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魔王と勇者は、隣の部屋で配信中。  作者: 瀬那
第1章 魔王、ネットの海に沈む(物理)

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第1話

「ふははははは! 刮目せよ、人間ども! 我こそは深淵より来たりし支配者、第十三代魔王――夜魔乃やまのベルであるッ!!」


 深夜二十四時。

 東京都内某所にある、築四十五年の木造アパート『メゾン・ド・ミトス』の一室。

 六畳一間の薄暗い部屋で、私は型落ちのパソコンに向かって高笑いを上げていた。


 モニターの中では、銀髪に紅い瞳、漆黒のゴシックドレスを身にまとった絶世の美少女アバター――『夜魔乃ベル』が、私の動きに合わせて優雅に腕を組んでいる。


 そう。今日、今この瞬間こそが、私のVtuberデビュー配信なのだ。


 コメント欄が、滝のような勢いで流れていく。


『うおおおおおおおお!』

『初配信ちゃあああああん!』

『魔王さま万歳!』

『声かわいい』

『BGMでかい』

『音割れポッターで草』

『また変な事務所から変なのが出てきたぞ』


 ふふん、チョロいな人間どもめ。

 モニター越しに伝わるこの熱気、これこそが私が求めていた『信仰心』だ。


 私――本名、ベルゼビュート・アビス・9世(人間界での名は黒井ヤミ)は、三ヶ月前、勇者との決戦中に謎の次元の歪みに飲み込まれ、この世界へと飛ばされてきた。

 魔力の大半を失い、あまつさえ生活能力皆無の女子高生の肉体に精神が定着してしまった私は、生きるためにバイトを探した。しかし、魔王のプライドが「コンビニでの『いらっしゃいませ』」を許さなかった。


 そこで目をつけたのが、この『Vtuber』というシステムだ。

 アバターを被り、電脳の海で崇拝(チャンネル登録)と供物スーパーチャットを集めれば、魔力が回復する上に家賃も払える。一石二鳥の完璧な作戦である。


「初めましての人間も多いであろう。我は魔界より、この腐った世界を支配するためにやってきた。……おいそこ、『設定乙』とか書いた奴、後でIPアドレスから家を特定して玄関に腐った卵を投げつけてやるから覚悟しておけ」


『物騒すぎて草』

『特定は草』

『魔王様、ネットリテラシー皆無か?』

『いきなり炎上ライン反復横跳びするじゃん』


 ふっ、反応が良いな。

 やはり私はカリスマの塊らしい。

 さて、ここで一つ、私がこの日のために用意しておいた『秘密兵器』を披露するとしよう。


 私は咳払いを一つすると、自信満々に切り出した。


「我はただ力で支配するだけの蛮族ではない。貴様ら人間界の文化カルチャーについても、深淵なる魔導書『アカシックレコード』を用いて完璧に予習済みだ。貴様らの使う言語などお見通しであるぞ!」


 ちなみに『アカシックレコード』とは、私がアパートのゴミ捨て場で拾ったボロボロのパソコンに入っていた、前の持ち主のブラウザ履歴と、「2000年代ネットスラング辞典」という怪しげなHTMLサイトのことだ。

 あれさえあれば、現代の若者言葉など掌の上だ。


 コメント欄がざわつき始める。


『お? なんか試されてる?』

『詳しそう』

『お手並み拝見』

『回線重くて画質ガビガビ、ぬるぽ』


 ――来た。

 一つのコメントが、私の魔眼(裸眼視力0.1)に止まる。

 『ぬるぽ』。

 その文字列を見た瞬間、私の脳内に蓄積された知識が、脊髄反射レベルで反応を引き起こした。


 これは、人間界における『友愛』と『信頼』を確かめ合う、神聖な儀式の言葉。

 ならば返す言葉は一つしかない。


「……ッ! ガッ!!」


 しまった。

 つい、腹の底から野太い声が出てしまった。

 いかんいかん、清楚で可憐な美少女魔王としての威厳が……。


 しかし、これで視聴者たちは私の博識さに恐れおののき、ひれ伏すはず――


『ガッ』

『ガッ』

『今ガッて言った?』

『脊髄反射で草』

『ガッ』

『ベル様、もしかして:老人会』

『知識のソースが2chなんよ』

『年齢詐称疑惑』

『そのネタ、今の10代に通じないぞwww』


 ……ん?

