三話「静かなる衝動」
小鳥遊です。
今回は、蓮の日常に少しずつ「歪み」が入り込む話。
まだ直接的な破壊ではないですが、じわじわと「蓮の中の何か」が変わり始めます。
そして少しだけ激しい動きも。
お楽しみください。
夜の帳が降り、街が深い影に包まれた頃。
蓮は一人、店の裏口から静かに外へ出た。
涼しい夜風が肌を撫でる。月明かりは雲に隠れ、足元もよく見えない。
けれど、彼の足取りは迷いがなかった。
手ぶらのまま、ただ身体だけが覚えている道を進む。
昔、標的の匂いを追い、音もなく命を奪ってきたときのように。
その夜、またも気配があった。
何者かが、明確な「殺意」を纏ってこの通りを張っている。
(……やれやれだ。こんな田舎の通りで、どこぞの狼だ)
蓮は立ち止まり、視線だけを巡らせた。
目に見えるものは何もない。だが、空気が淀む場所がある。
そこだ。
「──白刃の蓮、だな」
闇の奥から声がした。
すぐに、二人。さらに、屋根の上に気配。
計四人。全員、気配の抑え方も動きも、一流の部類。
「お前ら、何者だ」
「処理課だよ。お前の始末に来た」
処理課──
裏社会の殺し屋たちを「管理する側」、違反者や登録破りを無慈悲に処刑する集団。
自分が「野良」と見なされた。それが答えだった。
「……引退した身には、随分と手厚いな」
蓮の口調は淡々としていた。だが、胸の奥で小さく何かが「疼いた」。
──面倒だ。
──邪魔だ。
──でも──
(少し、楽しんでる自分がいるな)
その自覚に、わずかに唇が吊り上がる。
「やれ」
一人が声を上げた瞬間、闇の中から一人が跳びかかってきた。
手にしたナイフが、月明かりの下で冷たく光る。
だが、蓮は一歩も動かない。
飛びかかってきた男の手首を受け止めた。軽い。骨の感触が伝わる。
そのまま、手首を折る。
音が夜に沈むように「ミチリ」と鳴る。
悲鳴が漏れるより早く、蓮は男の胸に膝を打ち込んだ。
肋骨の中で何かが砕けた。
二人目が背後からナイフで突きかかってくる。
蓮はわずかに身体を捻り、回し蹴りで男の側頭部を叩きつけた。
そのまま男の手を掴み、体勢を崩したところに無駄のない肘打ちを喉元に。
呼吸を断たれた男は、声もなく崩れた。
(鈍ったかと思ったが、まだ動くな……)
屋根の上の男が気配を殺して飛び降りてきた。
だがその気配の変化は、蓮には隠しきれない。
振り向かずに、蓮は足元の石を拾い上げ、
回転をかけたまま背後へ投げる。
石は、空気を裂く音とともに飛び、男の額に的確に命中した。
鈍い音と共に、男はそのまま地面に落ちた。
最後の一人が、遠巻きに息を呑んでいるのがわかる。
蓮はゆっくりとそちらを向いた。
「伝えろ。次、俺の平穏を邪魔するなら──容赦はしない」
その声は、まるで氷のように冷たかった。
処理課の男は一歩も動けず、背を向けて逃げ去った。
夜風が再び静寂を連れてくる。
蓮は静かに吐息を漏らし、自分の拳を見下ろした。
(……動きはまだ鈍ってない。だが……)
その指が、微かに震えていた。
それは衰えのせいではなく、──自分の中に湧き上がった「高揚」のせいだと、蓮自身がよく知っていた。
(俺は……殺しが、戦いが……まだ、好きなのかもしれない)
静かに、そう思いながら。
蓮は月のない夜道を、何事もなかったように歩き出した。
お読みいただきありがとうございます、小鳥遊です。
今回は、蓮が久々に「本気の動き」を見せる回でした。
彼の内心にある「高揚」、戦いへの渇望のようなものが、少しだけ顔を出しました。
それがまた後の物語に影響していく予定です。
次回、蓮に一通の「警告」が届きます。
また読んでいただければ嬉しいです。




