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黒猫から願いの申請はもうすぐだと聞いて、裕は気合を入れ直しダンジョン攻略をしていた。
黒猫のダンジョンに特に力を入れようかとも思ったが、折角決めた曜日ごとのルーティンもあるし、きっと同じ様にエルフのダンジョンも聖女様のダンジョンも、願いの申請にそんなに時間は掛からないだろうと判断し焦る事を止めた。
それに聖女様にもエルフにも同じ様に会っていたいという気持ちもあった。
要するに裕がどれだけ浄化を進められるかという話なのだから、余計な事をウジウジと悩んでいる時間を魔物の討伐に力を入れれば良いだけだと自己解決させたのだ。
それでも間に合わなかったらその時はその時で、完全記憶能力は諦め地道にコツコツと勉強に励めば良いだけの話で、別に今と何が変わるでもない。
それに何事も楽をしようなんて考えたらきっと碌な結末にならないだろう。
と、裕は自分に言い聞かせていた。
そうして平常より気合を入れてダンジョン攻略に励んでいると、久しぶりに涼太から連絡があった。
アメリカから帰って来てからも相変わらず涼太は忙しいのか、約束していたまた一緒にスウィーツ店に行こうという誘いも無かったので、どうしているのか気になってはいた。
しかし裕の方から連絡する様な理由もなく、涼太の声を本当に久しぶりの様な気分で聞いていた。
「急ぎで確認したい事があるのだけれど、山伏君は今もダンジョン攻略を続けているの?」
少し慌てた様な声で聞いて来る涼太に、裕は少し戸惑い何と答えれば良いかと思い悩む。
ダンジョンの攻略は相変わらず続けているが、その場所を涼太に問われたなら、なるべくなら嘘はつきたくないがかと言ってまだはっきりとは答えられないからだ。
何しろ聖女様のダンジョンも黒猫のダンジョンもそしてエルフのダンジョンも、今は裕の部屋に出入口が有って、その場所を教えろとか案内しろって事になったら困るのは目に見えている。
自由に出入口を設置出来て、尚且つその出入口を3つも自分の部屋に保有しているなどとは、いくら涼太とは言え話せる訳がない。
「急にどうしたんですか?今は夜間定時制高校に入学する事にしたんで、取り合えず試験勉強に重点にしてる感じですけど、どうかしたんですか?」
裕は取り敢えずとぼけ、涼太の話の内容をそれとなく探ってみる。
「じゃぁ、あまり出歩いていないんだね?」
「家に居る事の方が多いですね」
「それは良かったよ。しばらくはそのままダンジョン攻略は控えてくれる?」
「何でですか?」
「課長が襲われたんだよ。あの空間を他国に知られた様で、ちょっとまずい展開になっているんだ」
裕はいきなりの危な気な話に驚いた。
「それで課長は大丈夫なんですか?」
「一応護衛は付けていたから大丈夫。でも場所を特定されてしまったからこれからどんな強硬手段に出て来るか予測ができないんだ。山伏君の事はバレてはいないと思うけれど、万が一今山伏君のダンジョンの場所を知られると山伏君にも危険が及ぶことになるだろうから、絶対に僕が良いというまでダンジョンには近づかないでね」
裕は涼太が緊張気味に話した内容に固唾を飲んだ。
課長に教えた空間は確か消滅間際の空間だった。
だから願いは1度しか叶えられないのに、今さら取り合ってどうするんだ?
でもだから尚更なのか?
だけどその事実は取り合っている奴らは知らないのか。
それにそんな危ない強硬手段に出て来る奴らがいるって話は本当だったんだ。
裕があれこれ考えていると涼太に「話は分かってくれた?」と念を押され、裕は「あ、あぁ」と曖昧な返事をしていた。
しかし裕が涼太の話をもっと真剣に受け止めこんな事態を予測して、課長に譲った空間の出入り口を国家未詳案件調査対策室の室内にでも設置し直していれば、空間の場所を特定される事も無く、きっと何の問題も起きなかったのだと思い悩む。
空間内転移も出入口設置の能力もそこまで頑なに隠す必要など無かったのに、これでもし課長や涼太に万が一の事があったなら裕はきっと一生後悔する事になっただろう。
厄介な事に巻き込まれたくないとか利用されたくないとばかり考えていたけれど、使いようによってはみんなの安全を守る事も出来たのだと今しみじみと感じていた。
(俺は国家未詳案件調査対策室のアルバイトなんだ。ちゃんと仕事頑張るって誓ったんだ。それなのに自分の事にばかりかまけていて、課長や涼太さんがこんなに困っている時に何もできないなんてそれはダメだろう。)
裕はずっと秘密にしている能力を告白し、役立てるのなら今しかないだろうと気持ちを固めていた。
「涼太さん俺話があります」
裕は意を決し電話口で叫んでいた。
そして裕は涼太に裕が隠していた空間内転移の能力もその危険性も、出入り口を好きな所へ設置できる能力の事もそして部屋にダンジョンの出入り口を設置して今も毎日攻略している事も話した。
もっともその数が3つだとはさすがに言えなかったが・・・
「そんな能力も持っていたとはね」
涼太の予想が当たっていたのか外れたのか分からないが、溜息交じりに半ば呆れたようにつぶやいた。
「今から未調室で待ち合わせ出来ますか、俺の能力を見せます」
裕はそう言って電話を切ると、課長に差し出した空間へと空間内転移で移動し、そしてその出入口を国家未詳案件調査対策室に設置し直したのだった。
多分国家未詳案件調査対策室へ行ってそこで出入口設置をしても良かったのだろうが、空間の外側から出入り口の設置をした事が無かった裕はいつも通りを選んだのだ。
それにこんな時に下手に家から出て国家未詳案件調査対策室に行くのは何となく危険が伴う様な気がしていた。
なので空間内転移での移動なら誰に姿を見られる事も無く安心だろうと考えての事だった。
しかしその結果、国家未詳案件調査対策室で涼太の到着をかなり長い時間待つ事になったのだった。
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