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【短編版】離縁なんて、してあげません。【連載はじめました】




 ◇◇◇◇◇




「頼む、離縁してくれ!」


 いきなり私室に来て、土下座をした夫――アシュレイ様に理由を聞けば、もうすぐこの国は戦火の渦に飲み込まれるのだとか。

 そういえば隣国と燻っていると聞いていましたね。

 あら、そんなに酷かったんですの?


 アシュレイ様の海のような瞳を見つめたり、アシュレイ様の朝日のように輝く髪を撫で回したり、アシュレイ様の体臭を嗅いで興奮したり、アシュレイ様といちゃこらしていて、気にも止めていませんでした。


 まさかそれだけの理由で離縁などと。


「嫌ですわ」

「離縁して、国に戻ってくれ!」


 アシュレイ様が悲痛な声で叫びますが、断固拒否です。


「嫌ですわ!」


 もう一度、キッパリとお断りいたしました。


「愛し合っているのに、なぜ離縁なんてしなければなりませんの?」

「ローザ、いつもみたいにわがままは聞いてあげられないんだ。戦争になれば私は陛下とともに歩まなければならない。君を巻き込みたくはないんだ」


 騎士団長であるアシュレイ様は、国王陛下と運命をともにするのだと言われました。運命は私とともにすると結婚式で誓いましたのに。酷いですわ。

 でも、アシュレイ様を責めることはできません。だって、騎士団長としてこの国や国王陛下を護るお姿に惚れたのですから。


「どうにもなりませんの?」

「あぁ。事故とはいえ、隣国の王太子を殺めてしまったのは、この国の民だ。戦争は止められない」

 

 たしか、隣国との境目にある山の狩猟区域での事故でしたわね。草むらで浮気相手である女性とアハンしていたところを、野生動物と勘違いされて…………って、自業自得じゃないのでしょうか?

 アシュレイ様いわく、そこは問題ではないのだとか。問題だらけですわよね? 私の感覚が可怪しいのかしら?


「とりあえず、お立ちになって?」

「ん」


 金糸のような髪を揺らし、ゆっくりと立ち上がる姿は、まるで天使が羽ばたいているようでした。アシュレイ様の美しさに見とれていると、アシュレイ様にそっと抱き寄せられました。


「隣国的には『王太子を殺された』のだから、どうしようもないんだ……」

「でも、国境を越えて、草むらで野性的にサ――――」


 淑女が口に出すなと、唇を押さえられました。人さし指で、優しく。ちょっと困ったような笑顔で。

 あぁっ、もぉ。アシュレイ様が素敵すぎます。


「こらっ、指を舐めない!」

「んっ……」


 怒られてしまいました。

 結局のところ、隣国とのいざこざが解決すればよろしいのでしょう?

 ハァ……仕方ありませんね。惚れた弱みです。

 ここは『秘技:実家の権力』を行使しましょう。

 私たちを引き裂こうとした隣国にはお仕置きが必要ですわね。

 

「二週間、お待ちになって」

「二週間か……まぁ、ギリギリ抑えられる程度だろう」


 アシュレイ様は、私の荷造りや祖国に戻る手はずを調えるための時間だと思っているようでした。

 私がやろうとしていることを知ったなら、止められるでしょうし、嫌われてしまうかもしれないので、内緒にしておきましょう。




 泣く泣くアシュレイ様を私室から追い出して、祖国のおじいさまにお手紙を書きました。

 侍女に預けて早馬を出すよう指示しました。手紙を預ける商人宛にも手紙を用意しておきました。報酬は弾むこと、寄り道など一切せず帝国まで最速で届けるように、と。

 予想としては、おおよそ四日でしょう。そこからおじいさまが動くと決めるのは、手紙を読んだ瞬間でしょうね。隣国に圧力を掛けるのは、帝国議会を通して二日後。

 隣国が帝国からの圧力で決定を下すまで一週間程度になるでしょう。

 予想通りであれば、全てが丸く収まるまで二週間。


 さて、結果が出るまではアシュレイ様といちゃこらしておきたいのですが、そうすると帰国の準備をしていないことがバレて怒られそうです。

 アシュレイ様に怒られるのは辛いのです。だって、アシュレイ様が私を怒るとき、凄く凄く凄く悲しそうな顔になられるので。


『ありのままの君が好きだから、言いたくはないが、君が危険に飛び込むのは許せない。私から愛する人を奪わないでくれ』


 城下町のカフェに新作ケーキを食べに出かけた日。昼間から酔っぱらった男に絡まれていた店員の女の子を助けた時に、そう怒られたのよね。


 ――――バレなければ、セーフよね?




