【06 説明後】
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・【06 説明後】
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説明した。
軽音部をディスったのは、私じゃなくて隣の綾菜だと。
いつもの綾菜なら『本当にそうかな?』みたいな、かき乱すことを言ったりするのだが、そんなことより、弦太先輩の肉体観察を最優先にしているようで、私やザキケンが言うことに、素直に頷き、頷き終えたあとの時間を全て肉体観察に当てていた。
いや真面目に頷け! せめて頷くことくらい真面目にしろ!
最初は先輩方は全然信じていなかった。
顧問の効力弱いなぁと思うほどに、ザキケンの言葉は信じられていなかったが、必死に説明する私を見て、また不真面目な綾菜の雰囲気を見て、ついに信じてもらえたのであった。
そして……。
弦太さんは強い口調でこう言った。
「おい、綾菜ってヤツ、まず軽音部に謝りに行け」
それに対して綾菜は嬉しそうに、
「おぉ、引き締まった肉体が話しかけてきた」
と言うと、弦太さんは血管を浮かばせながら、
「弦太だ! バカにしてんじゃねぇぞ! 本当にバカにしてんじゃねぇぞ! 一生懸命やっているヤツをバカにするなんて、絶対やっちゃいけないことだからな!」
すごい圧で怒鳴り、そばから見ていても怖いのに、綾菜は全然ひく様子は無い。
「でも下手は下手だったし、人前でやる以上、審査されるのは当然だと思うけども。そもそも私の声が聞こえるほど、オーディエンスが盛り上がっていないかったわけだし」
でも弦太さんも止まらない。
「だからって口に出していいっていう話じゃねぇだろ! その場で!」
綾菜はやれやれといった感じにこう言った。
「陰口だったら良かったんですか? それもおかしいと思いますけども」
と負けじと、即返答したところでザキケンが割って入った。
「このクソガキのオヤジさんはプロのギタリストで、ショーに対してちょっと教育されていて、ちょっとバカなんだわ、弦太、抑えてくれ」
そんな、小四のくせに大人な一面もあったザキケンに対して、綾菜は
「ちょっとザキケン、それ、パパがバカってことぉ?」
と少しニヤニヤしながら、そう言うと、ザキケンは
「そうじゃねぇよ、ただ一般的ではねぇって話だ」
しかし綾菜は一歩も引けを取らない。
「一般的に下手だなぁってリアクションしただけじゃん、私以外の一年生みんなそう思ったはずだよ? たまたま私が言っただけで、みんな思ってたよ? 先輩たちだって下手と思ったでしょ?」
それに対して弦太さんが叫ぶ。
「おい綾菜ってヤツ! 最初からうまいヤツなんていねぇだろ!」
綾菜は何か話が通じないなといった感じにこう言った。
「でも部活動紹介は練習じゃなくて本番じゃん、本番はうまくやらないとダメじゃん」
あまりにも自分を曲げない綾菜に、心底怒っているようなザキケンが声を荒上げながら、
「クソガキ黙れ! おい! 風子! オマエも何か言ってやれ!」
みんなの視線が私に来る……え……どうしよう……。
私は今、思っていることを言った。
きっと、これは、今の私の、日本語ラップ部への思いが入った言葉だ。
「綾菜、確かに軽音部の方々は上手ではなかったよ。でも上手じゃないと音楽を愛しちゃいけないの? 好きなだけじゃ、近づくこともダメなの? うまくないと近づくこともダメだなんて悲しいよ」
私は多分とても不純な理由で日本語ラップ部を好きになった。
