第40話 灰枝新VS東郷明夫2
地下世界で人知れず始まった化け物同士の戦闘は更に激しさを極める。
お互い硬い装甲を身に着けているのに、速い動きで殴る蹴る斬り付ける。
地面がひび割れ、壁が凹み、血飛沫が舞う。だがそんなことを気にすることなく。
東郷は殺し続け、灰枝新は狩り続けた。
お互いの鎧がぶつかり火花を散らす。
鎧の硬度はお互い同じくらい。
ぶつかると装甲の破片が飛び散り、壊れる度に二人は更に補強する。
「知っているか? 灰枝新!」
そんな激しい戦闘の中、東郷がそう叫んだ。
「同族同士の殺しっていうのはな。人間しかしないらしい」
聞くか聞かずか、新は東郷の言葉に返事をせず、代わりに拳をぶつける。
「喰うためとか縄張りに侵入したためとかじゃない。
純粋な殺しのための殺し合いを、だ」
東郷はその拳を左腕の装甲で受け止め、右腕の刃で新を斬りつけようとする。
「一説には人は暴力を行うと快楽物質が分泌される」
新は東郷の切り裂きを血の鎧で受け止める。
だが、新の軽い体重では東郷の力を抑えきれず後ろへ吹き飛んだ。
「つまり、我々は同種を殺すことに快楽を感じてしまうどうしようもない生き物なんだよ!!」
そう叫ぶと追撃するように東郷は新の元へ駆け出した。
そして、追いつくと新の足を引っ掴み振り上げ、その勢いのまま地面に叩きつける。
爆発したかのような衝撃で砂埃が宙を舞った。
「どうだ!?」
愉快げに口角を歪め歯を見せつけながら笑う。
それは摂取者特有の、欲を満たしている時に出る快楽の笑み。
東郷にとっては強者を殺すこの瞬間こそが何よりも楽しい時間らしい。
「――ッ!? 消えた?」
だが、砂煙が霧散した後、新を叩きつけた場所を見るがそこには誰もいない。
クレーターを残すだけ。
だがすぐに新の場所を悟る。
エネルギーを込めるような音が後ろから聞こえ、東郷は反射的に振り返る。
そこには宙に浮いて東郷を見据えた灰枝新がいた。
身体をゼリーの膜で覆い、口から爆発力のある炎を放出しようとしていた。
「ガァァアアア!!」
その吠えと同時に東郷に向かって放つ咆撃!
口からは圧縮され高温・高密度となった炎が解き放たれる。
東郷は自身の鎧を極限にまで硬め左腕に大きな盾として展開。
だが所詮は血。
いくら斬撃や銃撃すらも受け止めるほど硬くしても、血すらも灰にする炎には耐えられない。
「く……うぉぉおおお!!」
一気に汗が噴き出てくる。
この盾を捨てて、横に逃げるか?
いや。無理だ。今の灰枝新は鼻が効きすぎる。
喰い者として東郷を必ず察知し追撃するだろう。
そうなればこの熱線で焼かれるのは時間の問題。
「ならば、受け止めるしかあるまい!」
血液の鎧を何重にも重ね合わせ、熱線が切れるまで耐えきるほかない。
だが、新が放出する熱の勢いは止まらない。
次第に黄から白へ、そして青へと変化し温度も密度も上がっていく。
「盾の補強が……間に合わない!」
そう思った瞬間にはひび割れる音がして、盾は無残に割れていった。
盾の破壊により東郷は軽く後ろに下がる。
だが、
「避ける暇はない」
迫ってくる熱線を見て悟る。
殺しの才覚を持ち、殺しの欲を持った東郷明夫。
自ら闘いの身に置き、ただの殺しよりも強者との戦闘を好んだ。
だが、所詮はただの目的なき殺し。
「殺すという行為の本来の目的であり、そして動物の根源たる食欲には敵うはずがない……か」
もう逃げられない。
「そして原初の摂取者にも、な」
東郷は死を覚悟し目を瞑る。
そして、熱線は東郷の胴体を貫いた。
★★★
「ケホ……」
喉に残った火を吐き出すように咳き込む新。
喉が焦げ、全身が筋肉痛のようで重く、斬られた箇所の血は止まらない。