 おや?

 なぜ笑われているのだ?


 画面を埋め尽くす『www』の弾幕。

 称賛の言葉が見当たらない。おかしい。アカシックレコードには「女子高生からサラリーマンまで幅広く使われる挨拶」と書いてあったのに。


 私は動揺を隠すために、マイクに向かって不敵に笑いかけた。


「な、何を笑うことがある! 『ぬるぽ』と言われたら、ハンマーで殴るような勢いで『ガッ』と返すのが、今のJK(女子高生)の最先端トレンドなのであろう!? タピオカの次はぬるぽが来ると、私のデータにはあるぞ!!」


『ねーよwww』

『どこの時空のJKだよww』

『平成初期からタイムスリップしてきた?』

『かわいい』

『ポンコツ魔王の予感』

『推せる』


 なぜだ。

 なぜ「かわいい」と言われる。

 私は恐怖の対象であるはずなのに!


「ええい、黙れ黙れ! 草を生やすな! 我が領土(コメント欄)を草原にするでない! ……あ、赤スパ(高額投げ銭)!? 『これでネット回線強くして』だと? き、貴様、我を哀れんでいるのか!? ……だが貰っておく! 感謝はせぬぞ!」


 こうして。

 私の華麗なる世界征服の第一歩は、なぜか「インターネット老人会所属のポンコツ魔王」という、不名誉なレッテルと共に幕を開けたのだった。


「……はぁ、終わった……」


 配信終了ボタンを押し、OBS(配信ソフト)が停止したのを確認した瞬間、私は椅子から崩れ落ちた。

 ドサッ、という音が安アパートの床に響く。


 一時間叫びっぱなしで喉はカラカラ。慣れない敬語(魔王語)を使ったせいで舌もつりそうだ。

 私はヘッドセットを乱暴に外し、前髪をかき上げた。

 モニターの黒い画面に映っているのは、銀髪の美少女魔王ではない。

 黒髪ボサボサ、目の下に隈を作った、ジャージ姿の冴えない女子高生――黒井ヤミだ。


「……腹減った……」


 魔力の枯渇は、そのまま空腹感として襲ってくる。

 今日の夕飯は……確か、キッチンに賞味期限ギリギリのカップ麺(シーフード味)があったはずだ。あれで飢えを凌ぐしかない。


「これが魔王の末路かよ……。勇者に敗れ、異世界に飛ばされ、ぬるぽで笑われ……」


 その時だった。


 ドンドン!!


 薄い壁の向こうから、何かがぶつかるような激しい音が響いた。

 ビクッ、と肩が跳ねる。


「うっさ……」


 このアパート『メゾン・ド・ミトス』は、所属事務所『ライブ・ミトス』が新人Vのために借り上げた専用寮だ。

 「神話級の才能を集めた」とか偉そうなことを言っていたが、実態はただの安普請の木造アパートである。

 壁はベニヤ板かと思うほど薄く、隣の住人がくしゃみをすれば「お大事に」と言えそうなレベルだ。


 ドンドンドン!!


