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呪(うた)えない男魔女と黒の国  作者: 色鳥野菜
9/11

7


潤子も手を貸しながら、師匠は細い腕で部屋を片付けるとよろよろと出かけて行った。後は頼んだぞと弟子に丸投げするのも忘れずに。

 無駄に広い屋敷は空き室が幾つもあるので、一人一部屋宛てがうことができた。昼食を出し、薬を作る合間合間に世話を焼いていると、あっという間に日が暮れていた。

 薬棚の補充をしていると、客人が揃って顔を出した。


「魔女さま、お湯を頂きたいのだけれど」 

「かしこまりました。廊下の一番奥にある扉が風呂場です。湯は湧いていますので」


 手拭いは今お渡ししますと大きめの布を戸棚から出す。まずベルに差し出すと、彼女はもじもじと潤子を窺っていた。


「どうしました」

「魔女さま、わたしと一緒に入らない?」

 

 入浴同伴の誘いだった。他人の家で一人で入浴するのは心細いのかもしれない。不安なのは理解出来たが、潤子は首を横に振った。

 

「私は後で一人で入ります」

「えー」

「まだ仕事があります」

「待っているから、お話しましょうよ。わたし、夜更かし得意よ!」


 粘るベルに、どうしたものかと目が合ったルキウスに手拭いを纏めて渡す。

 妹の我儘をどう止めさせるか考えあぐねる兄は、ベルと名前を呼んだ。この兄は妹に随分と弱い。ベルはルキウスを横目で見て唇を尖らせた。


「……魔女は、安易に人に肌を見せることはできません」


 尤もらしいこと口にすれば、ベルは頬をパンパンにして膨れた。躱されていると気がついたのか納得できないのかは潤子には察せなかったが、……分かったと不貞腐れた答えが返ってきたので、これで良しとした。


  

 配るための薬を作り終えると、夜もすっかり更けっていた。いい加減湯浴みをしなくては。

 この島には温泉があるので、風呂もそこから引いていた。湯が冷める心配がないのは、気が楽である。

 着物を脱ぎ、手早く全身を洗うと湯に体を沈める。通常と違う事の連続に、思いの外疲れていた体が熱さに解れていった。

 ふと、冷たい空気が首筋を撫でる。次いでカララと引き戸が滑る音が続いた。

「誰ですか?」 

 湯気が扉の外に逃げていき、視界が晴れる。

「!……お前ッ」

 湯気が晴れた先には、金の瞳が驚きに揺れていた。

「なぜ今、貴方がここに?先に入ってくださいと言ったはずですが」

「おまっ、お前こそなぜ今湯に入っているんだ!」

「薬を作っていたら、この時間になったんです」

 顔色を変えることなく言い、はらりとほつれた髪の一房を耳にかける。ソルは混乱しているのか、目をぐるぐると回したまま指を突きつけてきた。腰に手拭いを巻いて蟹のように足を開いているので、いくら顔が良くても不格好だ。


「で、出ていけ!破廉恥だ!」

「……貴方が入ってきた側でしょう」

 

 湯船から立ち上がり、手拭いを前側に当てる。見られても構わないが、女だと認識させている以上、この状況はとてもめんどうくさい。いっそ覗きだと騒ぎ立ててやった方が楽だったかもしれない。

 ソルは青や赤に顔色を交互に変化させた。あれだけ強気にこちらに言ってきていたソルが、初な反応をするのが面白い。からかいたいという不謹慎な感情がもたげてしまうくらいには、彼にまあまあ腹が立っていた。いざとなったら、ババ様に協力してもらおうと怖い考えが浮かぶ。

 感情に従い潤子は、そのまま視線を忙しく右往左往させる青年へと歩く。潤子の生白い足が視界に入ったのか、ねじ切れんばかりの勢いで首を明後日の方へと向ける。むち打ちになっていそうだ。回り込むと、反対に首を向けられる。何度か繰り返し、真下に首を折った。木床の木目を行き交う金色の中に、下から覗き込んで邪魔してやる。


「なんで逃げるんです」

「貴様、肌を隠せ!恥じらいがないのか!」

「いいじゃないですか」


 こっちを向いて。

 人差し指で顎下からツツと上に滑らせ、左頬を右手で包む。至近距離のソルをとっくり見てやる。なるほど、なかなかの美形だ。長い色素の薄いまつ毛に、けぶるようにという表現はこの事かと納得がいく。金の髪は頬に張り付き、妙な色気を出していた。眉が情けなくハの字を作っていなければ、艶っぽいと女性の心を掴めそうなのに。まあ、この表情も一部の層にはウケが良さそうではあるが。

 

「さすが、鍛えていらっしゃるんですね。筋肉が綺麗に付いている」

 

 割れた腹筋を上からなぞり、溝にゆっくりと指を添わせた。湯で濡れた指は、一筋だけ乾いた皮膚に跡を残していく。

 自分は見栄えがする外見はしていないが、女だと勘違いしているソルにはなかなか効果があるらしい。

煽る潤子の、ソルは一点を食い入るように見ていた。追いかけていくと、手拭いがはだけた己の胸。潤子の桃色の頂きに一直線だ。なんだかんだ彼も男なようだ。ごくりと存外しっかりした喉仏が動いた。

 胸から手拭いを外し、腰に巻き付ける。ソルの身体が真っ赤に染まり、爆発するのでは無いかと危惧するほど震え始めた。


「ああ、私だけが触っては不公平ですね」


 どうぞと、ソルの手を胸に導く。クか、と意味をなさない単語が絞り出された。

 突起に熱い手のひらが当たり、ぴくりとソルが反応する。指が微かに沈むと、潤子も背筋に悪寒に似た何かが走った。ん、と息が漏れる。素肌を直で触れるのは幼少期以来なので、変な感覚がする。

 倒れるだろうかと見守っていると、あることに気がついたのかソルは真顔になった。

 

「お前、胸……」

「貧乳とでも?」

 

 腰に手拭いを巻いた潤子の胸は、板。僅かな膨らみさえもなかった。掴んでいた手を離すと、熱が離れ寒く感じた。

 

「私、男ですので」

 

 中性的な自分の声で感情なく事実を口にした。

 男の胸で興奮していたのだと、後悔するといい。


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