身に着けていた血の鎧も終ぞ根本が朽ちるようにその場に落ちた。
経験したことのない疲労感で立っているのもやっとの状態。
慣れないことはするもんじゃない。
「――グッ……!」
そんな声が聞こえて、目の前を見る。
熱線で胴体を貫かれ、そこから徐々に燃え広がっている東郷明夫の身体があった。
まだ生きているのか。
ふと漂う臭いに自然と唾が口の中に溜まっていく。ゆっくりとした足取りで東郷の元へ。
だが新は欲望を出来るだけ抑え、東郷の目の前で止まった。
東郷は痛みを我慢するように冷や汗が出つつ顔を顰めている。
だが口元はさっきまで楽しかった出来事を思い出しているかのように笑みを絶やさない。
「知って……いた、のか? 俺が……オリジナルだってこと」
新がそう聞くと、東郷は痛みで苦しそうながらも鼻で笑った。
「暴いた、んだよ」
声が出し難いようだが、それでも不敵な笑みを止めることはない。
「俺はボス派だが、色が謀反を起こすまではそれなりに色や茂とは付き合いがあったんだ。
その時に研究ノートを見つけてな。『欲の虫』にオリジナルがあることを知った。
起源は不明。突然変異的に現れたそいつをお前が偶然喰ったんだってな。
あとは芋づる式。
灰枝茂の近辺を調査すればおのずと灰枝新に辿り着く。と言ってもわかったのは最近。
それまではお前がオリジナルの摂取者だということは考えもしなかったよ」
それもそうだ、と新も思う。
新自身が摂取者として目覚めたのはほんの数週間前。
それまでは――おそらく色によって――食欲が抑制されていたのだから。
とはいえ吐き気を催し食事がまともに出来なくなってしまったのは勘弁してほしかったが。
「仕方がない。奴も必死だったんだ」
「必死……?」
「それは直接色に聞け。奴は今近くにいる」
それだけ言うと口を閉ざしてしまった。
話すのにも限界が来たらしい。
もうすぐ死ぬだろう。
身体中に火が燃え広がり、焦げ臭さも一層濃密になってきた。
「あぁ……そうだ」
まだ何かあるのか、と新は眉根を寄せる。
「最後に言うが……俺は性格が悪いんだ」
「……知っている」
「クク。そうじゃない」
東郷はそう笑うと首を軽く振る。
「俺が死んだあと、お前は俺を喰うつもりなんだろ?
だが俺の身体は見ての通り、もう炭だ。
更にはお前の熱線で『血の虫』も焼き切れたらしい」
ゆっくりと東郷は自分の胸へ手を持っていく。
「そして俺は殺人欲の摂取者。
そんな摂取者が己の欲を最大に満たす行為は何だと思う?」
「…………何が言いたい?」
新は訝しげに首を傾げる。
「それはな」
ククと東郷は喉を鳴らすと、
「自分自身を殺すことさぁ……!」
「!! まさか」
東郷は口角を歪ませてそう叫び、思いっきり胸を叩く。
その瞬間、新は出口へ向かって走り出した。
奴の言葉の真意が理解できたからだ。
あいつは……あの殺人狂は。
「胸に爆弾なんか仕込みやがってぇぇ……!」
その言葉を叫んだ瞬間、後ろ側から大きな衝撃。
東郷を中心に部屋一面全てを覆ってしまうほどの爆発が起きる。
真ん中に置いてあったフライパンも、新が拘束されていた椅子も、そして壁に立たされた人間たちも。
東郷を摂取することで回復しようと思っていたことも。
操られていた人間たちを助けようとしたことも。
これまで耐え抜いてきた頑張りも。
全てを無に帰してしまうほどの攻撃力に新はなす術もなく。
新はその爆風で部屋の外へまで吹き飛ばされた。
その飛んでいる最中、後ろを見るとあいつが笑っている気がした。
満たされたような表情でやり切ったように。
そしてゆっくりと口を開くと、
『――楽しかったぜ、灰枝新』
「東……郷ォォ……!」
新は悔しさと苦しさ、虚しさいっぱいにそう叫んだ。




