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週の内一日はこのボロアパートの空き室の掃除をしたり、敷地内の草を毟ったりして一応管理人らしい仕事もしていた。
「空き室は天気の良い日は窓を開けて風を通す事を忘れないようにね、人が住まない家は傷むのが早いのよそれだけは絶対にお願いね」
叔母の唯一の言いつけだった。
管理人の仕事をする条件でこの部屋の家賃無しの上に叔母から小遣いの様な給料も貰っていた。
働きに出られるなら出れば良いし、ここで引き籠り生活するなら贅沢はするなと言う叔母からの有難い愛情表現と言った所だった。
叔母だってそう贅沢な生活をできる程稼いでいる訳でも無いのに、こうして裕の事を考え思ってくれる事は本当に有難いと感じていた。
だからいずれ余裕ができたらその時は一番に恩返しがしたいと考えていた。
そして一日は休息日を設け溜まった洗濯をしたり買い物に出かけたりゲームをしたりと過ごし、残りの5日を謎生物と戦闘をすると決めていたが、体力的に余裕ができた事で洗濯も買い物もゲームも夜のうちにして今では週6で戦闘をしていた。
目の前にはっきりとした目標ができた事で、やる気が出たと言うか一日も早い目標達成に挑んでいる今に充実を感じていたのだ。
何しろ今では謎生物との戦闘もゲーム感覚になって来ていたので、どうしたら効率良く多く倒せるかと考えるのも楽しくなっていて、寧ろ何もせずにいるのが勿体ない様な気さえして、寝られない夜などはついダンジョンへ入りたくなったりもしていた。
このダンジョンの発見は偶然からだった。
この部屋に以前住んでいた人はこのガラス戸の片側の場所に家具でも置いてあって、常に片方だけを開け閉めしていたのかそれとも開けっ放しにしていたのか、とにかく片側だけが開きづらかった。
いつもはそう気にもしていなかったのに、その日は何故か開きが悪いガラス戸が気になりムキになって苦労して開け放ち、台所側から境を跨いだ時は何事も無かったのに、部屋の方から台所に戻ろうとしたらこの空間に迷い込んだ。
一瞬何が起こったのか理解出来ずにいると、何かが自分に近寄って来るのを感じ思わず黒猫を想像したその時その想像通りの黒猫が目の前に現れ何となく一気に安心した。
≪できたばかりだと言うのにこんなに早く発見されたのは初めてだ≫
黒猫が目の前まで来ると脳内にAIの様な音声が響いてきた。
「できたばかりって、このダンジョンの事か?」
≪この空間をダンジョンと認定しました≫
「何だよそれ、意味分かんねぇよ。詳しく説明してくれよ」
裕は脳内に響く声に少し苛立ちながら尋ねる様にそう聞き返す。
≪言語理解完了、意思疎通良好確認、これより説明を開始します≫
AI音声は裕の質問に答える様にしながら詳しく説明してくれた事を纏めると、気とも魔素とも霊力とも呼ばれるこの星にとって血液とも考えられるモノがあるそうだ。
その『気』は空気中に漂ってもいるがこの星を覆う様に流れてもいるそうだ。
そしてその『気』は人間が火を発見してから穢れはじめ淀み出した事で『気』を浄化させるための手段としてこうした空間が作られる様になったそうだ。
この浄化空間は龍脈とも呼ばれる気の流れの上にできるのだが大抵の場合発見される事も無く、静かにゆっくりと気の浄化を脈々と続けられ一定の役割を果たすと消滅するそうだ。
しかし時には裕がそうだった様に人が迷い込む事もあれば、管理者が早い解決を望み外に出てアピールする事もあるそうだ。
どちらにしても一番初めに発見した人がこの空間にしても管理者にしてもどう認識したかでその姿を変えるそうだ。
そして大抵の場合この空間に迷い込んだ人間は『怖い場所・閉じ込められた』と認識し出られなくなってしまう事が多いそうだ。
「それって・・・」
≪神隠しです≫
裕の場合部屋の中だった事と、ゲームや小説の知識から異世界=ダンジョンと言う発想が容易だった事でこの空間がダンジョン認定されたのだと知り、閉じ込められなくて良かったと心から安心したのだった。
消滅の近い浄化空間に迷い込んだ場合、たとえ閉じ込められたとしても運が良ければ脱出できる事もあるが、一緒に消滅する事が多いと聞いて裕は自分は大丈夫なのかと考えずにいられなかった。
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