「あーもう、なんなのよ! 隣の202号室!」


 今度は壁ドンだけではない。

 ベランダの窓がガラッと開き、怒声が聞こえてきた。


「ちょっと! いつまで騒いでるんですか! 近所迷惑ですよ!」


 どうやら、私の「ガッ」やら「ひれ伏せ」やらが、筒抜けだったらしい。

 魔王である私が、人間ごときに説教されるとは。

 私は不機嫌さを隠そうともせず、ジャージの裾を翻してベランダへと出た。


「あのなぁ、こっちは仕事で……」


 言い返そうとして、言葉が詰まる。

 隣の202号室のベランダには、エプロン姿の少女が立っていた。

 月明かりに照らされたその顔立ち。

 サラサラのロングヘアに、意志の強そうな瞳。そして何より、無駄に整った優等生オーラ。


 見間違うはずがない。

 今朝も学校で、「黒井さん、またジャージのチャック開いてるわよ」と小言を言ってきた、あの女だ。


「……げっ。白崎しらさき!?」

「えっ……黒井くろいさん!?」


 白崎ヒカリ。

 私のクラスの学級委員長にして、才色兼備の優等生。

 そして――


「なんでお前がここにいる!?」

「それはこっちの台詞よ! ここ、事務所の寮でしょ!?」


 二人の声が重なった。

 しばしの沈黙。

 夜風が吹き抜け、どこかの部屋からテレビの音が漏れてくる。


 私は恐る恐る口を開いた。


「……おい、白崎。お前まさか、事務所の『三期生』か?」

「……黒井さんこそ。さっき聞こえてきた『我こそは魔王』って中二病全開の声、まさか『夜魔乃ベル』?」


 最悪だ。

 よりによって、同期がこいつだとは。

 しかも、学校で一番苦手な、「お節介焼きの委員長」だなんて。


 白崎は呆れたように大きなため息をつくと、持っていたタッパーを突き出した。


「はぁ……。世間って狭すぎでしょ。……ほら、これ」

「なんだ、それは」

「肉じゃが。作りすぎちゃったから。あんたどうせ、またカップ麺とか食べようとしてたんでしょ?」


 図星だ。

 なぜこいつは、私の食生活まで把握しているんだ。エスパーか。それとも勇者の特殊スキルか。


「……ふん、敵の施しなど受けぬ! 毒が入ってるかもしれんしな!」

「入ってるわけないでしょ。ちゃんと野菜も摂らないと、肌荒れするわよ。あと、明日の古文の課題、やってないならノート貸してあげるから」


 白崎はそう言うと、無理やり私の手に温かいタッパーを押し付けてきた。

 煮物の甘辛い匂いが、空っぽの胃袋を刺激する。

 くっ、この匂いは卑怯だ。魔王軍の兵糧攻めより質が悪い。


「……勘違いするなよ。あくまで、毒見をしてやるだけだ」

「はいはい。素直じゃないわねぇ(笑)」


 白崎はクスクスと笑うと、「あ、そうだ」と思い出したように付け加えた。


「あとでLINE教えなさいよ。コラボの打ち合わせしなきゃいけないし」

「……LINEなんてやってない」

「うそおっしゃい。クラスの連絡網に入ってるの知ってるんだから。じゃ、おやすみ、ベルちゃん」


 パタン、と窓が閉まる。

 私はベランダに一人取り残され、手の中の肉じゃがを見つめた。

 ……温かい。

 人肌の温もりが、孤独な魔王の心に染みる。


「……くそっ。覚えておけよ、勇者……!」


 私はタッパーを抱きしめ、敗走するように自室へと戻った。

翌日。

 私と白崎の「てぇてぇ(?)」関係が本格化するのは、もう少し先の話。


 学校では天敵のように言い合い、

 アパートでは壁一枚隔てて生活音を聞き合い、

 そして配信では――。


『おい魔王! 右って言ったら右です! 言うこと聞かないと回復してあげませんよ!』

『うるさい勇者! 我に指図するな! ……あ、ごめん、回復ください、死ぬ、死ぬぅッ!』


 リスナーから「夫婦漫才」「実質同棲」「喧嘩するほどてぇてぇ」と持て囃されることになるのだが、それはまた別のお話。


 とりあえず今は、この肉じゃがが美味すぎることだけを、日誌に記しておくとしよう。

 ……あいつ、料理の腕だけはSランクだな。ちくしょう。

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