【09 休日の日】
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・【09 休日の日】
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中学生の休日ってこんな感じなのかな。
いやもし陸上部に入っていたら、学校で練習していたに違いない。
どこの部活にも入っていなかったら、この、私の隣にいる綾菜と一緒に、こんな感じで街へ遊びに来ていたのかもしれない。
じゃあ日本語ラップ部に入った休日は、と、いうと……何で、私と綾菜のすぐ後ろを、弦太先輩とシルバ先輩と太人先輩が歩いているのだろうか。
――少しだけ遡る。
お恥ずかしい話だけども、どうやら私はボキャブラリーが少ないらしい。
暇さえあれば走り込みをしていた私は、言葉なんて全く扱ってこなかった。
勿論、家や学校ではそれなりの会話をしてきたけども、日常の範疇を越えない、それなり。
日本語ラップ部をやるにあたって、ボキャブラリーの豊富さが命と言ってもいいらしい。
知っている言葉の総数がそのまま詞に出てしまうからだ。
極端な話、言葉を知らないと詞がアレとかソレばっかりになってしまうということ。
放課後、つまり部活動の時に太人先輩から、無言で厚めの辞書を渡された時は『顔と顔の距離はこれくらいの幅で、言葉を教えてやる』という意味かと思ったが、ただ辞書を読んで勉強しろという意味だった。
でもそんな方法でボキャブラリーが増えることなんて無く、知っている単語を調べて、この弦太先輩への気持ちの真実を探ろうとするだけ。
愛だの恋だの調べてみたけども、書いている意味が難しくてよく分からないし。
そういうことじゃないのかなと思っていたら、シルバ先輩が喋り出した。
「やっぱりボキャブラリーを増やすって、そういうことじゃないよねぇ、どうしたらいいかな、弦太」
「そうだな! やっぱり体験をするのが一番だな!」
私は体の内側が燃え上がるような感覚がした。
それって、愛だの恋だのを体験してみる、って、こと……?
下を向いてモジモジしていると、いつも通りというかなんというか、弦太先輩は辞書くらいの距離まで近づいてきた。
おいおいおい、マジかよ! ちょっと! 突然! こんなに顔が近いということは……!
「明日の土曜日、みんなで街へ遊びに行こうぜ!」
弦太先輩は目を輝かせながら、力強く叫んだ。
そうだ、愛だの恋だの言っていたのは私の心の中だけだった。
急に恥ずかしくなって、体の内側はより燃え上がった。
その私の顔を見た弦太先輩は
「ちょっと風邪か! せっかく遊ぶ約束したのに!」
それに対して太人先輩が、
「ただ叫んだだけで約束はまだしてないだろ」
と冷たい感じにツッコむと、シルバ先輩が嬉しそうに、
「まあまあ太人、楽しそうだし、僕は親睦を深めることも兼ねて遊びに行きたいなぁ」
綾菜もかなりテンションが上がりながら、
「アタシは絶対行きたいぃ! そういうのって何か熱くていいっすねぇ!」
賛同を得た弦太先輩はさっきよりさらに語気が強くなりながら、
「だろう! アヤナン! 一緒に活動するにあたって情報の共有は不可欠だ! でもイダテン! オマエが風邪で休むのはつまらない! あってはならないことだ!」
太人先輩が少し鼻で笑った感じでこう言う。
「まあボキャブラリーの少ない風子のための遊びだからな、いないと困るな」
その言葉に首を大きく横に振ってからシルバ先輩が、
「ボキャブラリーは僕らみんな足りないさ! さぁ! 今日は早く帰って休んで、明日みんなで遊ぼう!」
私はあわあわしながら、
「あ、あの、風邪じゃないです……大丈夫です……ちょっと、昔の恥ずかしいこととか、思いだして……」
――そして私たち五人は、街へ遊びに行くことになったのだ。
というかこの先輩方、本当に心の距離が辞書くらいの幅しかないなぁ。
陸上クラブのエースとか言われていた時は、意味無く慕われて、そして意味無く恐れられて、意味無く嫌われて……いやダメだ、こんな昔の恥ずかしくてつらいこと思いだしちゃダメだ、今を楽しもう。
でもちょっと暗い顔をしていたのかもしれない、弦太先輩が私の肩を叩きながら話しかけてきた。
「やっぱり風邪じゃないのか、無理しなくていいぞ」
