【04 自己紹介】
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・【04 自己紹介】
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チャイムが鳴り、ホームルームが始まった。
鍵崎先生と綾菜は舌打ちの相打ちをして、鍵崎先生は教壇の前に、綾菜は自分の席に、と、それぞれの持ち場に着いた。
ホームルームでは自己紹介をする。
名前、出身小学校、好きなモノや長所、人によっては短所、そして見たてホヤホヤの今入りたい部活を言っている。
ホームルームが始まる前は、あんなに話題をかっさらっていた軽音部と日本語ラップ部に入りたい人は今のところゼロ。
当たり前だけども、この流れで、少なくてもこんなヤツがいるクラスでは希望者ゼロ。
『琴葉風子』
私の出番は意外と早い、か行だから。
私の気持ちは日本語ラップ部に入りたい。
でもこの流れでそれを言うと、とんだドMの登場だと思われかねない。
こんな直接怒られたのにも関わらず、怒った張本人がいる部活を選択するドMと思われかねない。
でも、私は、ここで嘘を言いたくなかった。
別に帰宅部です、って、言っても良かったけども、この程度のことで逃げてはいけないような気がした。
《なよなよすんな、過去過去引きずんな 大切なのは今だろう!》
たいして過去じゃないけども、あの時だってもう過去だ。
今が大切、私は今、このことを宣言したかった。
だから言ってやった。
「琴葉風子、東第二小学校、好きなことはユーチューブ見ること、私が入りたい部活は日本語ラップ部です!」
ざわついた。
THE ざわついた、と言っていいほど”ざ”の濁音が大爆発するほどに、ざわついた。
後ろのほうから『叱られたいのかな』とか聞こえてきたけども、振り向かなかった。
恥ずかしかったこともあるけども、こういう声に振り向いたら負けだと思う。
でもどうしても振り向いてしまう声もある。
それが鍵崎先生の声だった。
「止めたほうがいいぞ」
そんな、そんなハッキリ言うことあるか、呼吸が出来なくなるくらい驚いていると、鍵崎先生はその理由をツラツラと述べ始めた。
「あの銀髪のシルバは優しい人間だ、オマエのことを許してくれるだろう、だが黒髪の弦太は本当に怖い人間だ。牙を誰にでも向けるような、女子供にも容赦ない。もし面と向かってオマエに会ったとしたら、殴りかかってきたとしてもおかしくないぞ」
そんな野蛮な上級生本当にいるのか、と思ったけども、何だかそういう気配もあったので、すごく怖くなってきた。
でもそれ以上に、許してくれるとかなんとかって、本当のことを知っているオマエがあれを事実みたいに喋るんじゃねぇ、と思った。
鍵崎先生は腕を組みながら、とうとうと喋る。
「とにかく琴葉風子、日本語ラップ部には絶対に入らないほうがいい」
鍵崎先生は、私と弦太という黒髪ツンツンの上級生を、優しさで会わせたくないという感じではなく、まるで日本語ラップ部に入れさせたくないだけのような言い方を最後にした。
この違和感の残る言い方は何だろうと思った。
そして綾菜、水打綾菜は、ま行なので比較的最後のほうで自己紹介。
「水打綾菜です! 東第二小学校出身でぇ! 趣味は寝ること! 入りたい部活は日本語ラップ部です! YEAH! YO! YO!」
鍵崎先生は漫画のように目を丸くした。
というか、私の見える範囲のクラスのみんなも漫画のように目を丸くした。
二発目の日本語ラップ部は、どうもこうもやはり予想外だったらしい。
鍵崎先生はどう言うかなと思って見ていると、やはり口を開いた。
「綾菜、琴葉風子はオマエの友達だろ、一緒に目をつけられているぞ、絶対に。だから日本語ラップ部に入ろうとするんじゃない」
と、入ろうとすることをまた止めた。すると、綾菜は言った。
「ザキケンがどう言おうが、風子が入りたいと言った部活に入ります!」
ここで拍手が起きた。
友情って素晴らしいみたいな雰囲気、いやいや! 何か納得出来ねぇな! 友情パワーで罪のなすりつけを許した私にも拍手をくれよ! 絶対もらえないだろうけども!
でも、この、友情って涙が出るみたいな雰囲気を崩しにくるのが、あの小四疑惑が付きまとう鍵崎先生。
……いやもうザキケンでいいや、こんなヤツ、ザキケンがちょうどいい。
「いやいやいや! 日本語ラップ部ってもう一人いる太人ってヤツも冷たいヤツで! アイツら怖い連中なんだ! シルバは良いヤツだけども他のは最悪! 最低!」
ザキケンは額から汗を滲ませながら必死で何故か抵抗をしていた。
仮に先生がそんなこと言うか、というような感じだ。
あぁ、コイツ、先生じゃないのか、ただのザキケンか、ただのザキケンだ。
……というか何だかおかしい、まるで本当に日本語ラップ部に入れたくないだけのような。
段々切れ端切れ端だった違和感が私の中でまとまってきた。
そう言えば、ザキケンは綾菜のことは綾菜と呼んでいた。
知り合いみたいだから、そりゃそうだろう。
私のことは琴葉風子とフルネームで呼んでいた。
きっと親しくない生徒とはフルネームで呼ぶ人間なのだろう。
じゃあ弦太、シルバ、太人はどうだろうか。
授業の教科によっては受け持っているのだろうか、そして親しいのだろうか、でもこのザキケンはそんなに生徒と親しくするような雰囲気ではない。
そして一つ思い出したことがある。
部活動紹介の最初に、司会の人が言っていたことだ。
『五人未満の部活は、正式な部活ではありませんが、新入生を入れて部活にしたいところも部活動紹介に入っています』と。
ザキケンが『もう一人いる太人』と言っていたから、日本語ラップ部は弦太、シルバ、太人の三人で全員。
ということは、私と綾菜が日本語ラップ部に入ってしまうと正式な部活動として認められてしまう。
何でザキケンは正式な部活動として認められてしまうことを嫌がっているのか。
もう一度、部活動紹介の紙をよく見ると、そこには顧問の先生の名前が部活の下に小さく書いてあった。
そして日本語ラップ部の顧問の先生は……鍵崎天馬先生(仮)だ! だから! 知ってるから! フルネーム呼びじゃなくて! 個人名呼びだったんだ! そして! 私は! つい大声で! 叫んでしまった!
「自分がちゃんと顧問やりたくないだけじゃないか!」
クラス中、シーンとした、これはもう隣のクラスの薄い笑い声が聞こえてくるほどに静かになった。
そしてザキケンが重い口を開いた。
「オマエ、結構頭良いな」
自己紹介後、ザキケンが日本語ラップ部に入れさせたくない理由を私がクラスメイトに説明したことによって、私はクラスの中で浮きかけていたが、いや大声で叫んだ時点では最高潮に浮いていたが、その説明によって、なんとか私は、ディスりキャラから推理キャラに変化出来たのであった。
そしてクラスメイトたちは『ザキケンはダメなヤツ』と認識した。
でも何でだろう、私は少しザキケンから気に入られてしまった。気に入られたくはねぇよ!