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このボロアパートの空いていた2部屋にも住人が越して来ていよいよ満室となった。
叔母からの連絡では希望者が何人かいたらしいが、裕の負担を考えて日本人の希望者に決めたそうだ。
「じゃぁ、引き続きお願いするわね。その分お給料も上げるから楽しみにしておいて」
自分が希望した事でもあるし、まあ仕方ないと思いながら叔母からの連絡の電話を切った。
そしてその連絡があってすぐに越して来たのが多分30才位のスラっとした綺麗なお姉さんで、何日か置いて越して来たのがお姉さんより年上風のスーツを着たおっさんだった。
お姉さんの名前は玲子さんと言い、リモートで仕事をしていてほぼ家で過ごしているらしく、時間にも縛られないのか裕の迷惑も考えず遊びに来るようになっていた。
「ねえクッキー持って来たから、ちょっと紅茶淹れてよ」
裕が部屋のドアを開けるなり当然の様に上がり込んで来る。
叔母と言い玲子さんと言い、大人の女性は俺の様な年下の男には遠慮ってものが無くなるのか?
「自分の部屋でやってよ」
「良いじゃないどうせ暇なんでしょ。気分転換に協力してよ、私一日に1時間は誰かと喋んないと死んじゃうのよ」
裕があからさまに嫌そうな顔をしてみても玲子さんはお構いなしの自由人だった。
引っ越しの挨拶に来た時につい視線が胸へと集中し、鼻の下を伸ばした裕にいきなりグイグイ来たまま付けこまれた感じであった。
裕の部屋に紅茶の茶葉なんて気の利いたものがある訳も無く、冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを出すと「まあいいわ」と玲子さんは大人しく受け取る。
「裕君って昼間出かけるのを見ないけどいったい何してるの?最近の若い子ってみんなそんな感じなの?私が裕君の年位には昼にカーテン閉め切ってたらオタクの引き籠りって言われてたわよ。まぁ裕君の場合は管理人の仕事もちゃんとしてるみたいだからそうじゃないんだろうけど、一日中部屋に籠ってたら嫌になんない?」
玲子さんは質問をする割に答えを聞く気が無いのか一方的に喋り倒してくる。
「私なんてこんな狭い部屋カーテン閉め切って籠ってたらすぐに息苦しくなってダメだわね」
(じゃあ、何でこんな狭いボロアパートに越して来たんだよ)
「もうさぁ早く仕事終わらせて別の所に越したいって思ってるんだけど、なかなか仕事が上手く行かなくて困っちゃうよ。だいたいさぁ、曖昧過ぎるんだよね」
玲子さんは大きな溜息をつくと喋りつかれたのかペットボトルを開けてコーヒーを飲む。
「ああ、折角持って来たんだから食べてよ」
玲子さんは裕に向かってクッキー缶を開けて差し出して来るが、裕としては一刻も早く立ち去って欲しいと言う思いも強い。
しかしそう思いながらも年上の綺麗なお姉さんの強引さに太刀打ちできる訳も無く、また綺麗なお姉さんと接点を持つなど人生で初めての体験なので、視線に気を付けながらあらぬ妄想をしてちょっとだけドキドキしたりもしていた。
「ねえ、話聞いてた?裕君って元々無口なの?もしかして大家族の長男だったりする?田舎のご長男様ってもうさ、周りの大人達が先回って何でもしてくれるから喋らなくても良いんだってね、上げ膳据え膳って言うの?ご長男様様で神棚に祀られるって話も聞いた事あるよ。もちろんこれはたとえ話だけどね」
「俺は長男でも無いしそんなんでもないよ」
裕は一方的に決めつけられた話し方に少しだけ腹が立ったが、きっと玲子さんはそんな気も無く思いつくままに喋っているのだろうと聞き流すが気持ちが顔に出ていた様だ。
「ごめ~ん、何か気分悪くした?私って考え無しに喋り過ぎるって良く言われるんだよね。裕君があまり自分の事話してくれないからつい聞き過ぎたね。これからは気を付けるから許して、お願い」
(話すタイミングもくれないくせに良く言うよ、もっとも自分の事をペラペラ喋るほど親しくも無いけどな)
裕はそんな事を考えながら意外に腹も立たずに玲子の話を聞いていた。
それはきっと玲子に下心があるからではなく、玲子の醸し出す緊張感が無いと言うか気負わないですむ雰囲気と、自分が喋らなくても良い気楽さとちょっとした賑やかさが少しだけ心地よかったからだろう。
裕は冷蔵庫に飲み物のストックを増やそうと考えながら玲子の話を聞いていた。
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