そう言えば弦太先輩はよく私の顔を見てくれている。
その度に気遣ってくれて、なんだか、ううん、とっても、とっても少し、恥ずかしいかもしれない。
私はまた顔を赤くしないように、気を付けてって、どう気を付ければいいかなんて分からないんだけども、風邪を断定されて遊びが中止にならないように、
「大丈夫ですって」
と晴れやかに微笑んだ。
それに対して小さな声で弦太先輩が『良かった』と言ってくれたのが、ただの後輩への気遣いだとしても、私の心臓のリズムを早くするには十分すぎるものだった。
そんな時だった。
「トイレいっきまぁすぅ!」
綾菜が大声で宣言した。
女子が男子の前でそんなこと宣言するんじゃねぇよ、と思った。
何か言い方あるだろうと、その言い方を考える会を一度開いたほうが良かったな、とか、思った。
というか超序盤、五人で駅前に集まって、やっと近くのCDショップへ向かって歩き出したばっかだろう。
集まる前に用を足しておけよ、とも思ったけども、私は綾菜にお手洗いへ強引に引きずり込まれたのち、やっとその真意が分かった。
綾菜は飄々とこう言った。
「弦太さんとシルバさん、どっち? 太人さんじゃねぇだろうけどさぁー」
「……どういう意味?」
「どっちが好みっていう話さぁ」
「えっ……それって……」
もしかすると恋バナってヤツっ? と思って、焦っていると、綾菜が強めにこう言った。
「かぁ! ウブで可愛いですなぁ! どっちと恋したいかって言ってんだよぉ!」
綾菜がそんなこと言い出すなんて思ってもいなかったので、私は驚愕しながらも、
「いや私そういうの全然分かんないし! どっちとかじゃないしっ!」
「じゃあ太人さん?」
「だからそういうのじゃないんだって!」
「あっ、そう、じゃあ、そういうのじゃないんだったら、私が先に選んじゃおうかなぁ、それでいいよねぇ? 風子」
綾菜は要領が良くて、コミュニケーション能力も高いので、どんな人ともすぐ仲良くなれる。
その結果、小学生の頃はいつも味方の男子を自分の近くに置いていた時期もあった。
まあそれが行き過ぎてケンカになって、綾菜は男性が少し苦手になったんだけども。
でもきっと綾菜がその気になれば、彼氏なんて簡単に出来てしまうだろう。
その綾菜が”先に選んじゃおう”だなんて、もし、もし弦太先輩をとられてしまったら。
でもここで弦太先輩はダメだなんて言うのは、何だか恥ずかしいし、そもそも私は本当に弦太先輩のことが好きなのかどうかも分からないし。
この気持ちは、誰にも頼れなかった陸上クラブ時代とは違い、頼れる先輩が現れて喜んでいるだけかもしれないし、ただ尊敬しているだけかもしれないし、何かもう、まだ全然分からないし、だから、えっと、どういうことなんだろう、どう言えば正解なんだろう、どう言えば……。
「でも太人さんじゃないっしょ」
綾菜は鼻の穴か、鼻の下か、判別しづらいところを指でかきながら、アホヅラこいて、そう言った。
人が真剣に悩んでいるのに、何だその態度! あと何だその台詞! ……何だ本当にその台詞。
少し冷静になりながら、私は綾菜の言うことを聞いた。
「綾菜はあういうキツい言い方しかしない人、好きじゃないもんねぇ。でもアタシはね、結構好きだし、あの音楽センスはたまんないねっ! うほっ!」
ゴリラか、急にメスゴリラのおでましか、どうしたその語尾、どこから生まれた。
綾菜は続ける。
「あういうキツい言い方しか出来ないヤツに、甘い言葉をしゃべらせたいわぁ」
悪女のゴリラか。
「楽器も出来るとか言ってたし、セッションしたい、アタシってほら、男の場合は才能しか興味ねぇじゃん?」
知らんわ、小学生の頃、イエスマンな無能な男子ばかり周りにつけていたくせに。
「そしていつかは恋のセッションを……くぅ! たまりませんなあぁ!」
色ボケ・ゴリラ・ババアか、その言葉のセンスには才能を感じさせないんだけども。
「とにかく、私は太人さんを連れて楽器屋へ行くから、風子は弦太さんかシルバさんか品定めしとけ、以上、こっからは別行動だ! 健闘を祈る!」
急に女子一人にしないでよ、とか、そんなにうまく別行動になるものなのかな、とか、いろいろ考えたけども、あのセンスの古い色ボケ・ゴリラ・ババアは見事に自分のノルマを勝手に達成した。
