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彼らは怪我人なので、まず手当をしたいと伝えると霧子は威嚇を止め、屋敷に入れと促す。医術を司っている身であるので、怪しい者たちでも放っておけないのだ。
靴を脱いでお入りくださいと、自分が脱ぎながら伝える。不可解な顔を三人にされたが、土足厳禁だ。他国の人が履き物を脱がないは本当なのだと実感する。
霧子が脱ぎ散らかした履き物を揃えてから、ガチャガチャと薬棚を漁る師匠の後を追う。
客人達を広間に通し座らせ、自白剤を高々に掲げ茶に混ぜようとしている自分の師匠を抱き上げた。
「やめてくださいババ様」
「疑わしきは」
「話を聞きましょう。ババ様の自称恋人がいらっしゃるんですよ」
「わしゃ恋人はおらん!やはり不審者じゃ!さては小児性愛者か!」
霧子の実年齢を考えると、小児は際どいところだと思ったが、腕の中から拳が飛んできそうなので流した。
あんたのじゃないと、後ろから茶々を入れられるがそれも流した。
師匠を小脇に抱え、代わりにお茶を入れる。隙を狙って薬を入れようと企む手を躱すのは骨が折れた。
素早く湯のみに茶を注ぎ、背の低い卓子に人数分配る。不満そうな顔で、師匠はやっと畳に腰をおろした。
「……本当に、貴女が黒魔女なのか?」
ソルは疑わしいという感情を隠しもせず、声色に乗せて質問した。霧子は満面の笑みを浮かべると、両頬を自分の手で覆う。
「ワシ、こう見えてもピチピチの百二十七歳なんじゃ!」
魔女の血を飲むと、飲んだ年で外見年齢の成長を止める。他国の大抵の魔女の弟子は、二十か三十程の年齢で飲むのが通例らしい。
「ここは爺婆が多いからのう。こんなにかわゆい外見のワシも中身に引っ張られて口調がこうなってしもうたのじゃ」
別に、信じなくても良いがの。
言って霧子は片手を振って、追い払う仕草をした。
人を蔑ろにしない師匠の普段と違う態度に、潤子は咎めようかと迷う。理由なく素気無い振る舞いをする師匠ではないので、なにかあるのではと勘繰っては唾を飲み込む。
ソルは魔女の態度に片目を眇めたが、機嫌を損ねては目的を達成出来ないと思い直したようだ。態とらしく咳払いをすると、表情を消した。
「クロエ」
大きくない声は、霧子に衝撃を与えたようだ。湯のみを取り落とし、畳に茶が広がっていく。布巾をとりに行こうと立ち上がるが、師匠の表情を見て中途半端な姿勢で固まってしまう。
「……なんと、言った」
「クロエ。貴女の師匠の名だろう」
「なぜ、お前が知っている」
霧子の周囲がザワつく。下から風に吹かれるように、黒い髪が逆立っていく。
普段の自分の師匠から想像の出来ない様子に、潤子は顔に出さずともどうすれば良いかと考えていた。
「最初の黒魔女、クロエが貴女に会いたいと」
言い終わらないうちに、畳に転がった湯のみが割れた。霧子から滲み出た魔力に耐えきれなかったのだ。
「アタシの前で、三回も師匠の名を呼び捨てしたな」
「クロエが会いたいと言っている」
「黙れ!」
キィンと、魔力が場を支配した。
魔女の魔力の源は、声。彼女達の声は、呪いが乗る。
「師匠は死んだ。百年も前に。焼かれ、森で死んだのを見た、この目で!!」
霧子の叫びは、百年以上の歳月の悲しみを含んでいた。
「誰がアタシの師を騙っている。言ってみろ。正体が分かったら、例え黒魔女の禁忌を犯したとしても、この手で……!」
言霊により、ソルのみ声が出るようだ。
息も止めていたのか、咳き込みながらも霧子を睨んだ。
「起きたんだ、死体が。蘇ったんだよ」