魔術士リオナ、孤独の塔にて
ルナヴィエル王国――王都から東へ離れた小高い丘の上、古びた魔術研究塔が一本、空に向かって真っすぐに伸びている。
その塔の最上階、円形の書斎にひとりの女性がいた。
名はリオナ・フェルテ。
王国でも指折りの魔術士にして、《エーテル理論》の第一人者。
日々古代魔法と現代魔術を統合する研究に没頭する、知性と孤高を兼ね備えた女性――だった。
「また…ひとつ、糸が切れた」
机に広げた魔導書を閉じ、リオナは窓の外を見上げる。
今宵は満月。天空には、淡く輝く月の鏡が浮かんでいた。
かつてはよく見えていた“絆の糸”も、今ではもう、ほとんど見えない。
年を重ねるごとに、月が映す糸の数は減り、やがて何も映らなくなる――
それが、魔術士でなくとも知られる、月鏡の理。
「研究資金も潤沢。実績も十分。塔を買い取る話も進んでる…それなのに」
リオナは笑った。乾いた、感情のない笑いだった。
何かが満たされていない。
何かが、ずっと足りないのだ。
窓辺の小さな鏡に、白磁のような肌と鋭利な美貌が映る。整った顔立ち、知性と気品に満ちた眼差し。
だが、それらすべてが「完璧すぎる」と言われるたび、どこか空しくなる自分がいた。
かつて恋をしたこともある。
だが、相手は絆の糸が見える相手ではなかった。
月鏡に映らなかったその想いは、やがて“偽り”と判じられ、終わった。
それ以来、リオナは“確かな証”を求めるようになった。
誰かと結ばれるなら、それが運命であると証明されなければならない、と。
「そろそろ寝ましょうか…」
魔導ランプに手をかざし、火を落とす。
しかし、その瞬間――
《トン、トン》
塔の下から、誰かが扉を叩く音がした。
「…こんな時間に?」
滅多に来客などないはずのこの塔に、深夜の訪問者とは。
リオナは立ち上がり、ゆっくりと階段を降りていった。
彼女はまだ知らない。
この夜の来訪者が、彼女の運命を変える“はじまり”であることを――
それは、愛か、裏切りか。
真実か、嘘か。
月の鏡が、それを見定める。