第9話
ことの起こりは、金曜日の夜に行われた定期配信での出来事だった。
私はその日、最近流行りのFPS(一人称視点シューティング)ゲームをプレイしていた。
魔王である私の動体視力は、ハエが止まって見えるほど優れている。反射神経も人間離れしている。
つまり、この手のゲームで私は無双できる――はずだった。
「ぬああああああ! 当たらない! なぜだ! 照準は合っているのに!」
画面の中で、私の操作するキャラが空に向かって虚しく銃弾をばら撒く。
敵プレイヤーは私の目の前で棒立ちしているのに、なぜか弾がすり抜けていくのだ。
コメント欄が流れる。
『ラグい』
『カクカクで草』
『魔王様、瞬間移動してますよ』
『回線弱者ベルちゃん』
『画質がファミコンレベル』
「くっ……! これは私の腕が悪いのではない! この『魔導演算機』が、私の神速の処理に追いついていないだけだ!」
言い訳ではない。事実だ。
私が使っているパソコンは、このアパートのゴミ捨て場に不法投棄されていたものを拾い上げ、魔力(と物理的な叩き)で無理やり再起動させた年代物だ。
OSの起動に五分かかるし、ファンの音は離陸するヘリコプターくらいうるさい。
「ええい、動け! 働け私の下僕(PC)よ! 今こそリミッターを解除する時だ!」
私は焦りのあまり、PCの筐体をバンバンと叩いた。昭和のテレビを直す作法だ。
すると。
ブォォォォォォン……キュルルル……プスン。
不吉な音が響き渡り。
画面がフリーズした。
そして次の瞬間、鮮やかなブルーの画面が一面に広がった。
――Blue Screen of Death(死の青画面)。
「……は?」
私の思考も停止した。
配信ソフトも、ゲームも、コメント欄も、全てが消え去った。
残されたのは、英語で何やら「深刻なエラーが発生しました」と告げる無慈悲な文字列と、自分の顔が映り込んだ真っ黒なモニターだけ。
「あ……あ、あ……」
再起動を試みる。電源ボタンを長押しする。コンセントを抜き差しする。
だが、魔導演算機は二度と目覚めなかった。
ただ静かに、焦げ臭い匂いを漂わせるのみ。
「う、うわあああああああ!! 死んだああああああ!!」
深夜のアパートに、魔王の絶叫が響き渡った。
それは勇者に敗北した時よりも悲痛な、魂の叫びだった。
◇
「……で? 深夜に大声出した挙句、泣きそうな顔でベランダに出てきた理由はなによ」
数分後。
ベランダの仕切り越しに、隣人の白崎ヒカリが腕を組んで立っていた。
寝る準備をしていたのか、髪を下ろし、少し眠そうな目をしている。
私は手すりに項垂れながら、事の顛末を話した。
「……というわけで、私の相棒が……逝ってしまったのだ」
「相棒って、あのゴミ捨て場から拾ってきた化石みたいなPC?」
「化石言うな! 私の世界征服の要だったんだぞ!」
「まあ、よく今まで持った方よね。あんなスペックで最新ゲーム配信してたんだから」
白崎は呆れつつも、同情の眼差しを向けてきた。
配信者にとって、PCの故障は死活問題だ。それは彼女もよく分かっているはずだ。
「どうするの? 修理に出す?」
「いや……以前、近所の電気屋に見せたら『買い替えた方が安い』と鼻で笑われた」
「でしょうね。……じゃあ、買うしかないじゃない」
「買うと言ってもなぁ……」
私はポケットから、くしゃくしゃになった封筒を取り出した。
先月、初めてYouTubeから振り込まれた収益金だ。
スパチャや広告収入のおかげで、それなりの金額(高校生にとっては大金)が入っている。
「軍資金はある。あるのだが……」
「なに?」
「……どれを買えばいいのか、サッパリ分からんのだ」
私はガックリと肩を落とした。
アカシックレコード(ネット検索)で調べても、「CPU」だの「GPU」だの「メモリ」だの、呪文のような言葉が並んでいるだけで理解不能だった。
「強そうな名前のパーツ」を選べばいいのか? 『Ryzen(雷神?)』とか強そうだが。
「下手に選んで、またポンコツを買うわけにはいかん。かといって店員に聞こうにも、『ご予算は?』『用途は?』と詰められたらパニックになって『一番強いやつをくれ!』と叫んでしまいそうだ……」
「あんたねぇ……。ネット弁慶のくせに、対面コミュ障なんだから」
白崎はため息をつき、眼鏡の位置を直した。
そして、仕方なさそうに言った。
「……付き合ってあげるわよ」
「え?」
「パソコン選び。あんた一人に行かせたら、悪徳店員に高い壺とか売りつけられそうだし」
「つ、壺は買わんぞ! ……しかし、いいのか? 勇者が魔王の武器調達を手伝うなど」
「あんたが配信できなくなったら、私のコラボ予定も狂うの。自分のためよ、勘違いしないで」
出た、必殺のツンデレ構文。
だが、今の私にはそれが救いの呪文に聞こえた。
「おお、かたじけない……! 恩に着るぞ白崎!」
「はいはい。……じゃあ、日曜日の朝10時。駅前集合ね」
「日曜? 場所は?」
「秋葉原に行くに決まってるでしょ。電気街の本場よ」
アキバ。
その響きに、私はゴクリと喉を鳴らした。
オタクの聖地。電脳の魔都。
以前から一度行ってみたかった場所だ。
「うむ、承知した! では日曜日に!」
「服装、ちゃんとしてきなさいよ? ジャージで来たら他人のふりするから」
「分かっている! 魔王の私服センスを見せてやる!」
こうして。
唐突にPCが爆発したことにより、私たちは日曜日に出かけることになった。
……待てよ?
日曜日。
男女二人きり。
電車に乗って、買い物に行く。
これって、世間一般で言うところの。
『デート』ではないか?
部屋に戻り、冷え切った布団に入ってから、私はその事実に気づいた。
ドクン、と心臓が跳ねる。
「……ち、違う! これは軍備増強のための視察だ! 遠征だ!」
誰もいない部屋で言い訳をする。
だが、壊れたPCの黒い画面に映り込んだ私の顔は、どうしようもなくニヤけていた。
楽しみだ。
新しいPCが手に入ることが?
……いや。
白崎と、学校でもアパートでもない場所で会えることが、だ。




