに、私はゴクリと喉を鳴らした。

 オタクの聖地。電脳の魔都。

 以前から一度行ってみたかった場所だ。


「うむ、承知した! では日曜日に!」

「服装、ちゃんとしてきなさいよ? ジャージで来たら他人のふりするから」

「分かっている! 魔王の私服センスを見せてやる!」


 こうして。

 唐突にPCが爆発したことにより、私たちは日曜日に出かけることになった。


 ……待てよ?

 日曜日。

 男女ではないが二人きり。

 電車に乗って、買い物に行く。


 これって、世間一般で言うところの。

 『デート』ではないか?


 部屋に戻り、冷え切った布団に入ってから、私はその事実に気づいた。

 ドクン、と心臓が跳ねる。


「……ち、違う! これは軍備増強のための視察だ! 遠征だ!」


 誰もいない部屋で言い訳をする。

 だが、壊れたPCの黒い画面に映り込んだ私の顔は、どうしようもなくニヤけていた。


 楽しみだ。

 新しいPCが手に入ることが?

 ……いや。

 白崎と、学校でもアパートでもない場所で会えることが、だ。

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