そう、私は弦太先輩とシルバ先輩と三人での行動となり、CDショップへ入った。
弦太先輩がくぅ~と拳に力を込めながら、嬉しそうにこう言った。
「太人とアヤナンは楽器屋か、日本語ラップ部に新たな武器の出現か!」
それに対してシルバ先輩はその分、冷静に、
「武器って綾菜ちゃん自体のことかい? 楽器は高いからなかなか買えないからねぇ」
すると弦太先輩が驚きながら、
「えっ、楽器って高いの?」
シルバ先輩はその弦太先輩の台詞に少し吹き出しながら、
「高いよぉ! 子供が簡単に買える値段じゃないよっ!」
と言うと、弦太先輩が悟り切ったように頷きながら、
「じゃあシルバが買ってやるべきだな、オマエんち金持ちだもんな」
それに対してシルバ先輩が笑いながら、
「そういうのはあんまり言わないでって言ってるじゃないかぁ!」
……ヤバイ、全然会話に入れない……ただでさえ、割と入れていない私なのに、こうなってしまったらもう全く入る隙間が無い、ただCDを選ぶ空気と化すしかないのか。
このカスめ、私。
「そうだ、イダテン。今度シルバの家へ行こうぜ、コイツの家、すげぇ金持ちで豪邸なんだぞ」
急に私に話を振ってくれた弦太先輩。
どうすればいいか、分からない。
ダメだ、緊張しちゃってしょうがない。
普通に『行きたいです』って言えばいいのかな、言っていいのかな、それだとシルバ先輩が嫌がっていることをいじるみたいにならないかな、どうしよう、分からない、本当にどうしよう……って、
――心の中で思っていることを全て言った。
何で全て言ったかというと、私がその直後に静かに黙ってしまったからだ。
それで様子がおかしいってなって、一回私を外のベンチに座らせて、話をゆっくり聞いてもらうことになって。
私はこういうところがある。
いや、こういうところが出来上がってしまった。
陸上クラブでのつらい経験から、いろいろ考えてしまうことが多くなった。
でも基本は昔の、自分の根っこの部分はすぐ行動してしまうところなので、日本語ラップ部に入るのはその場の勢いで出来たけども、綾菜の寝たふりやザキケンのあの感じなど相まって、その場の勢いを、その場の怒りの勢いで持続出来たけども、今は何だか、誰にも嫌われたくなくて、うまくいってしまっただけに嫌われたくなくて、綾菜の寝たふりの件はうまくいっていないだけに勢いでガンガン進んだけども、今はあまりにもうまくいってしまっているだけに、急に嫌われるのが怖くて、急に臆病になって、何か嫌だな、ずっとこのままなのかな、私ってこれからずっとこのままなのかな、こんな優しい先輩方にさえ怯えていくのかな、って。
――本当に心の中で思っていることを全て言ったんだ。
今まさに”今はあまりにもうまくいってしまっているだけに、急に嫌われるのが怖くて”の部分も全て言ったんだ。
ヒかれたかな、そりゃそうだ、こんな重い女だったんだもん。
きっと手に負えないってなって、逃げてしまうに違いない。
だって小学生の頃は先生すら手に負えなかったんだから。
だから何で、だから何で、手に負えないはずなのに、何でそんなに強く、手を握るの……。
右手のシルバ先輩だけならまだしも、左手の弦太先輩はさ、部活見学会の時に『おい、シルバ、気安く女子の手を握ってんじゃねぇよ、そういう行動やめろよ』って言っていたのにさ……。
安くないの? 今の私は安くないの? 重いから高い? あっ、そう言えば、綾菜に罪なすりつけられた分、何だか大きくて高いモノをおごらせることにしようと考えてたっけ、でも今いないな、何で今こんなこと考えたんだっけ、分からない、分からないよ、何で、何で、強く手を握られているだけで、こんなに涙が溢れてくるの? ちょっとシルバ先輩、シルバ先輩気付いて、ハンカチを差し出されても今涙拭けないよ、二人に両手握られているんだもん、でもって弦太先輩は多分アホだよね、喋りからしてやっぱりアホだよね、最初に部室へ行った時、意味無く上半身裸だったし、絶対アホでしょ、弦太先輩って、本当にアホ、どう考えてもアホ、意味分かんないくらいアホ、だってさ何で弦太先輩も目がうるんでいるの、男子がそんな簡単に泣いたらカッコ悪いよ、というか二人ともアホなのかな? 私が手に負えない人間だって理解してないのかな?
