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【11 はじまりの視点】

・【11 はじまりの視点】


 当事者からしたら、どうしても嫌なことがある。

 単発で言われたら、大丈夫でも、急に、そしてそれからずっと言われ続けたら、嫌なことがある。

 まだあまり知らない人から、そんな罵声を浴びせられたら、嫌になることは当たり前だ。

 シルバは、中学一年生の頃に不登校になる。

 学校側の言い分としては、男子生徒たちがからかって遊んでいるだけ。

 決してイジメではなくて、現に陰湿な行為は行われていない。

 何をもって陰湿と決めつけるのか。

 体に傷を負わなければ陰湿ではないのか。

 自称面白い単語を浴びせ続けることは、とても明るい行為だったということだ。

 それはとても明るい日向の遊び、たまたまシルバの影が人より大きかっただけ、という判定。

 転校したほうがいいのかな、と、本人は思っていても、両親は頑張って登校しなさい、と、言うだけで。

 もう頑張れないから不登校なのに、限界まで頑張って行って、それでもう無理だから不登校なのに、と、思う日々。

 味方はどこにもいなかった。

 味方はどこにもいなかったと思っていた。

 味方はどこにもいなかったと思っていたし、そもそもそんな人は知らなかった。

 でもそんな人がいたんだ。

 一度も見たこと無かった人。

 その人と最初に会ったのは、シルバの家の玄関であった。

 頬に大きめの絆創膏を貼ったその男は、自分のクラスの担任と一緒に立っていた。

 そしてシルバに言った。

「悪い、オマエのことで口出ししちゃった」

 その黒髪ツンツンの男は、申し訳無さそうに深々と頭を下げていた。

 名前を聞くと、玉田弦太という。

 クラスの担任と共に家の中に入ってきた玉田弦太という、多分同じくらいの年齢の子。

 話を聞くと、同じ中学校に通う、別のクラスの生徒らしい。

 筋肉隆々で、多分スポーツの部活をやっているんだなぁ、という印象。

 でも今は何の部活もやっていないと言っていた。

 じゃあ鍛えているだけかぁ。

 そんな世間話は短めに、クラスの担任が本題へ移った。

「弦太くんが君のクラスの生徒たちを殴ってしまった」

 シルバは思ったらしい。

 そんなことの報告、何で僕にするんだろう、って。

 生きていれば喧嘩くらいするさ、って。

 しかし先生のその後の台詞で衝撃を受けた、って。

「君の友達を殴ってしまったんだ」

 シルバはこう思った、って。

 『僕の友達……僕に友達いないけどもっ!』って……。

 誰のことを言っているんだろうとシルバが考えていると、玉田弦太という生徒が

「あれ、友達だったんですか? いやぁ、友達は殴ってないですけどもねぇ、シルバくんの悪口言ってたし、友達は殴ってないと思ったけども、いたのかな? あっ、一緒に言わされてたとかか! だったらもっとゴメンな!」

