【03 鍵崎先生】
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・【03 鍵崎先生】
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「最悪だったな、琴葉風子」
と含み笑いを持たせながら、私の肩を叩いた人は、クラス担任の鍵崎天馬先生。
某お笑い芸人のあだ名に習って、ザキケンと呼ばれ出しているが、どう考えてもそう呼んでいいようなキャラではない、不愛想で、ヒゲヅラのワイルド風イケメンだ。
でもその不愛想な鍵崎先生が、明らかにニヤニヤして笑っている。
一体何なんだろう、と思っていると、鍵崎先生は喋り出した。
「下手発言はオマエじゃなくて、綾菜だろ?」
私はえずいてしまいそうなくらいに驚いた。
何で知っているの、そして、知っているのに何でこの流れを止めなかったの、の、二つ。
そして私はすぐさま三つ目の驚きを手に入れた。
「何で知っているか、そして、知っているのに何でこの流れを止めなかったのか、聞きたい顔をしているな。まあ答えてやるかな、これから生活を共にしていく可愛い生徒だ」
可愛いってちょっと、禁断の恋愛かよ、とか思いながら大きく頷いた。
鍵崎先生は続ける。
「まず知っている理由、声が違う」
確かにそりゃそうだとは思ったけども、まだこの学校に来て二日目、昨日、入学式があって、今日は部活動紹介で、出席確認の時くらいしか、それぞれの生徒の声を聞く機会はまだ無いはず。
それぞれ生徒の自己紹介だってまだこれからなのに、次のチャイムで始まるホームルームで、なのに。
耳が良いのか、頭が良いのか、実は声フェチの変態なのか、可愛いとか言ってたし、要注意な先生だな、と思いながら、二つ目の、流れを止めなかった理由という本題を聞いた。
鍵崎先生は少し間を持たせてから、語り出した。
「その流れを止めなかった理由は……何か面白かったから」
えっ?
あまりの衝撃で多分崩れた表情になった私の肩をバンバン叩きながら、鍵崎先生は大笑いしながらこう言った。
「笑えるわー! 何、罪かぶってんだよ! 超ウケるな! オマエ! 気に入った!」
……こっちは全然気に入っていないんですけども……あっ! スタートの含み笑いってそのままの意味か! 本当にただただ面白かったんかい!
鍵崎先生は止まらない。
「弦太のせいで体育館静まり返ってんのに、こっちはもう大笑いしそうで、ヤベェ、ヤベェ、ハハハハハ!」
ヤバイのはこっちの台詞なんですけども……無邪気に子供のように笑う、というかもう、小四くらいに笑う鍵崎先生。
そんな小四の鍵崎先生に年下嫌悪をしつつ、私は気持ちを一旦正し、なんとか正し、礼儀正しく
「先生なのに、何で本当のことを言わなかったのですか」
と聞くと、
「先生なのに、って何?」
と本当に、とぼけているとかではなく、本当に何だそれというような感じで聞き返してきたので、この先生はヤバイと思い、出来るだけ関わらないようにすることを決めた、決めたけども、でも、この事柄だけはちゃんと終わらせておきたい。
「鍵崎先生、ちゃんと綾菜を叱って下さい」
すると、隣からひょっこりと顔を出した綾菜はやけに親し気にこう言った。
「ザキケン、私を叱ったらどうなるか分かるか? あぁん?」
綾菜! ディスりキャラはやっぱりオマエだよ! と、心の中で叫んだ。
先生に対して、そんな物言いは無いだろう! いやまあ先生と呼べる器ではないけども! 先生なんて言いたくもないけども! 職業的には先生なわけだから! 多少は敬わないと!
すると、鍵崎先生は深くため息をついてからこう言った。
「テメェが学校でもザキケンと呼ぶから、もうそう呼ばれてるじゃねぇか。まだ二日目だぞ。全く、ちゃんとバカ校長にも、知り合いの娘を受け持ちたくねぇと言ったのによぉ、バカがっ」
敬わないの二連発出た! 何このディスりまくりの渦! この中央にいたくねぇ! というか知り合いなのっ? 鍵崎先生と綾菜って知り合いなのっ?
綾菜は楽し気に鍵崎先生のほうを見ながら、
「いいじゃん、友達感覚の先生のほうがモテるよ、ザキケン」
それに対して鍵崎先生は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、
「クソガキにモテてもしょうがねぇんだよ、金のある姉ぇちゃん、いねぇだろ、ここに」
「いたとしてもザキケンには寄り付かないでしょ、無愛想の陰キャで」
「はぁ? テメェの父親よりもモテたからな実際!」
「結婚してないじゃん、結構歳なんでしょ? ザキケンって」
ダメだ! コイツらの応酬! 悪口に悪口を重ね続けている!
知り合いなのは間違いないけども、叱ってくれる感じには絶対ならないだろうから、この二人の応酬にみんな気付け! そして誤解よ、解けろ! と強く願うしかなかった。