本当にどうしようもない部活に入ってしまったものだ。
どうしようもない集まりの中に入ってしまったものだ。
どうもしたくないな、今は、ずっと、こうしていたい、そんな私が一番どうしようもないバカなのだ。
その時。
「お姫様かぁっ! どっちかにしろって言ったのに二人従えるなんてすげぇじゃん風子!」
……綾菜に見られた、
流石にもう泣き止んではいたため、私の弱みを見られることは無かったけども、ベンチの真ん中に座り、両隣のイケメン先輩方に手を握られているというこの構図。
「何してんの」
太人先輩が冷たく言い放つ、そりゃそうだ、何してんだろう。
そしてこれに対してなんて言うんだろう。
弦太先輩はハッと我に返った感じで握っていた手を離したが、シルバ先輩は手を握ったままだ。
そしてシルバ先輩が口を開いた。
「心の対話さぁ!」
あまりにも明るい、線香花火が予想以上に弾けたようなパァンとした言い方に、そこはかとなくバカバカしさが加わり、場が何だか和んだ。
そして私にしか聞こえないくらいの声で、シルバ先輩が
「気にしないでいいし、気を遣わなくていいよ、先輩だからねっ」
と言ってくれた。
弦太先輩もそんな感じなのかな、いやそんな感じなんだろうな、ふと目が合った時に、優しい目で頷いてくれたからきっとそうだ。
よしっ! なんとか切り替えていくぞ! まだまだお昼ごはんだって食べていないんだから!
というわけで私たち五人は近くのファミレスへ入っていった。
綾菜はラーメン屋さんが良いと叫んだが、ちょっとゆっくり話せるところのほうがいいとなり、ファミレスへ。
というか何故にラーメン屋さん。
何軽く飯を腹に入れて、さっさと次の買い物行きたいんだよ。
もっとまったり話そうよ、全く。
手を握ってもらってから、私はちゃんと喋れるようになっていた。
昔から幼馴染だったかのように、普通に、普通に、学年が違うことすら考えさせず。
みんなで注文して、まったりだべりながら品を待って、おっ、あの店員さんはこっちに来そうだ、品は何かな、あっ、と脊髄反射で私は言う。
「太人先輩のミックスグリル、もうきましたね」
すると、太人先輩は少し嫌そうな感じに、
「俺早食いなのに、先くんなよ。暇になるじゃん」
それに対して弦太先輩はやれやれといった感じに、
「店員さん知らねぇって」
シルバ先輩もそれに呼応するように、
「ゆっくり食べればいいんじゃないかなぁ!」
と言うと、太人先輩は溜息をついてから、
「何で俺がオマエらに合わせないといけないんだよ」
シルバ先輩は、太人先輩の不機嫌そうな感じは全く気にせず、
「じゃあ追加でスイーツでも頼めばいいんじゃないかなぁ、僕も食べたいしぃっ」
と言うと、太人先輩は眉毛のあたりをかきながら、
「女じゃねぇからスイーツいらねっ」
シルバ先輩は可愛く頬を膨らませながら、
「僕は女性じゃないよっ」
いや女性みたいに可愛いなぁ、と思いつつその仕草を見ていると、綾菜が
「アタシ、女ですけどスイーツとか甘ったるいの勘弁してほしい」
と言ったので、私は
「綾菜って昔からオジサンみたいなのばっか食べているもんね」
と言うと、綾菜はツッコミのようなテンションで、
「オジサンのヒゲ食ってるみたいに言うなぁ!」
いや!
