結婚式と告白と、そして月
数週間後――
王都ルナヴィエルの郊外、満月の夜に合わせて開かれる特別な式典の館にて、ひとつの結婚式がひっそりと準備されていた。
主役は、魔術士リオナ・フェルテと、彼女の「婚約者」カイル。
塔で真実が暴かれたあの夜のあと、二人は幾度も話し合った。
怒りと赦し、疑念と信頼がぶつかり合い、
そして、すべてを乗り越えて――彼らはひとつの答えにたどり着いた。
「嘘から始まったっていい。
でも、“終わり”だけは、自分の意志で選びたい」
それが、リオナの決意だった。
王国の魔術評議会はもちろん反対した。
リオナほどの地位を持つ者が“結婚詐欺未遂犯”と式を挙げるなど前代未聞。
だがリオナは、冷然と言い切った。
「これは私の魔術でも、研究でもない。“私の人生”よ」
こうして、周囲の反対を押し切り、式は強行された。
その日、式場は月の光に照らされていた。
招待客はほとんどいない。リオナの知己たちも遠巻きにしており、まるで世間から隔絶された“二人きりの結婚式”。
それでもリオナは、美しかった。
真紅のドレスに身を包み、白金の装飾を施した髪が月光にきらめいていた。
式が始まる直前――
カイルは姿を消した。
誰もが「ああ、やはり」と言った。
「やっぱり詐欺だったのね」
「こんな結末、誰でも予想できた」
会場の空気が冷えた。
リオナは無言で立ち尽くす。
だが、数分後――
式場の扉が乱暴に開かれた。
「待て!!」
荒い息を切りながら、駆け込んできた男。
カイルだった。
「遅いわよ」
リオナが睨むと、カイルはその場で深く深く頭を下げた。
「怖かったんだ……また逃げ出してしまいそうで。
でも、今日だけは、本当に本当に、嘘を捨てたかった」
彼は膝をつき、左胸に手を当てた。
「リオナ・フェルテ。あなたは、俺の人生に差し込んだ初めての光でした。
騙したことは許されない。けど、
それでも、俺は……あなたを愛してしまった」
会場が静まり返る。
そして、リオナは笑った。
やれやれとでも言いたげに肩をすくめて。
「なら、契約成立ね」
「け、契約?」
「ええ。“死ぬまで誠実であること”。違反したら……」
彼女はカイルに魔術式の指輪を向ける。
「この指輪が爆発するわ」
「……愛が重すぎない?」
「当然でしょ。重ねた嘘の分、重くなって当然よ」
カイルは苦笑しながらも、素直に手を差し出した。
リオナはその指に、魔術契約と愛を象徴する指輪をはめる。
天井から降り注ぐ月光が二人を包み――
《月鏡》が空に浮かぶ。
ふたたび、金色の糸が輝く。
それは今や、誰の目にも偽りでないことがわかるほどに澄んで、美しかった。
そして、祝福するかのように、鏡が放つ光が二人を優しく包んだ。
その後、二人は王都の外れに小さな研究所兼住居を建てた。
リオナは魔術士としての地位を保ちつつも、肩の力を抜き、
カイルは正体を明かした上で、補助研究員として働きながら少しずつ信頼を積み重ねていった。
時に喧嘩をし、
時に抱きしめ合い、
すべての始まりが“嘘”だったことを、ふたりは笑い話にするようになった。
だが、月夜には必ず手を取り合って空を見上げる。
そこに映る一本の糸。
それは、誰よりも不器用で、誰よりも誠実な二人が選び取った、本当の絆だった。
そして今日もまた――
月は、すべてを見ていた。