 ■■■■■




 妻の様子が可怪しい。


 安全のために離縁して祖国に帰って欲しいと頼み込んで、やっと了承してくれてホッとしていたのに。

 私の妻のままで帝国に戻っても、きっと隣国から手が回る。離縁すれば彼女は帝国の侯爵家の令嬢に戻れる。そうすれば、流石に手は出せないだろうし、引き渡しの要望を出したところで、帝国側も良しとはしないだろうと考えてのことだった。

 それが分かったからこそ、妻は了承してくれたのだと思っていたのだが……。


 妻がまったく悲観的になっていないのが怪しい。

 妻が食事以外は部屋に籠もっているのが怪しい。

 妻が私のストーキングをしていないのが怪しい。

 妻が私のベッドに潜り込んでこないのが怪しい。


 とにかく、怪しい。

 だが、聞いても答えてくれない。

 妻はにこにこと微笑み、私室に戻るのみだった。

 明後日は、約束の二週間だ。離縁書には明後日にしかサインしないと言われている。妻がそうすると言ったら必ずそうするので待つしかない。

 幸いなことに、隣国はなぜか動き出してはいないが。




 ⚫⚫⚫⚫⚫




 嫁に行った孫娘――ローザから久しぶりに手紙が届いた。

 一連の流れは知っていたが、亡くなったという王太子の行動があまりにも酷すぎて、まさか戦争にまで発展するとはな。本当に予想外じゃった。


 孫娘が嫁に行った国は、世界の中では立場が弱くはあるな。その隣国は……まぁ、喧嘩っ早いから誰も相手にしたくないんじゃよな。最悪な状況じゃ。


 何が最悪かって?

 心底惚れ込んだ男が出来たおかげで、丸く柔らかくなっていた孫娘。それが砲弾孫娘に戻るのは、正直言って他国の戦争よりも最悪の事態だ。


『砲弾孫娘、元気で留守がいい』


 この言葉を胸に、議会に招集をかけた。




 ▲▲▲▲▲




 なぜだ。なぜこうなった。

 息子が殺された。息子を殺した隣国に報いを受けさせたかっただけなのに……。


「陛下っ、帝国からの抗議文を無視は出来ません」

「わかっているっ!」


 なぜだ。あんなに矮小な国なのに、いつの間に帝国の後ろ盾など手に入れたんだ。

 皇帝自ら書いた抗議文など、異例中の異例だぞ。

 

 これで隣国に戦争を仕掛ければ、焦土になるのはわが国じゃないか!

 なぜこうなった。


「陛下っ」

「わかっているっ!」


 ――――なぜっ。

 



 ◇◇◇◇◇




 アシュレイ様とのお約束が明日になってしまいました。予想より時間が掛かっているのかしら? と思っていたら、王城から戻ったアシュレイ様が狐につままれたような顔をしていました。


「おかえりなさい、アシュレイ様」

「……あ、うん」

「どうかされましたの?」

「っ……」


 急にアシュレイ様に抱きしめられました。腕にかなりの力が入っており、ちょっと苦しいです。

 アシュレイ様にどうしたのかと再度お聞きすると、小さな声で奇跡が起きたと言われました。


「ローザ、愛してる」

「あら。私もですわよ。アシュレイ様の美し――――」


 アシュレイ様への愛を言い終わる前に唇を塞がれてしまいました。アシュレイさまの唇で。


「ローザ、君と離縁したいと言ったのは本心だ」

「……え」

「君を愛しているからだ。でも、とても独りよがりな思いだった。君を傷付けたよな? すまなかった」


 隣国との戦争がなぜか立ち消えしたんだ。意味が分からないが、隣国の国王自らが謝罪文と起こしてもいない戦争の賠償金を払ってきたのだそう。おじいさまったらいったい何をしたのかしら?


「本当にすまなかった」


 そう言ってまたキスをくださいました。

 アシュレイ様は本当に心が綺麗な方です。だからこそ好きになったのです。


「はい。すっごく傷付きました。なので、もっと抱きしめてくださらないと、許してあげませんからね」

「んっ」

「絶対に、離縁なんて、してあげませんからね?」

「ん」


 私を抱きしめたまま、こくりこくりと頷くアシュレイ様。なんだか初めて見る可愛い反応です。

 これは、草むらでサカって天国だか地獄に召されてしまった、隣国の王太子に感謝してもいいのかもしれませんね。


 隣国には粗品でも送っておきましょうかね?


 とりあえず、くんかくんか。久しぶり嗅ぐアシュレイさまの匂いは格別でした。




 ―― おわりっ! ――




最後までお付き合いありがとうございました!

面白かった。いいぞもっとやれ。おじいさま、孫にあますぎるぞ!? そんなんでいいので(いいの?)ブクマや評価などしていただけますと、笛路よろこんでのたうち回ります=͟͟͞͞ \(`ᾥ’ )/=͟͟͞͞ \(   `)/=͟͟͞͞ \( `ᾥ’)/ウォォォ

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「砲弾孫娘、元気で留守がいい」、ローザはどんだけやらかしてきたのでしょうか かの国では「寝た子を起こすな」 「触らぬ神に祟り無し」みたいに言われてそうと思うと面白いです つよつよ奥様の素敵なお話をあり…
孫可愛さに紛争に介入するおじいちゃんと思いきや、主人公自身が歩く地雷原でしたか…
砲弾エピソードドコー
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