「言ってない! 私全然そんなこと言ってない!」
なんて発想だと思っていると、太人先輩が少し笑いながら、
「何だ綾菜、オジサンのヒゲをパリパリに揚げたツマミでも食ってんのか」
と、ミックスグリルを食べつつ、言うと、それに対して弦太先輩が、
「気持ち悪いこと言うなよ、太人」
と少しムッとしながら言うと、シルバ先輩はやけに楽しそうにこう言った。
「でもパリパリに揚げた野菜っておいしいよね! 僕好きだなぁっ!」
急に野菜の話! と思いつつ、私は思い切ってツッコんでみる。
「シルバ先輩! そんな話してなかったじゃないですか!」
そして太人先輩もシルバ先輩のそれにはツッコむ。
「野菜とオジサンのヒゲ、全然違ぇ」
一瞬、話の間が空いたところで弦太先輩が口を開いた。
「というか太人、オマエだけが唯一フライモノあんのに、よくそんな気持ち悪いこと言えるな」
と言うと、太人先輩は冷静な感じで、
「だってこのエビフライ、オジサンのヒゲをパリパリに揚げたヤツじゃねぇし」
そう言ったところで綾菜がカットインして、
「あっ、太人さぁん、そのエビフライもらっていいっすよねぇ! はーい」
と言って、事前に店員さんが持ってきて下さっていたフォークを持って、太人先輩のミックスグリルに手を伸ばし、そのまま太人先輩のエビフライを刺した。
なんたる胆力、と思いながら私はそれを見ていた。
太人先輩は言う。
「いや良いって言ってねぇだろ、何の”はーい”だよ、つーかもうフォークで刺すなよ」
それに対して、綾菜はすぐ返す。
「ハンバーグ食いたくて頼んだって言ってたんで、エビフライはもらっていいかなぁって」
少々呆れているように太人先輩は、
「じゃあハンバーグだけ頼むわ、エビフライも食いたいからエビフライあるヤツにしたんだよ」
と言ったので、私は綾菜に対して、
「ちょっと綾菜、返しなさいよ」
すると、太人先輩は全てを面倒臭そうに、
「いやもう刺してるからいらねっ」
と言うと、綾菜は
「アタシのはまだきてないんで、なめたフォークじゃないですけどもぉ?」
しかし太人先輩はもう譲らず、というか譲ったんだけども、そこは譲らず、
「何か他人が持ったフォークに刺さってるとこ見ただけで嫌だ」
と言い、それに対してシルバ先輩が、
「太人はいっつもそうなんだからぁ、潔癖症なんだよねぇ」
すると、太人先輩は少し語気を強めながら、
「潔癖症じゃねぇし、潔癖症の人間がこんな汚い連中とファミレスで飯食わねぇだろ」
と言うと、弦太先輩が拳を強く握りながら、元気いっぱいにこう言った。
「全然汚くないだろ! 明るいだろ!」
その馬鹿さ溢れる台詞に皆、それぞれ噴き出した。
私は何か言わないとダメかなと思って、
「弦太先輩、明るさは関係無いですよっ」
とツッコむと、弦太先輩は意に介さず、
「いや太陽みたいに明るいヤツはその明るい作用で綺麗だろ!」
それに対して綾菜は、ちょっと怯みながらも、
「弦太さぁん、太陽みたいに明るいって、人に言われる表現じゃないですかぁ。自分で言っている人、初めて見ましたよぉ」
と言うと、弦太先輩は少し手で顔を覆いながら、
「くっ! アヤナン! そんな恥ずかしいツッコミやめてくれ!」
それを見ていた太人先輩が、
「あっ、ちゃんと恥ずかしがる気持ちは持ってたんだ」
と言うと、弦太先輩が大きな声で、
「うるせぇ太人!」
太人先輩は鼻で笑ってから、こう言った。
「いや実際弦太が一番汚いだろ、上半身裸で汗いつも垂れ流して。というかいろいろ考えると、弦太以外汚くねぇわ。ゴメン、シルバ、綾菜、風子」
弦太先輩は少し頬を赤くしながら、
「俺にも謝りやがれ!」
と言ったその時、私はふと気になったことが口から出た。
「でも弦太先輩、何で部室に最初入った時、上半身裸だったんですか?」
それに対して弦太先輩よりも早く、シルバ先輩が
「そう言えば、弦太って、風子ちゃんや綾菜ちゃんが入ってから上半身裸にならなくなったねぇ」
と言うと、弦太先輩は完全に頬を真っ赤にしながら、
「さすがにならねぇだろ! 変態じゃねぇか!」
とツッコむと、太人先輩がハハッと笑いながら、
「何で俺やシルバには変態と思われて良かったんだよ」
弦太先輩はだんだん顔全体を真っ赤にしながら、
「男同士だから変態と思われてねぇと思ってたわ!」
ここで綾菜が本筋に話を戻す。
「で、どうしてなんですかぁ、上半身裸になっていた理由ってぇ、弦太さん」
弦太先輩が一息コホンとついてから、喋り出した。
