二話「死神の手は、今も淹れたてのまま」
小鳥遊です。
今回は、蓮の日常がまだ壊れる前の話。
しかし、彼の「元・死神」の片鱗が垣間見える回になっています。
静かに、優雅に、圧倒的に。
彼の「本質」は何も変わっていないと感じていただければ幸いです。
朝倉蓮が営む喫茶店。
昼下がりの静かな時間、店内には穏やかな珈琲の香りと、常連の篠原芹菜の鼻歌が漂っていた。
カラン、と扉が開く。
だが、蓮はその音に重なる、わずかな「異質な気配」を逃さなかった。
乾いた靴音。三人。空気の流れさえわずかに変わる。
彼らは「客」ではなく「獣」だった。
「いらっしゃいませ」
蓮は変わらぬ低い声でそう告げた。
カウンターの中で手元の豆をゆっくりと計量し、ミルにセットする。
「マスター、アイスコーヒー追加でお願いしていいですか」
芹菜が屈託なく声をかける。
蓮は頷きながら、ゆっくりと手を動かし続ける。
男たちの一人が、カウンターのすぐ後ろに立つ。
気配が一歩踏み込んだ瞬間、蓮の足がわずかに動いた。
音もなく、だが確実に。
男の膝裏が砕け、無音のまま崩れた身体を蓮の肘が的確に後頭部へ叩き込む。
意識を失い、床に沈んだ。
ミルが豆を挽く音に紛れ、二人目の男が蓮に触れようとした。
だがその指先が届く前に、蓮の身体はわずかに回転し、
男の腕を掴んで関節を逆に捻り、静かに床に転がす。
「マスター、今日の豆、いつもより香ばしいですね」
芹菜はそんな言葉を漏らす。
その背後で、三人目の男が小さく呻きながら立ちすくんでいた。
蓮は何も言わず、冷やしたグラスにアイスコーヒーを注ぎ始める。
その動きに隙はない。まるで、最初からそうする予定だったかのように。
三人目の男は、恐怖で逃げ出そうとしたが、その瞬間、
蓮の視線が鋭く射抜いた。
一歩も動けないまま、男は気絶するように膝をついた。
「お待たせだ」
アイスコーヒーをカウンターに置く。
芹菜は「わぁ、ありがとうございます!」と笑顔を向けた。
店の中の異変に、彼女は全く気づいていなかった。
蓮は黙ってカウンターを拭き、無意識にため息を吐く。
──誰にも気づかせない。
殺すも、生かすも、騒がせることすらない。
それが、「白刃の蓮」のやり方だった。
カラン、と再び扉が開き、今度は古書店の主・槙島陽司が入ってきた。
芹菜が「いらっしゃいませ!」と声を張る。
槙島は店内を一瞥し、気絶した男たちを無言で見つけたが、
蓮の視線一つで何も言わず、カウンターに腰掛ける。
「ウイスキー。昼間からだがな」
「承知した」
二人の間に、言葉は少なくても通じる空気があった。
だが、芹菜だけは、そこに何の影も見いだせず、涼しげに珈琲を飲んでいた。
蓮は心の中で思う。
──平穏はまだ壊れちゃいない。
だが、確実に「爪痕」が残り始めている。
その夜、蓮は再びナイフの素振りではなく、ただ「型」を確かめるように、体術の動きをひとり繰り返していた。
お読みいただきありがとうございます、小鳥遊です。
今回は、日常の中で垣間見える「死神」の動きを描きました。
武器も刃物も使わず、まるで珈琲を淹れるのと同じように、流れるような動きで敵を制圧する。
そんな「静かな強さ」を表現したかったです。
次回から、いよいよ蓮の過去と、彼を追う者たちの正体が少しずつ見えてくる予定です。
引き続き、よろしくお願いします。




