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16話 魔王アポリシア

 「次に行くお店は、ここからちょっと歩いたところだよ。」

 彼女はそう言いながら、得意げな表情を浮かべた。


 「どんな店なんだ?」

 俺は気になってたまらず、すぐに問いかけた。


 けれど彼女は、にやにやと笑うでもなく、口をきゅっと閉じて、鼻からムフーっと小さく息を吐くような顔をした。

 何か秘密を隠している子どもみたいな、そんな無邪気な仕草だった。

 「秘密。」

 小さな声でそう言うと、彼女はくるりと踵を返し、先に歩き始めた。


 俺たちは、さっきまでいた店をあとにして、賑やかな商店街を歩き出す。

 通りには色とりどりの看板が立ち並び、焼きたてのパンの香りや、果物の甘い匂いが鼻をかすめた。

 人々の話し声や、どこかから聞こえてくる音楽が混ざり合って、この場所全体が生き物のように脈打っている。


 そんな中、彼女は時々後ろを振り返って、俺がちゃんとついてきているかを確かめる。

 そのたびに、ちょっとだけ顔を緩めて、満足そうに微笑んだ。


 しばらく歩いていると、ふと道端に、立派な銅像が目に入った。

 両手を大きく広げた男の像で、周囲には誰かが置いたのか、花がいくつも並んでいる。

 「ほら、見て!」

 彼女は指さして声をあげた。

 俺は足を止め、銅像を見上げる。

 太陽の光を浴びて、ブロンズ色の表面が淡く光っていた。


 「これは、僧侶ハズレイ。この都市をここまで育て上げた張本人なんだ。」

 彼女は、銅像を見上げながら、どこか誇らしげに語った。

 その声には、ただ知識を披露するだけじゃない、どこか尊敬のようなものが滲んでいた。


 「この世界をここまで平和にしてくれた張本人でもあるんだよ。」

 彼女は続けた。銅像の足元に並べられた花束を、そっとひとつ指先でなぞる。


 俺は、少し首をかしげた。

 「・・・昔は、そんなに平和じゃなかったのか?」

 言葉にすると、それは意外な響きだった。

 こんなに穏やかで、誰もが笑っている街にも、そんな暗い時代があったなんて、想像もつかなかった。


 彼女は、うん、と小さくうなずいた。

 「うん。――150年前まではね。それまでは、魔王アポリシアがこの世界を支配してたの。」

 その声はさっきまでより少し低く、まるで当時の恐ろしさを伝えようとするかのようだった。

 

 風が吹き抜ける。

 夕暮れの光の中、ハズレイの銅像は、まるで何かを静かに見守るように、僕たちを見下ろしていた。


 そうして彼女は魔王アポリシアが世界を支配していた時代について俺に話し出した


 造世700年、造世とはこの世界が誕生したとされる年を基準とした単位である。

 この世界に脅威が訪れた、その名を魔王アポリシア。魔法使いの頂点まさに魔法の王。

 彼はもともと勤勉な魔法使いであったが、魔法の魅力に取りつかれすぎた。

 魔法は想像を現実に変えてくれる自由な力、神の力。

 魔法の力は知の神ボイフォスと力の神カノ二ゾによってもたらされているとされる。

 そして彼はボイフォス、カノ二ゾの力の一部を取り込み、より高みを目指した。

 多くの集落から食料や材料を奪い取り、魔法へと費やした。 

 その力は強大で誰も太刀打ちできなかった。

 

 造世682年、ついに打ち破った。

 勇者フォルク、僧侶ハズレイ、戦士ゲイトはその力から世界を解放した。

 その後三人は別れ、僧侶ハズレイはこの地にあった集落をもとにこの都市を立てた。





 俺は何も言えずに、ただ銅像を見上げた。

 先ほどまでただの石像にしか見えなかったハズレイの姿が、今は確かに、世界を救った英雄の面影を宿しているように思えた。


 彼女は小さく息を吐き、顔を上げた。

 その表情は、どこか誇らしく、そして少しだけ寂しげだった。


 「長々と、ごめんね。」

 彼女はそう言って、ふわりと微笑んだ。

 けれどその声には、もっと知ってほしい、忘れないでいてほしい、そんな想いがにじんでいた。


 俺は首を横に振った。

 「いや、・・・話してくれてよかった。」

 言葉にすると、それだけだったけれど、胸の奥には熱いものがじんわりと広がっていた。


 風がまた、そっと吹き抜けた。

 夕暮れの光に包まれた銅像の影が、静かに地面へと伸びていく。

 その影の中、俺たちはしばらくの間、ただ立ち尽くしていた。


 「じゃあいこっか。」


 「そうだな。」


 「そういえばローズは大丈夫かな?まぁ強いし大丈夫か。」


 そう言って次の店に向かった。

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