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呪(うた)えない男魔女と黒の国  作者: 色鳥野菜
3/11

1


 国を作ろう。


 思い立った天におわす創造主が、大きな大陸を1つ作った。

 生物の種を降らせ、知能を持った生き物が育った。

 年月が経つ度、大陸の中に小さな組織ができ、沢山の国ができた。


 知能を持った生物を、人間と名付けた。

人間は、争うようになった。大きな、大きな大陸を、自分だけの物にせんと、戦い、人間も他の生き物も、何千、何万と死んでいった。


 創造主は、悲しみに暮れた。悲しくて、悲しくて。

大粒の涙を、一滴流した。

 雫は大陸へと落ち、地面を割った。

 創造主の悲しみに、嵐が起こり怒りが生物を淘汰していく。

 苦しみ助けを求める声に、創造主は哀れみを持ち、手のひらで地面をひと掬いした。

 一部の生命が掬い取られ、大陸は跡形もなく消えた。

 今度こそはと創造主は、小さな大陸を作る。

 海に浮かべ、指先で突くといくつかに割れた。五個になった大陸に、それぞれ黒、赤、黄、青、白の国の名を与え、掬ったままにしていた生物を散らす。

 前回は、導き手がいなかったのが良くなかったのだろう。

 そう考えた創造主は、国に魔力を与え、自身の一部である魔女をあてがった。


 赤の魔女は、創造主の怒りの咆哮から生まれた。

 青の魔女は、創造主の涙から。

 黄の魔女は、創造主の喜びの悲鳴から。

 白の魔女は、創造主の無限の時間から。

 そうして、一番最初に生まれた黒の魔女は、優しい創造主の爪先から生まれたのである。


 歌を愛していた創造主は、魔女達の歌に(ちから)がのるようにした。彼女らの歌には、不可能なことも可能にする力が宿った。

 人の助けとなりなさいと、彼女達が驕らないように一人一人に禁忌を一つ与えた。

 どうか、人と助け合う国を。繁栄を。

 創造主はそう言って、魔女たちを送り出したのだ。




 ぱたり。最後のページが、片側の重さに引っ張られ自然と閉じる。

 五カ国どの国も共通の、創造起源の話だ。幼い子供向けの絵本のはずなのに、堅苦しいと齢十五になる潤子うるしは読む度常に思っている。

 道端に落ちていた絵本の落とし主は、霧が深いために探すことは困難だ。

 魔力を込め、綺麗になるように思いながら息をふきかけてやると、絵本の汚れは多少マシになった。

 地面に戻すのも気が引けるので、置き場所は無いかと探すと、低めの塀が見えた。誰か気づいてくれますようにと、そっと絵本を置く。

 こんな時、空が飛べたらいいのにと思う。

 魔法にも限界があり、現実に出来ることを少し便利にするくらいしか出来ない。何かをはじき飛ばしたり、傷を一時的に塞ぐことは出来る。

 しかし、自分たちには羽が生えた経験は無い。

 空を飛べた経験が遺伝子にないことには、実践することは不可能なのだ。

 黒魔女の弟子である潤子はそれよりは幅があるが、出来損ないであるため、ほぼ一般市民と変わらない。

 自分の不甲斐なさに溜息をつきながら、薬を配るのを再開しようと懐を漁る。

 瓶が一つも残っていなかった。つまり、今日の仕事は終わりだ。


「黒魔女様」


ぴくりと自分の右手の指が震えた。体の中心が、鼓膜に響く音を波立たせる。

フードに隠れた左側から、声の主を探す。

腰の曲がったおばあさんが、小さな背を更に小さくして涙している。額に小瓶を押し付け、ありがとうございますと繰り返していた。

 潤子は自分が魔女だと知られてしまったと恐れたが、お婆さんはどこでもなくただ上を見ていた。彼女の中の魔女に礼をしているのだろう。

 潤子は知らずに上がっていた肩から力を抜いて、そっと息を吐いた。

 今日の分は配り終えたし、そろそろ船が出る時間だ。

 フードを引っ張り、より深く被ると、船が待つ岸へと向かう。見知った船頭が潤子に軽くお辞儀をして、船へと手を差し出した。


「お疲れ様でございます」

「……私は何もしていません。ババ様の薬を渡し歩いただけです」

「潤子様……」


 船頭の言葉は続かなかった。

 可愛くない返しだと、自分でも思う。事実ではあるが、それを受け入れるのも辛かった。

 船に乗り込もうと足をかけた時、小さな悲鳴を耳が拾った。


「なに?」

「どうしました」

「いま、叫ぶ声が」


 きゃあ、甲高い悲鳴が、先程よりも響く。

 考えるよりも早く、潤子の体は走り出していた。船頭が潤子を呼んでいたが、向かわなければという思考が足を動かしていた。