「ほら、オレって筋トレしてるじゃん」
私は相槌を打つ。
「確かに私が辞書とか読んでいる時も、結構腕立て伏せとか腹筋とかしていますよね」
弦太先輩は言う。
「その時、上半身裸のほうが筋肉の動きがちゃんと見えていいんだよ」
それに対して綾菜は少し笑いながら、
「じゃぁ弦太さんってスクワットする時、下半身裸で筋トレしてたんですか?」
と言うと、弦太先輩は大慌てになりながら、
「変態じゃねぇか! それは必ず!」
太人先輩がクスッと笑いながら、
「必ずて」
そうそう、スクワットはしないなぁ、と私は思ったので、言ってみた。
「そう言えば弦太先輩ってスクワットとか下半身の筋トレはしていませんよね」
すると綾菜がニヤニヤしながら、
「風子、弦太さんの下半身気にしすぎぃ」
と言ったので、私は割と大きな声で、
「変態みたいに言うな!」
とツッコむと、綾菜が
「日本語変態部だ」
それに弦太先輩がツッコむ。
「アヤナン、その場合の日本語って何だよ」
綾菜はすぐさま、
「由緒正しき感を出して、危険じゃないアピールしている、かなぁ?」
と言うと、シルバ先輩がさすがに制止するように、
「危険すぎるよぉ! ファミレスで話していいような話じゃないよ!」
弦太先輩もそれに同調。
「確かにホント太人と綾菜の悪ふざけには困るぜ」
しかし太人先輩は、
「困ってんのは弦太のアホさにだけども」
それに対して弦太先輩はかなり大きな声で、
「アホじゃねぇよ!」
と一旦話が落ち着いたところで綾菜が、
「で、スクワットしない理由とかあるんですかぁ」
弦太先輩がう~んと唸りながら、
「綾菜は本当逃げさないな」
と言うと、綾菜はいつもの自分のペースで
「気になることあると聞かないと気が済まないんですぅ」
弦太先輩は
「膝が弱いんだよ、オレは」
と吐き捨てるように言うと、綾菜がさらに
「そんなに鍛えて膝だけ弱いって無いですよぉ!」
と大笑いしたが、その笑いには誰も乗って来なかった。
ここで一瞬の重い沈黙が入ったような気がした。
でもすぐにシルバ先輩が頼んだ、天ぷらそばと、綾菜のあんかけラーメンが来て、この話はどこかへ飛んでいった。
そして全員の品もきて、ご飯を食べて、食べ終えた後はまた二手に分かれて行動することに。
私と弦太先輩とシルバ先輩、綾菜と太人先輩の二手だ。
綾菜と太人先輩は別の楽器屋へ行くらしい。
そんなに近くに楽器屋があって喧嘩しないかなとか思ったけども、何目線だという話なので、それを考えるのはすぐにやめた。
そんなことよりも私たちだ、私たちは特にアテが無い。
じゃあ楽器屋についていけばいいというところでもあるのだが、太人先輩が『多いと邪魔になる』と言って、ついていけなかった。
まあ綾菜とは専門的な話が出来るだろうし、本当に私たちは邪魔なのだろうな、と思った。
シルバ先輩は大きめに落ち込んでいたが、弦太先輩はどこへ遊びに行こうかと楽しそうだ。
正直私も思い切り遊びたい気持ちが強い、どこかというのは考えていないけども、弦太先輩とシルバ先輩がいればどこだって楽しいだろう。
「ねぇ、風子ちゃん、どこに行きたい?」
シルバ先輩が私に優しく語り掛けたので、私はいたって普通に、シンプルに、
「う~ん、先輩方がいてくれれば、どこだって楽しいです」
こんな台詞、今までの私だったら絶対言えなかった台詞だ。
今までだったら”媚びてないかな”とか、気にしてしまうところだけども、日本語ラップ部の先輩方には正直な気持ちを正直に話すと決めたので、ハッキリとこう言った。
そしてそのハッキリに、ハッキリで応えてくれる先輩方。
弦太先輩は元気に声を張り上げた。
「嬉しいこと言ってくれるぜ! まあイダテンのボキャブラリーを増やす旅だから適当に散歩でもするか!」
それに同意し、頷くシルバ先輩が、
「散歩いいねぇ、じゃあ近くの亀本公園に行こうよっ」
駅の近くにある割と大きめの公園、それが亀本公園。
いつ来ても、散歩している人や走っている人がいる、この周辺で一番の癒しスポットだ。
大きな池には鯉や鴨がいて、草花も、どの季節でも咲き誇っていて、大きめの公園なので意外と知り合いにも会わず、学生がデートに使ったりしている。
デートではないけども、こんなイケメン引き連れて歩けるなんて嬉しいな。
でももしクラスメイトとかに見られたら何やかんや言われるかもしれないな、でもその時は頼れる先輩方に守ってもらうからいいんだっ!