弦太さんが、いや弦太先輩がカッコイイと思って、この日本語ラップ部に入りたいと思った。
勿論ラップの歌詞もカッコイイと思ったけども、基本は弦太先輩を好きになったから。
その自分の気持ちを、自分で肯定したかったのかもしれない。
好きだから近づきたい、そしていつか一緒のステージに立ちたい、そんな、よこしまな私の今の思いだ。
少しの沈黙、そしてザキケンがニヤリとしながら一言。
「風子、やっぱりオマエ、面白いな」
ザキケン、オマエさっきから笑いまくりだなと思いつつ、一旦場が静まった。
綾菜も納得してくれたようで、弦太先輩の怖い雰囲気も少し落ち着いた。
その流れに乗って、ザキケンは綾菜の肩を引っ張り、
「軽音部に謝りに行くぞ」
と言って、ザキケンと綾菜は多分軽音部へ行った。
私はずっと開けっ放しだった扉を閉めて、日本語ラップ部の部室へ入った。
誤解が解けたとはいえ、突然自分側の人間が自分一人になり、緊張をしていると、シルバさん、じゃなくてシルバ先輩が優しく話しかけてくれた。
「そんなところで立ってないで、まず、イスに座ってよ」
物腰も声も柔らかいシルバ先輩は、イスをわざわざ引いて、私が座るのを待ってくれている。
私は軽く会釈しながら、座ると、シルバ先輩はニッコリと微笑んで右隣に座った。
シルバ先輩の微笑みはさながら、人懐っこいトイプードルの顔のように可愛かった。
男性とは思えないような、中性的な顔で、銀髪のハーフからは、中世的な雰囲気で、並の女子ならすぐころっといってしまいそうな、優顔のイケメン。
弦太先輩は言うなれば肉体派イケメン俳優のように、さわやかで男らしい。
太人先輩は一重なんだけども、そのアジア人感の強い優しそうな顔が良い印象を受ける。
あれ、結構イケメンに囲まれている……ヤバイ、緊張してきた……。
「入部希望で、いいんだよね」
シルバ先輩は優しく話しかけてくれた。
「はい、日本語ラップ部のステージがすごくカッコ良くて、だから、あの、入りたいと思いました」
と、ごにょごにょしながら言うと、シルバ先輩は急に立ち上がり、
「弦太! 太人! 日本語ラップ部がカッコイイって! すごく嬉しいよね! ね! ね! ね!」
と、めちゃくちゃ嬉しそうに小躍りを始めたが、周りの二人はまあクール。
太人先輩はシルバ先輩のほうを一度も見ずに、ずっとパソコンをいじっている。
というか私たちが来た時から、ほぼずっとパソコンをいじっている。
弦太先輩もこんな感じにクールなのかなと思って、そちらを見てみると、まだ上半身裸だったので、つい見入ってしまっていると、弦太先輩は喋り出した。
「まあカッコイイだろうな、うん、うん……よっしゃぁぁあああ!」
大きくガッツポーズをし、それに呼応するようにシルバ先輩は拳をギュッギュッとさせながら、
「うん! よっしゃあだよね! ね! ね! 嬉しいなぁ!」
と言うと、弦太先輩は私に少し近付き、
「そうか、オレたちのカッコ良さが分かるか、オマエ、いいヤツだな」
と、まさかの熱血系であることが発覚した。
うん、悪くない、むしろ、いいぞ、いいぞ……と、妙に満足げな気持ちで見ていると、急に私の右手が宙に浮いた、一瞬、なんだろうと思ったら、なんとシルバ先輩が私の右手を握っているのだ……!
「嬉しい! 一緒に日本語ラップ部頑張ろうね! 僕、シルバ! よろしくね!」
とシルバ先輩が言うと、弦太先輩は何だか少し焦りながら、
「おい、シルバ、気安く女子の手を握ってんじゃねぇよ、そういう行動やめろよ」
あれ、弦太先輩が嫉妬してくれている? 急にモテ期がキタ!