 いや友達なんていない、クラスに友達なんていない、シルバは中学生に上がるタイミングで、この地に引っ越してきた。

 祖父母がここに暮らしていたので、一緒に住むために引っ越してきたんだ。

 だから小学校時代の友達とかは全くいなくて、本当にクラスに友達なんていなかった。

 すぐに味噌汁ババアと言われ始めたから、本当にいなかったんだ。

 それから、シルバの家へ、弦太が遊びに来るようになったらしい。

 この前見たテレビの話、ネット動画の話、マンガの話、音楽の話、いろんな話を毎日毎日、飽きずに二人で話していたらしい。

 その中で”日本語ラップ”という言葉がシルバから出た。

 シルバは日本語というものがとても好きで、自分がハーフだからこそ、日本語をよく知ろうと、昔から学んでいた。

 元来、日本語はラップに不向きな言語だと言われている。

 言葉の終わりの母音に法則性が無いとか、そんな理由らしい。

 だからこそやってみたいと思った。

 不向きな日本語で美しくラップが出来たら楽しいだろうな、って。

「じゃあやろうぜ」

 弦太のその真っすぐな目に、シルバは心を動かされたという話だ。

 そして弦太は日本語ラップ部を作った。

 その日本語ラップ部に入部するために、シルバは学校へ通いだした。

 シルバが学校に通いだしたときには、もうシルバのことを悪く言う流れは無くなっていたという話だ。

 そして日本語ラップ部の仮の顧問は職員室満場一致でザキケンになったらしい。

 弦太、シルバ、ザキケンの三人でスタートした日本語ラップ部。

 その時のザキケンはカッコ良かったらしい。

 ザキケンは言う。

「二人で死ぬ気で歌詞作れ。それ、全校生徒の前でやるから。曲は俺が作る。度肝抜いてクソ野郎ども、ぶっ潰せ」

 話を聞いている、今の私、そして過去の弦太先輩、シルバ先輩はザキケンが曲を作るって大丈夫か、と思ったらしい。

 でも今の、一緒に話を聞いている綾菜は『ほほう』というような感じで興味津々だ。アゴに手を当ててニヤついているくらいの『ほほう』ぶりだ。

 話は続く。

 そして二人が作った曲こそが、部活動紹介の時に歌った曲らしい。

 しかしトラックだけは違う。トラックはザキケンの生ピアノだ。

 なんと、ザキケンはピアノが弾けるのだ、それもプロ並みらしい。

 その話を今、弦太先輩とシルバ先輩がした時、綾菜が何故か誇らしげに言い放った。

「ザキケンはっ! 私のパパと昔同じバンドのメンバーだったのだ!」

 これはどうやら先輩方からしても新事実らしく、全く見向きもしなかった太人先輩でさえ、こちらのほうを素早く向いた。

 綾菜は続ける。

「まあすごかったんだけどもぉ、自分の才能の無さに絶望して辞めたって話だよっ」

 それに対して弦太先輩が、

「アヤナン、才能無いなんて嘘だろ、その証拠にあのイントロで一気に会場を掴んだから。そのおかげでオレらのラップをすんなり聞いてもらえたところあるし」

 しかし綾菜は自分のペースで続ける。

「プロの中に入るといろいろあるんでしょうねぇ、まあ中学生驚かせるくらいはわけないと、っていうところでしょうねぇ」

 と、全く表情を崩さず、喋っていた綾菜だったが、ここで一呼吸を置いてから、少し神妙そうにこう言った。

「でもアタシが驚いたのは、ザキケンが人前でピアノをしたということだねぇ。まっ、ザキケンはああ見えて正義感の強い男だから何かしてあげたかったんかなぁ」

 その話を聞いて、シルバ先輩は、心に何か込み上げているだろうなという表情をした。

 そして、そのラップ・ステージ以降、シルバ先輩には友達が新しく出来た、という。

 話は一旦ハッピーエンドで収束した。

 昔話が終わり、綾菜が気になることを聞き始めた。

 私からしたら、それ聞かなくてもいいようなということだが、やはり綾菜は、気になることは絶対聞きたい性格らしい。

「何でぶり返したんですかぁ」

 弦太先輩は少し怪訝そうな顔をし、シルバ先輩は俯き、小さく頭を横に振った。

 その様子を見ていた綾菜は何か分かったかのように言い出した。

「アタシたちが部活に入ったからですかぁ?」

 弦太先輩とシルバ先輩の驚き方を見る限り、どうやら図星らしい。

 綾菜が続ける。

「やっぱりねぇ、妬みですねぇ、妬みぃ、私と風子という可愛い女の子が入部したから妬んでるんですねぇ、モテない中坊はうるさいっすわーって感じですね、まあしょうがない、これはしょうがない、だって弦太さんもシルバさんも太人さんもカッコイイっすもんね」

 綾菜は人に媚びるような性格ではないことはみんなもう分かっている。

 それだけにこうもハッキリ、不意打ちでカッコイイと言われると、そりゃ照れる。

 聞いてるこっちも照れるくらい真っすぐな『カッコイイ』なんだもん。

 そしてその流れを

「やっぱ風子もめちゃくちゃカッコイイと思うでしょ、先輩たちをさぁ」

 って振ってくるんだから、恥ずかしいなんてもんじゃない。

 いやまあカッコイイけども! 日本語でラップは美しいなんて感性じゃなくて、先輩方カッコイイから日本語ラップ部に入った口なので、めちゃくちゃ惚れてるけども!