「散歩をテーマにしたラップなんていいかもな」
弦太先輩がふと口にした。
それに同調するシルバ先輩は、
「あんまり強いテーマ性ばっかりになってしまうと、韻を踏みづらいからねぇ」
弦太先輩が楽しそうに、
「のんびり行こうみたいな感じの曲を作るのもいいかもしれないな、たまには」
と言うと、シルバ先輩が
「弦太、弦太、言ってるそばから強いテーマ性のある発言しないでっ」
それにハッとしてから弦太先輩が、
「そうか、のんびり行こうがテーマになるのか、じゃあどうしようか」
と言ったけども、私は
「でも、うん、私はその、のんびり行こうって良いと思います。先輩方に私の話、ゆっくり聞いてもらえて、今もこうやってまったり散歩出来て、ただこうやって同じ時間を共有しているだけでも、何だかすごく楽しくて、嬉しくて」
どうしてだろう、何だか言葉がたくさん出てくる。
私は続ける。
「今までの私だったら、すごく周りを気にして、こんな素敵な先輩方と一緒にいることさえもおこがましく感じたり、いや、そのおこがましさは今も感じていたりするんですけども、でも、その、やっぱり好きなことを好きなようにやっているって、すごくいいなって思って、いや勿論、人に対して悪いことをしていたら、好きなようにしちゃダメですけども、あの」
と言ったところでシルバ先輩が、
「僕は好きだよ、風子ちゃんと一緒にいるの」
と言うと、弦太先輩も
「悪いことがどうとかこうとか、いちいち誰かへの言い訳なんていらないぜ! もしイダテンにつまんねぇこと言うヤツがいたらさ、絶対守ってやるから好きにしようぜ!」
あぁ、好きだなぁ、この先輩方。
何だか変われるかもしれない、いや変わるんだ、私はもう小学生の頃とは違うんだ。
そして先輩方に変えてもらうんじゃない、自ら変えようとするんだ。
不安になったら頼るけども、あくまで頼るだけ、全てを任すわけにはいかない、私はラップをしていてカッコイイ、この弦太先輩とシルバ先輩に憧れたんだ。
この二人と私は肩を並べたいんだ、だから任すわけにはいかない。
こんなカッコイイ人になりたい、追いつきたい、だから自分で頑張ろう、でも頑張りすぎないようにもしよう、それこそ、のんびり行こう。
優しく見守ってくれているのだから、少しずつ変わっていこう。
最初はどうしようと思ったけども、やっぱり日本語ラップ部に入って良かった。
この幸せが、ずっと続けばいいな、と思った。
今はそんな気持ち。
そしてこの休日を経て出来た三人のラップ。
《黒牙》
たまにはゆっくり進もうか 優しい物語を紡ごうか
産む効果は多分癒しだろう 気を休めるという期待誘う
とりま散歩をしようぜ 暇が無ければこの詞上で
まずはまったり気分だ のんびり行こうぜ、無い至急は
《銀狼王子》
休憩中で、眺める風景 勝負と休戦、さながら宮廷
美しいモノに触れて軽く休む 弾む心、優しく、丸く
熱くなりすぎは危険だから 落ち着かせる体も宝
若さで突っ走るだけじゃない 破壊ばっかは若い、若い
《イダテン》
のんびり行けば、心が安らぐ 集まる、新しい思考回路
態度は優しくありたいね 咲いてほしいな、才能の花
ただただたまには楽しく休む まくる袖は涼むだけで
あえて何もしない時間 持参していたい静かな心も
《三人》
黒:急がず焦らず散歩中 こういう日々に安堵する
銀:&見ていく美しい環境 誕生する新しい発想
イ:颯爽とまた動くため 貯める蓄える、今は休む
三:歩くくらいの速度でいい そして後から追う時計