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よろしくお願いします
ガッシュッ!!
ダイヤモンドコーティングされたフライパンからそんな音が響く。
小学校低学年相当の体格で、やや猫背でガニ股の不気味な顔をしたその生物は見様によっては伝説のかっぱの様にも見える。
かぎ爪になっている右手が振り上げられたかと思うとその手は振り下ろされたので、裕は左手に持ったフライパンを翳しその攻撃を躱すとそのまま相手の頭部を狙い右手に持った鉈を頭上高くから振り下ろす。
するとみるみるうちにその異様な生物はキラキラとした粒状の何かへと姿を変え、そしてやがて浄化されたかのように消えて行った。
≪本日の報酬目標100,000円を達成しました≫
あらかじめ設定してあった目標金額を知らせる為に頭の中でAI音声の様な声が響く。
最近は謎の生物との戦闘も少し慣れて来ていたので少々高めに設定してみたが、思った以上に疲れていた。
フライパンも鉈も持ってみるとそう重くはなかったが、実際にそれを振り回し謎の生物相手に目標達成まで戦ってみると腕もパンパンで腰も少し痛かった。
「でも思っていた程無理な設定でもなかったな」
裕がそう呟くと何処から現れたのか黒猫が足元に身を寄せて来る。
≪この調子で頑張ってください≫
黒猫が裕の肩に軽々と飛び乗ると、例のAIの様な音声がまた脳内に響き目の前に一万円札が10枚現れる。
裕はフライパンを脇に抱え左手に鉈を持ち直すと右手でその10万円を掴む。
「じゃぁまた明日」
裕はそう言うと10mほど離れた場所にある白いベールが掛かって見える境界を潜り外へと出る。もう既に夕暮れ時だった様で部屋の中はすっかりと薄暗くなっていた。
振り向くと少しだけ違和感を感じるその場所をカーテンで隠し、そこを避けてキッチンとは呼びづらい2畳程の台所へと入りフライパンと鉈をシンク下の収納へと仕舞った。
裕が一人で住むこのアパートは築50年をとうに過ぎた年季の入ったボロで、一応トイレと小さな風呂も付いてはいたが四畳半一部屋と言う狭さがまた年代を物語っていた。
裕の父と母と兄二人の家族は健在だがその家族とは折り合いが悪く、叔母の所有であるこのアパートの管理人と言う名目で一人住まいを始め自立を目指していた。
父はイマドキ亭主関白を貫き、母はそんな父に依存する以外何もできず、長男は父に倣いご長男様で次男はそんな家族と上手くやれるお調子者で、幼い頃から自分だけが虐げられ蔑ろにされていた。
そんな事も影響してか寡黙な裕は学校でもいつも虐められ、高校を中退し引き籠り出した事で家庭内が揉めた時、幼い頃から裕を可愛がってくれていた独身で仕事命の叔母さんが裕を庇って引き取ってくれたのだ。
ちなみに父方の祖父母も母方の祖父母も既に他界しているので、家族以外の親類と呼べる人は叔母だけで、裕にとって唯一の理解者だった。
そんな経緯があって18歳になり成人したのを切っ掛けに、必然的に叔母に頼まれこのアパートで独り暮らしを始めたのだ。
勿論家族は今の裕の状況を知っているが、既に裕に何の興味も持たずこんなボロのアパートに住む事を叔母の事も併せて小馬鹿にしていた。
8室あるこのアパートは、家賃は安いが立地の悪さとその古さから、過疎化が進む地方都市ではあまり人気も無く、今は3室しか埋まっていなかった。
一人は長くココに住んでいる世話好きの80前後のお婆さんで、後二人はあまり挨拶もした事の無い多分70は過ぎている男性と40代だろうの中年の男性だったが、必要以上に関わる事が無かったので今の所裕にとっては何の問題も無く気楽に過ごせていた。
裕は押し入れにあるスーツケースに今日の稼ぎとも言うべき10万円を仕舞うと『目指せ1億円』と心の中でそう思いながら一人ニンマリとしていた。
働かずに食べられる位のお金を貯めるべく、取りあえず1億円を目指す裕には今までにない意欲が胸に湧いていたのだった。
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