高齢者人口減少計画
「水といえば?」と聞かれたら、生物は何を想像するだろう。
都会の小汚い水道水なのか、田舎のおばあちゃんが汲んでくれたキンキンに冷え上がっているお水か、はたまた水に関連する自分の過去の出来事か、水そのものに対する原理か、生前タスマニア女王が奴隷たちに配っていたありとあらゆる体液が混入している“聖水“と呼ばれていたものか、様々であるだろう。
では、こう考えたことはあるだろうか。
『水が我々を観察している』と。
ひどく馬鹿馬鹿しいことだと感じるだろう。だが、私は有り得る話だと思う。
なぜならそう思うのかというと、
私が自身が『水』だからだ。『水』そのものだからだ。
「自分は水のくせに意識を持ち始めている」と感じ始めたのは今年に入ってからだ。それからというもの、私は小田舎の民家にあるにしては珍しい井戸の水として周りを観察している。ツッコミたい気持ちは百も承知だが、これから私の身の回りで起こる出来事を一緒に見てほしい。
時刻は不明、気温はなんとなくわかる。今日の天気は、、、晴れかな?多分。私は水なので、他の生物みたいに知能が発達しているわけではない。なんせただの液体に過ぎないのだから。
最近の悩みは、“自分自身が濁っている“。という悩みだ。何を私の体にぶち込んでるのかはわからない。まじで迷惑なんですけど。
ざ ざ ざっ ざし ざす ざ ざい ぞざっ
正面にある竹薮の洞窟の中から、軽快なステップで、よく最近耳にする足音が私の水面に波を打った。
姿が見えないのが本当にもどかしいが、直感では小学生ぐらいかなと勝手に思っている。彼は井戸の正面に立ち、手に持っているものを投げ捨てた。
すると突然、内面から濃度の高いインクが発生するような感覚が、私の体をいっぱいにした。
そして、私の体に侵入したものをよく噛み締める。これは…紙媒体っぽいような感じがする。だんだんその物体に対する解像度が高くなってくる。
え、ちょっと待って(笑)
だんだん見えてくる、メガネをかけている人間?、ニットのセーターを着ているのか?そして艶かしいものが浮かび上がってくる。女性の胸部がイラスト調でデカデカと艶っぽく描かれている表紙だ。これは、エロ本だ。
今時は小学生も手にする娯楽になっているのか。
私も、、あの時は、、、ん、
、、あっああ、、って
いった、、どう、
、、あれ、、?
今みたいに、記憶を呼び起こそうとすると、頭に靄がかかった感覚に陥ることが多々ある。もう少しで思い出せそうなところでいつも正気に戻ってしまう。感情の部分はというと、だいぶ変な気分だったということは覚えている。
しばらくして、また別の人物が私の元へやってきた。この森林の近くに住んでいる“のぎ爺“だった。
彼は毎朝この井戸へ水を汲みにやってくのだが、私は不思議で仕方がない。ビクトリア紀でもあるまいし、家屋に水道は通っているはずだ。そうして、彼は水を汲む。その瞬間に私は意識をブリキバケツに入った水に集中させる。私はこの過程が好きだ。自身が新境地に足を踏み入れてる感覚がして興奮するのだ。
「んあ〜、そういやこのバケツブリキでできてんだったな。金属過敏症にはしんどいのお、やっぱりゴム手袋するのは正解じゃな」
過敏症?アレルギーのことか?にしても珍しいアレルギーだ。
「ほえ〜。あいつはどうしたものかねまったく。」じいさんが喋る。
「ようやくあの娘との距離をちぢめたってのに、とんずらこきやがって。そういやあの娘も最近見てないなあ。あいつがなにかしでかしてないといいんだがね、まったく。」
よく喋るおじいさんだ。なかなかの者だが、私は嫌いじゃない。
のぎじいの家屋に着いた。外観は意外と綺麗だ。よく手入れされている。毎度不思議に思う。
のぎじいはブリキバケツの水を庭に撒き散らした。この行動が理解できない。そして「咲きますように」と言いながら撒き散らすのだ。植物のタネを庭に埋めたのだろうか?それよりも先にやるべきことがあると思う。