何かドキドキワクワクしていると、弦太先輩はシルバ先輩のほうへ行き、シルバ先輩の肩をぺチンと叩きながら、
「そういう行動をとるから女っぽいとか言われて、バカにされるんだぞ」
と言うと、私の手を離したシルバ先輩は、私の顔を覗き込みながら、
「あっ、ゴメン、風子ちゃん……だよね? ゴメンね、風子ちゃん、つい嬉しくて」
私は全然嫌じゃ無かったので、普通に
「あ、いや大丈夫です、あと、はい、私は琴葉風子っていいます、よろしくお願いします」
と答えた。
なんだ、モテたわけではなくて、シルバ先輩は誰にでもそうするからそれを叱っただけか。
モテ期でも良かったのに、と思いつつ、私は弦太先輩のほうを見ていると、弦太先輩がくるりと私のほうを見て、
「風子ね、うん、よろしく、俺、玉田弦太。適当に弦太って呼んでいいから」
と言ったので、私は、ここは元気にいったほうが印象良いだろうと思い、
「はい! 弦太先輩! シルバ先輩! 太人先輩!」
すると、シルバ先輩が急に嬉しそうに体を揺らしながら、
「ちょ、ちょっとぉ! 弦太! 太人! 僕、先輩って呼ばれちゃったよぉ!」
弦太先輩もしみじみと、感慨深そうに、
「先輩か……そうか、俺たち二年生になったのか……」
太人先輩は少し小首をかしげてから、
「太人と名前呼びか、まあ苗字名乗って無かったし、いいか」
三者三様のリアクションだけども、三人ともそれぞれ少し照れていて可愛かった。
この先輩たちとなら、うまくやっていけそうだな、と思った。
そのタイミングで弦太先輩が声を上げた。
「それにしてもあと一人で正式に部活動だ! 集めるぞ! シルバ! 太人!」
シルバ先輩は大きく頷きながら、
「うん! そうだね! でも弦太! そろそろ服着たほうがいいんじゃないのっ!」
ハッとした弦太先輩は少し恥ずかしそうに服を着た。
そしてちゃんと服を着終えたタイミングで私は言った。
「あの、先輩方、綾菜も入るので五人になりますっ」
と、私が言ったら、先輩方がハッとした……いや、場が凍った。
そして弦太先輩とシルバ先輩が、
「あの綾菜ってヤツ、入んの? 話が合わねぇけどなぁ」
「ちょ、ちょっと、怖いねぇ……」
「怖くはねぇけど、大丈夫か、おい」
……うまくやっていけそうかどうかは綾菜次第だ!
そうこうしていると、ザキケンと綾菜が部室へ戻ってきた。
ここからは正式な自己紹介が始まった。
まず私から、
「琴葉風子です! 部活動紹介の日本語ラップ部のステージが、カッコ良くて入部したいと思いました! 今後は私もラップが出来るようになりたいと思っています! よろしくお願いします!」
私の正直な自己紹介は先輩方によく響いたようだ。
弦太先輩の人の三倍くらいあるような豪快な拍手、シルバ先輩の小動物が可愛く震えるように手を叩く小刻みな拍手、そしてさっきまでこっちのほうをあまり見てくれていなかった太人先輩も、私のほうを見ながら小さく手を叩いてくれた。
いややっぱりこれはうまくやっていけそうだ! 流れに乗ってくれ、流れに乗ってくれ、綾菜!
「水打綾菜でぇす。風子と同じ部活に入りたいと思って来ました。ゆるくやってくんでよろしくぅ」
キンキンに冷えた。
きっと本当に、真冬の吹雪が出現したと思う。
流れという名の川は凍って、アイススケート出来るほどの厚い氷になり、上を綾菜が一人でヘラヘラと滑りまくっていた。
あとはそうだなぁ、遠くの木陰からザキケンがこちらを、なんとか笑いをこらえながら見ているくらい。
笑っているのはその二人くらいだった、いや二人も笑っていれば十分か。
この雰囲気の悪さをさすがに察したのか、綾菜はもう一言付け加えた。
「あのですね、マジです、マジで楽しく、マジでゆるくやるんでよろしくぅ、とりま記念写真でも撮りましょうかぁ!」
その方向性の付け加えいらねぇ……。
弦太先輩は少し声を震わせながら、こう言った。
「えっと、綾菜だっけ、俺たちのことナメてんのか?」
そして弦太先輩は眼を鋭くしながら、綾菜のことを睨んだ。
睨まれている対象が友達でなければカッコイイと思えたのになぁ。
綾菜はビシッと耳に腕が触れるくらい真っすぐ手を挙げながら、こう言った。
「はい! ナメてませんっ!」
勿論、キンキンに冷えた。
その行動・表情・言い方、全てを総合しただろう弦太先輩は語り出した。
「どう考えてもナメてるな……ただ確かに、新入生を入れないと部の形にすらなっていない部活動をナメたい気持ちも分かるが……」
と言ったところで、綾菜はカットイン。
「はいはい! いやいや! 全然ナメてないですから! めっちゃカッコ良かったです!」
