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欲の虫  作者: 久芳 流
第2章

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第12話 若き警備員

 辺りは暗く、月明かりで辛うじて先が見える廊下の曲がり角。

 廊下の奥からゆらゆらと漂うように人影が見えた。


 足音はもう間近まで迫っていた。

 新たち3人は緊迫感を高め、廊下の奥からやってくる人影に注視した。


「来るぞ」


 警の一言にゴクリと新の喉が鳴った。



 途端に、




「あの……」




 突然の声掛け。



 それは前方からではなく、後ろの方からだった。

 悲鳴が出なかったことだけでも奇跡的だ。

 思わず3人が振り向くと、


「何……してるんです?」


 そこには警備員の制服を着た男が立っていた。

 脅威や殺気を感じない。


 訝しげに自分達を見ているその男に新は「え?」と疑問の声を漏らした。


「いや、だ、だからここで何してるんですか?」


 明らかに自分達を警戒している。

 おどおどしていて弱気な若い警備員。

 学校の見回りをしていたのだろう。

 そんな中、明らかに怪しい人物が3人発見する。


 警備員として話しかけるのは当然だ。

 警備員だとわかった途端、警が流れるようにその男に近づく。

 そして慣れた手つきで警察手帳を取り出し、


「こういう者です」


 と警備員に見せた。


「はぁ……警察のかた?」


 警備員はその手帳をまじまじと見る。


「つい今しがた殺人事件の容疑者がこの学校に逃げ込んだという通報を受けましてね。

 我々はその容疑者を捕まえるためにここに潜り込んだんです。

 緊急のため事前連絡できなかったことご容赦ください」


 まるで何回も同じようなことを言っていたかのように、すらすらと嘘を吐く警。

 あまりにも自然すぎる口調だったから、


 「そう……なんですか?」


 と警備員も多少警戒を解くレベルだ。

 とはいえまだ疑念の目をこちらに向けている。


 それも当然。いくら公安所属といえど、刑事っぽい出立ちは警しかいない。


 あとは若そうな女の人に少年。


 ましてや新は拘束具を着ているのだ。

 怪しむのも無理はない。


 だけど、


(事前連絡していなかったのか?)


 新は内心そうツッコミを入れつつ才を見た。

 深夜に学校内で捜査するのだ。

 最低でもこの学校の責任者や警備員に連絡するのが筋だろう。


 そう考えているのを察したのか才が新を睨む。


(仕方ないでしょう。連絡なんかしたらここに潜む摂取者にバレる可能性がある)


 まるでそう言っているかのようだ。

 言われてみれば才たちが追っている組織『アーク』は既に至る所にシンパを集めている。

 仮に学校に立ち入るような連絡を関係各所に伝えればどこかで彼らに伝わり、警戒して現れないかもしれない。


 そういえば、と新は思い出したように曲がり角の方を見る。

 警備員が急に現れたから驚いて意識の外に追いやってしまったが、誰かいたはずだ。


 だが、もう人の気配はしなかった。


「才さん?」


 小さな声で才を呼び、才にも曲がり角を確認してもらう。


「私たちがいることに気が付いて逃げたのかもしれないわね。

 とにかくここをやり過ごすのがまず優先。

 学校を追い出されたら捜査もできないからね。

 そしたらまた追いかけるわよ」


 新はコクリと頷き、警備員の方を振り向く。


「――そういうわけで、怪しい人物を見かけませんでしたか?」


 聴取するようなフリをして警はそれとなく聞く。

 摂取者という怪しい人物が紛れ込んでいることには間違いない。

 ついでに聞こうという算段もあるのだろう。


「はぁ……怪しい人ですか……」


 お前達だ、と言わんばかりに警備員は警の後ろにいる才と新も見るので、2人は作り笑いを浮かべる。


 怪しい者ではないですよ、と。


 その様子にむしろ怪しさが増したように訝しげな視線を送るが、警備員は何も言わず警の方を見ると、


「いや、見ていないですね」


「そうですか。ご協力感謝します」


 警は明るく若き警備員に笑いかける。

 そしてまた内ポケットから名刺入れを取り出すと、


「何か気になった点があったらこちらまでご連絡ください」


 と警備員に名刺を渡した。

 警備員は渋々、名刺を受け取ると、


「まぁ、刑事さんがそういうのであれば……。

 では出る時になったら私までご一報ください」


 と立ち去ろうとしたところで、


「――あ、待って」


 才の呼び止める声が廊下に響いた。

 戸惑いながら振り返る警備員。

 新も呼び止める意図がわからず才の方を見る。


 才はそんな新に目配せすると、「新くん、臭い」と手短に命令する。


 確かに。あの警備員も摂取者の可能性がある。

 摂取者は欲に蝕まれなければ、普通の人間だ。

 おもむろに新は警備員に近づいていく。


「え? あ? な、なんですか?」


「すみません。捜査の一環なんです」


 戸惑う警備員に対し才は微笑む。

 警備員は逃げることはせず、固まったままだ。


「彼は所謂、警察犬みたいなもので、そのまま動かずじっとしていただけると助かります」


(誰が犬だ……)


 その言葉をやや不本意に感じつつも新は黙ってマスクの先端の蓋を外す。


 新が付けている拘束用のマスクは特別製だ。

 変に摂取者の臭いを嗅がないように鼻先に蓋がある。

 ただ臭いを嗅ぐときにはその蓋を自ら外すことができる。


 警備員の顔に近づくと、警備員はそんな新に怯え、ギュッと目を閉じた。


 これ幸い、と新は息を吸い込んだ。

 吸い込んだ空気が新の鼻を刺激する。

 警備員の体臭だけでなく周りの空気も混ざった匂い。漂ってくるこの臭い。新にとっては――、


「良い臭いです、さぃ――ッ!?」


 瞬間。近くの窓ガラスが割れる音がして、制服姿の2人の男女が豪快に突入した。

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