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裕はまだ陽が昇り切る前に目を覚ますと台所へと行き米を研ぎだす。
実家にいた頃は朝食など食べた事も無かったが、朝食の支度は叔母と同居している頃にお世話になっているせめてものお礼にと始めた事だった。
今日はハムエッグを焼き、フリーズドライのお味噌汁を作り、スーパーで買った梅干しとキムチを冷蔵庫から出し、早炊きで炊き上げたご飯で朝食を済ませる。
残りのご飯は冷凍保存だ。
「昼は何にしようかな」
まだ朝食を済ませたばかりだと言うのに、冷蔵庫に梅干しとキムチを仕舞いながら昼飯の予定を考えていた。
食器を洗い身支度を整えてからコーヒーを淹れ、テレビを見ながら少しまったりとする。
裕はもうしばらくの間スマホを触ってはいなかった。
一応叔母との連絡手段がスマホなので充電は忘れない様にしていたが、電話もLINEもSNSも裕にはまったく関心が無くなっていた。
まぁ親しくしている相手も居ないのだが・・・・・
今ではスマホを手放せなかった以前の方が異常だったのだと思う程心が解放され身も軽かった。
テレビの朝の情報番組が天気予報を流し終わり7時55分になったのを確認し、コーヒーカップを洗うとフライパンと鉈を取り出し支度を整える。
「今日も始めますか」
少しばかり自分を鼓舞する様に気合を入れると台所と四畳半の部屋の境の出入口である場所、開かなくなっていたガラス戸の場所に引かれたカーテンを開け、強く注意しなければまったく気付かない程度の違和感を感じるその場所へと足を踏み入れる。
裕がその空間に入ったのを確認して、黒猫が待っていましたと言わんばかりに駆け寄って来る。
「おはよう」
黒猫相手に声を掛けて立ち止まると黒猫は当然の様に裕の肩の上へと乗るが、不思議な事に黒猫の重みは一切感じない。
その事からこの黒猫は、裕の目にそう見えているだけで実は何かの思念が映像化したものではないかと考えていた。
≪目標を設定しますか≫
「今日も10万円でお願いします」
頭に響く声に裕は答え空間内を歩きだすと、床(?)の一部が盛り上がり始め徐々に謎の生物の姿になって行く。
この間に攻撃を与えても攻撃判定をされないので、その姿ができ上がるまでに急いで傍に寄り鉈を振り下ろす準備を整える。
タイミングが良ければ先制攻撃で難なく倒せるので、ランダムで湧き出す盛り上がりをできるだけ素早く見つけるのが攻略の要だった。
とは言ってもこの謎の生物はそう強くないと言うだけあって動きも遅く、今ではそう簡単に攻撃を受ける事も無く危なげなく倒しているが、初めて戦った時はその見た目の不気味さから腰が引け、攻撃を上手く躱せずに掠って傷を作り素手で殴り倒し逃げ出すのが精一杯だった。
急いで部屋へと戻り武器になりそうなものを探し、フライパンで防御兼殴り攻撃をしてみたり包丁で切り刻むなど色々と試しながら戦闘を繰り返していたが、管理人用の道具置き場から鎌と鉈を見つけてからはフライパンと鉈と言う今の二刀流に落ち着いた。
そしてこの謎生物を一体倒すと報酬として500円が手に入った。
それはこの空間を見つけた時に出会った黒猫と交渉して決めた事なのだったが、初めのうちは無様な戦い方と引き籠り生活が祟った体力の無さから1日頑張っても1万円を得るのにも苦労をしていた。
この空間で謎の生物が沸き出す位置はランダムだが時間の間隔は一定なので、一体を倒すのにも時間を掛けていた当初は本当に苦労した。
しかしこの空間から出てしまえば沸き出し続ける事は無いので、疲れたり休憩が欲しくなったら部屋へ戻れば安心して休む事ができた。
それに部屋からこの空間内は認識できないが、この空間からは部屋の様子が薄っすらと分かり、物音ははっきりと聞き取る事ができたので万が一来客などがあっても困る事は無かった。
そして初めの内は何体か倒しては部屋へ戻り休憩するばかりだったのが、今では大分体力と筋力が付き戦闘が楽になった事から謎の生物との戦闘も殆ど作業の様になり、こうして一日10万を得る事ができる様になった。
このまま頑張っていれば年収3000万円も夢ではない、4年もすれば目標を達成できると脳内で計算しながら、裕は今日も一人謎生物との戦闘に励むのだった。
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