カッコ良かったと言われると、ピクっと小さく頭を揺らし反応する弦太先輩。
今まで明らかに怒っていたのに、少し表情が柔らかくなったところが可愛い。
この様子を笑いながら見ていたザキケンが喋り出した。
「まあまあ、気に入らないにしても籍は置いてもらわないと部活動出来ないぞ。まあ人数が集まらないなら今まで通り、月曜日だけ集まってという部活もどきは出来るけどな。ただ、今のちょっとしたアレでオマエは気に入ったみたいだけどもな。マジでちょろいな」
弦太先輩は不機嫌そうに、
「いやちょろくねぇし、そんな上辺だけで褒められただけで、落ちてねぇし」
と言うと、綾菜がニッコリと微笑んでからこう言った。
「弦太さん、じゃあ深く褒めてあげましょうか」
「えっ」
と弦太先輩の生返事。
二の句は待たず、綾菜がつらつらと喋り出した。
「さすが日本語ラップ部と言うだけあって、軽々しく英語を使っていないところがいいですね。韻を踏むために意味無く英語に変換する人とかいますけども、それが無い。ちゃんと自分の言葉で踏んでいるところが好印象です。弦太さんの熱いリリックに人となりが出ていますよね。シルバさんはあの細かく韻を踏む感じが丁寧な印象を受けますね、ちゃんと日本語ラップをやってやるという意志を強く感じて、なかなか興味深いです。ガッツリ日本語でいくところがかなり好きです。あと多分トラックメイクは太人さんですよね、最近の派手なミクスチャじゃなくて、オールドスタイルな太いビートと、デカいドラムで攻めるなんて、なかなかカッコイイですね」
流れるように褒めたたえる綾菜、そうだ、綾菜は音楽にうるさいのだ。
パパがプロのギタリストで、子供の時から多種多様の音楽を聴いてきただけあり。
表現の一部一部、正直私は言葉の意味を理解しきれていない……が、三人の先輩方にはとても響いたらしい。
弦太先輩はさっきの怒りのテンションをどこへ向ければ分からなくなって、ちょっと挙動不審になって、照れ笑いを浮かべていた。
シルバ先輩と太人先輩は顔を見合わせて、驚いていた。
完全に先輩方の心をつかんでいるような感じ、だから綾菜はズルいヤツなのだ。
いやまあただただズルいところもあるけども。
相変わらずザキケンはニヤニヤしていて少し腹立つが、その一面の綾菜も知っているということなんだろうか……いや、所詮女子に褒められたらすぐこうなるという中学男子のちょろさを笑っているのだろうか。
でも、とても遠い存在に感じていた先輩方が、こんな緩んだ表情になるなんて、ちょっとおかしくもあり、何だか嬉しかった。
雰囲気が落ち着いたところでシルバ先輩が言った。
「二人はラッパー希望かな?」
私はより元気よく答えた。
何だか綾菜に印象レースで負け始めているような気がしたので。
「はいっ! 私は同じようにラップをしてみたくて入部しました!」
綾菜は飄々としながらこう言った。
「アタシはそうですねぇ、でもビートは生音っしょ、太人さん。私、ドラムやってるんで、トラックメイカー側になろうかなって」
と、綾菜が普通に目標を語ったことが意外だった。
本当にただ私についてきただけだと思ったら、ちゃんとやりたいことを持っていたのだ。
綾菜のこういう読めないところが、本当に一緒にいて飽きない。
太人先輩は小さく頷きながら、こう言った。
「ドラム出来るのか。でもその場合は吹奏楽部か軽音部に録音する時、借りないとダメだね」
それに対して綾菜は意味無く元気いっぱいに、
「問題ないです! 私、交渉の類得意なんで!」
太人先輩は何だコイツみたいな目で綾菜を見ながら、
「いや君、さっき軽音部と一悶着した直後でしょ、どの口が交渉得意って言ってんだ」
と少し苛立っているような口調でそう言ったが、綾菜は相変わらず止まらない。
「ノリの良さでいきます!」
それに対して太人先輩はハッキリと、
「あんましバカは好きじゃないんだけど」
と言うと、シルバ先輩が慌てながら、
「ちょっと太人! ゴメンね、綾菜ちゃん、太人はちょっと口が悪いんだっ」
弦太先輩がボソッと、
「コミュ障ってヤツだな」
それに即、太人先輩が、
「うるせぇ弦太」
そこへ間髪入れずに綾菜がこう言った。
「いや大丈夫っすぅ! 太人さぁん! いつの間にか私のこれクセになってますよぉ?」
太人先輩は鼻で笑ってから、
「期待しとく」
と言った。
いや……もう馴染んでいる……男子が苦手だったはずなのに、と思ったが、どうやら年上には大丈夫らしい。
まあザキケンとうまく渡り合っていたり、休日二人でショッピングへ出掛けた時など店員さんにもガンガンいけるので、年上は本当に大丈夫なのかもしれない。