「すいません」女性の声だ。
「おお、あれ、久しぶりだなあ!」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「おう、この通り元気だよ!」
と言いながら、彼は自身の股間に指を指す。
「あはは、、いつも通り変わってなくてよかったです。」
綺麗な女性だ。もうとっくに錆びついているセクハラを、華麗に一蹴する姿に思わず見惚れてしまった。
この初めてではない感覚。彼女に釘付けになってしまう、この感覚。すると彼女は、こう言った。
「実は今日、のぎさんが言っていた、静岡のお茶と和菓子をお渡ししようと思って来たんです。」
「ほえ、そうなのかい?嬉しいなあ、覚えていてくれたのか。」
「もちろんですよ。毎度お世話になっていますので、いつかお礼しなきゃなと思っていたんです。」
彼女はのぎ爺の家の居間に上がり、そそくさと台所に向かった。家の中に入るのは初めてではないらしい。
手慣れた手つきで、お湯を沸かし、その間に和菓子の用意をしていた。家庭的がタイプの俺、一目惚れ。
お茶が入った急須を湯呑みに近づける、少し下品な音を鳴らしながら注ぐ。同時に、どこか温かみと緑を感じる香りが家中を覆った。
すると、彼女が俺の元へやってくる。なんだ。何する気だ。彼女は私を紙コップで掬った後、
のぎじいの湯呑みに入れた。おい、冗談じゃないぞ。俺は奴の体内には入るつもりはないんだ。嫌だ。絶対に嫌だ。
どうにかして別の溶媒に入る方法はないか?このままだとジジイの小便になってしまう。何か別の溶媒が近くにあればいいのだが、、、
そうだ、彼女の湯呑みに入ればいいのだ。彼女に飲まれるのなら、悔いはない。だが、さっきのブリキバケツへの転移と慣れない窮屈感に順応することに力を入れていたため、もうあまり体力が残っていない。やるなら一か八かというところだ。
彼女の湯呑みに、私は意識を集中させる。体はないが張り裂けそうな感覚だった。その最中に、彼女はのぎじいの湯呑みと彼女が飲むであろう湯呑みをお盆に乗せ、居間へ持っていこうとした振動の影響で、転移に支障が出た。軸が揺れているため、意識がバラバラになりそうになる。もしそうなれば、それは死を意味する。自身の魂が砕け散るのだ。それだけは避けたい。
転移するなら、彼女が机にお盆を置いたその瞬間を狙うしかない。彼女が机に近づくと、ゆっくりお盆を置いた。
今だ。意識を集中させる。
さっきよりも溶媒の温度が高い。成功だ。これで悔いはない。
「お待たせしました。」
「ありがとうね、じゃ、いただくよ」
「はい」
のぎ爺が先に湯呑みに手をつける。両手で上品に持ち、ズズズっ、と上品な音を出しお茶を飲む。そして飲み込む。
「おいしいよ。やっぱりしずおかあっ、、あがっ、あぐっあ、、ぐがっ」
「あああああっ、ぐがああっかあかっかき、」
突然、彼は苦しそうにもがきはじめた。その姿を目の前の彼女はじっと見つめている。取り乱す様子もなく。
何してるんだ。早く救急車を呼ばないと。手遅れになる。
「がっ、、ああっ、、、、、。。。。」
その瞬間、私には、生気が徐々に失われるのが見えた。死んだのだ、たった今。
「よし」
彼女はそう言って、もう一つの湯呑みに顔を近づけた。
「ごめんね」
そう言うと、彼女はその湯呑みを手に取り、お茶を一気に飲み干してくれた。
私は思い出した。私は、彼女の体内に入るために自ら、水になったこと。彼女が、私が水になったことを知っていることも。彼女が、のぎ爺が金属アレルギーなのを知っていたことも。
彼女が、高齢者人口減少化計画の関係者だったことも。
先ほど、乃木和彦さんを殺しました。
後で位置情報をお送りします。遺体の処理はそちらでお願いします。




