7
ボクシングジムも空手道場も裕の住むボロアパートからは少し距離があったので、ママチャリを購入して通っていた。
裕の通える時間帯のせいか、ボクシングジムはダイエット目的のスクールの様になっていて圧倒的に女性が多く、空手道場は子供達が殆どだった。
講習内容も基礎体力作りがメインで、ボクシングジムはテレビでよく見かけるスパーリングなんて個人レッスンを受ける事も無かったし、空手道場も同じくで基礎運動と基本の型と瞑想ばかりだった。
しかしそれでも確実に何かが身についている様な気はしていたので、裕は毎日真面目に講習を受けていた。
それに、おばちゃんや子供たちからは変な絡みをされる事が無かったので、以前はいじめられ変なイジリに辟易していた裕にとって精神的な苦痛を感じる事無く居られたのも良かった。
また街に出る様になった事で安いスーパーを見つけたり、通販で購入していた物も普通に買い物できるようになったし、一人で外食をする事も増えた。
今まではどこかで知っている奴に出会うのが面倒で極力出かけないで済ませていたが、ダンジョン攻略で少しばかり自信がついたお陰か、それとも手持ちの現金に余裕ができて心にも余裕ができたのか周りの目を気にする事は無くなっていた。
やっぱり自分で自由に使えるお金があるって大事。
贅沢をしようとまでは考えてはいないけれど、何かあっても困らない程度に懐に余裕があるって大事。
裕はそう実感できる位に押し入れにあるスーツケースには1000万円近い現金が入っていた。
一度銀行に預けようかと考えた事もあったが、いつだったか叔母から聞いた話で、銀行に不自然な大金を預け入れると税務署からどういう経緯で手に入れたのかと詮索されると聞いた事があったのでどうしたら良いのかと検討中だった。
収入申告をするべきかと考えた事もあったが、しかしまさかダンジョンで稼いでいるとも申告できないし、かと言って他でどう稼いだか言い訳を見つける事もできず、防犯に少しばかり不安はあるが今は押し入れ預金に徹するしかないと思っていた。
使い過ぎない様に自己管理が大事だな。
裕は常々自分にそう言い聞かせていた。
だから財布にも野口さんが3枚入っていれば良い方で、必要以上に現金を持たない様にしていた。
勿論アルバイトの身ではクレジットカードなども縁遠く、裕にはキャッシュレスはまだ導入されてはいなかった。
「よお、裕治。随分と久しぶりじゃないか」
ボクシングジムの帰り牛丼屋に寄ろうかと考えながら、他にも欲しいものがある事を思い出しスーパーに寄ることを決め、押して歩いていたママチャリに乗ろうとした所で声を掛けられた。
高校を辞める切っ掛けになったバカ丸出しのお山の大将だった。
裕は無視をして自転車にまたがると、自転車の荷台を手で押さえ邪魔をして来る。
裕は大きな溜息をついてバカの方に向き直ると、お供の犬と猿と雉も一緒で何が面白いのかニヤニヤと笑っている。
そもそもこいつらを相手にするのも面倒で黙っているのをどう勘違いしたのか、弱者認定されやたらと嫌な絡みやイジリが増えたのだ。
下手に反論すればさらに絡まれイジられると兄貴達で身をもって知っているので、裕は黙ってやり過ごしていただけなのだが、このバカ達にはそれすらも面白くなかったらしい。
兄達で充分なのに、こいつらの段々とエスカレートするイジリに耐えかね人間関係も面倒になり学校を辞めた。
見て見ぬ振りする学校や担任に関わるのも嫌で不登校と言う手段ではなく、きっぱりと面倒なすべての人間関係を断ち切ったつもりでいた。
だからこんな所でこいつらに関わっている時間自体勿体ないと言うか、この無駄な時間をダンジョンに使ったらいくら稼げると思っているんだ?
そう考えると今までは黙ってやり過ごしていたこいつ等に裕は静かに沸々と怒りが込み上げるのを感じずにはいられなかった。
読んでいただきありがとうございます