 私は少しモジつかせながら、

「先輩方はカッコイイです!」

 と言った、その瞬間に部室にザキケンが入ってきて、

「おい風子、最後は一人にしぼれよ」

 開口一番何言ってんだオマエは! 昔話のザキケンはカッコ良かったのに、何だオマエ!

 でも今のザキケンもカッコ良かった。

 ザキケンがこう言った。

「シルバ、本当に染めてやがるな、またステージやるしかねぇじゃねぇか、面倒くせぇ」

 そう言いながら、シルバ先輩の髪をぐしゃぐしゃさわるザキケン。

 本当はシルバ先輩の悲しい話なのに、少し楽しそうだ。

 ザキケンは続ける。

「バカ校長に話はつけてやるから、さっさとリリックでも書きやがれ」

 と言って弦太先輩とシルバ先輩の背中をバシンバシンと連続で叩き、

「まっ、シルバの邪魔者どもを完膚なきまでに叩きのめそうぜ」

 そう言って、いたずらそうにニヤつくザキケン、いざという時は頼りになりそうだ。

「まずうちらに盾突く野郎共は全員ダセェということにする」

 こんな覇気に満ちたザキケンを見るのは初めてだ。

「ただ太人、オマエの曲はまだまだダセェ、メインは俺が作るからオマエは俺の技を盗め」

 いつも何にも興味を示さないような太人先輩だが、今回に限っては太人先輩も何かが滾っているような気がした。

 ザキケンは、今度は綾菜のほうを見て、

「綾菜はドラム打てや、先輩のそばで音楽やっててダセェドラム打つんじゃねぇぞ」

 綾菜は敬礼のポーズをとりながら、

「勿論、パパのロック魂いくらでも持ってんぞ! ザキケぇン!」

 いらんポーズはとったけども、綾菜も斜め上からバカにしたような感じではなく、真正面から楽しそうだ。

 さらにザキケンは私のほうをキッと目を鋭くさせながら、こっちを見て

「そして風子! オマエが一番心配だ! まだステージに立ったことのないオマエがなっ!」

 ハッとした。

 そうだ、私はまだステージ上でラップをしたことない。

 公園の散歩の曲だって、部室内で完成させて、たまに部室内でやるだけだ。

 ザキケンはシルバ先輩を見ながら、

「シルバはいざという時やる男だろ? というか後輩をリード出来ない男なんていらねぇ、出来ねぇなら今すぐやめろ」

 それに対して、シルバ先輩がすぐにアンサーを出した。

「僕は変わります! こんな黒髪にするんじゃなくて! ちゃんと中身を! ゴメン、風子ちゃん、綾菜ちゃん、カッコ悪いところ見せちゃって、僕は君たちの前ではカッコイイ先輩であり続けるから!」

 ザキケンがそんなシルバ先輩の声を聞いて、ニヤつくと、

「まだ空元気だろうが、まあいいだろう、あとは弦太……オマエは特にナシ!」

 その言葉に弦太先輩がちょっとズッコケてからこう叫んだ。

「いや流れで何かくれよ! 最後に任せたみたいな言葉でもいいじゃねぇか!」

 ザキケンはハッと笑ってからこう言った。

「いや何も無い、メイン俺だし」

 弦太先輩は引かずに、ツッコむ。

「メインはシルバでしょ!」

 しかしザキケンはいつも通りの適当な感じで、

「いやいや、クソガキ相手に俺様がピアノしてやるんだから、どう考えても俺メイン。俺がカッコ良すぎて、来年に俺が寿退社したらゴメンな、顧問出来ねぇわ」

 それに対して弦太先輩が激しくツッコむ。

「職場恋愛っ? いや何でザキケンが辞めるほうなんだよ!」

 ザキケンは優しく頷きながら、

「男が家庭に入るのもアリだなと考えている」

 弦太先輩は語気を強めながら、

「いやまあアリはアリだけど、ザキケンはどうせモテねぇよ!」

 その言葉に即ザキケンが返す。

「バカか! 音楽やってるヤツはモテると相場が決まってるからなぁっ!」

 それに弦太先輩が容赦なくツッコむ。

「まだモテてねぇじゃん! じゃあいつモテるんだよ!」

 弦太先輩とザキケンの言い合いが何だかとても面白くて、ずっと聞いていた。


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