 言い争う声が大きくなっていく。方向は合っているようだ。霧で囲われた街は視界が悪く、何度か角を曲がると、声がはっきりと聞こえた。


「やめてっ」

「暴れんじゃねえ!こっちの男どもと一緒になりてえのか!」


 曲がったすぐ先は、少し霧の薄い場所だった。地面に倒れる金の髪と、ガタイのいい男に羽交い締めにされた金髪の少女。

 倒れている短い金髪二人は男のようだ。服の上から血が滲んでいるのが見えるので、切りつけられたのだろう。

 少女を羽交い締めにする男と、その後ろにいる仲間らしき男たちも、気配に気が付き潤子を見た。


「なんだあ?お前らのお仲間さんかあ?こっちは嬉しいぜ、商品が増えるからなあ」


 男たちの下卑た笑いが響く。

 この国でかどわかしは珍しくない。特に転がる彼らのような金の髪と、もう一色は価値が高いのだ。


「……人身売買は、禁止されています」

「説教を始めんのかい?禁止されてんのなんか知ってるぜ」

「でもよお、暗黙の了解って、どこでもあるもんだろうよ」


 捕まる方が、悪ィってワケ。

 決め台詞のように宣うと、なにが面白いのか同調し全員がゲラゲラと笑いだした。

 人身売買はどの国でもご法度だ。それでも、一定数需要があるのも本当。人の外観に価値を決め、所有する人間は根絶やしにすることは出来ない。そのため、目の前にいるような業者がいるのだ。


「助けて!」


 少女が叫び、身を捩る。潤子はフードの中から男を睨みつける。


「その方を離してください」

「おうおう、俺たちの話聞いてたか。かどわかしにあっちまう、コイツらが運がないだけなんだよ」

「コイツの心配より、自分の事じゃねえのかよ!」


 後ろから声とともに切りつけられる。いつの間にか背後に回っていたらしい。咄嗟に避けると、弾みでフードが頭から滑り落ちた。後ろ頭が晒され、首を風がイタズラに通って行く。咄嗟に閉じた瞼から、力を抜いた。騒ぎにしたくなかったのに。諦めと覚悟を決めると、近づく気配をみすえてやった。

 息を飲む音が聞こえた。切りつけてきた男も、潤子の髪を見て口角を厭らしく上げたが、目が合うと、固まった。表情が引き攣る。


「あんた黒髪かあ!こりゃあ、いい商品見つけちまったぜ!」


 後ろの男どもが沸き立つ。無理もない。かどわかしの価値が高い髪色は、金と――黒だ。


「今回は随分と豊作だ。黒髪は金より値が張るからな!遊んで暮らせるぞ」

「怪我したくなかったら、こっちに来な」


 囲まれる感覚に、ゆっくりと振り返る。自分の足元から、視線を上げると、変わらず下卑た笑いを浮かべる男ども。自力で起き上がろうと肘を浮かせる金の頭が二つ。

 茶色の目を睨みつけると、口の端をヒクつかせ、男たちは顔を強ばらせた。まるで、化け物にでも出くわしたように。


「目、目が、コイツ、」

「黒、黒だ!」

「魔女……!」


先程までの空気が嘘のように一変し、一歩潤子が踏み出す度、男たちはじりじりと後退していく。


「私を、捕まえるのではないのですか?」

「ひっ」

「お、オレ、聞いたことある!黒魔女と目が合うと、呪われるって……!」

「そんな、噂だろーが!」


 言い合いながらも、恐る恐るこちらを伺ってくる。潤子は口の端を引き上げてやる。笑いたくて笑顔を作ってはいないので、自分はさぞかし冷たい目をしているだろう。


「ご自分たちで、確かめてみては?」


 震え上がり、情けなく各々意味の無い言葉を吐きながらちりじりに逃げていった。

 自分可愛さに走った男に、囚われていた少女は突き飛ばされ、地面に倒れた。

 足を抑えている。捻ってしまったかもしれない。ぽかんとこちらを見てまだ起き上がれないでいる男二人も心配だ。

 潤子は少女に駆け寄る。こちらをみる少女は、美しい青い瞳に恐怖と感謝を混じらせていた。


「あなた、魔女なの……?」

「……もどき、です」

「目が合うと、呪われるって」

「黒魔女は目が合っただけなんて理由で、理不尽に呪いをばら撒く存在ではありません。それに、私はもどきだと言ったでしょう」


 足を。

 言うと、少女は怯えながらも足を出した。

 血が出ている場所に処置をしながら、動かすと痛いか、他に痛む場所はないかと聞いて、無いと答える少女に頷く。次は、と立ち上がったところで、手首を掴まれた。

 ガラス玉のような、澄んだ金がその中に潤子を映しこんでいた。倒れていた金髪の一人だ。


「お前、いや、君、黒魔女なのか」


 皺のよった眉間に、混ざる嫌悪の気配。


「もどきです」 

「もどきってなんだ。他に黒魔女がいるのか?」

「……」

「答えてくれ!」

「なぜ、貴方に言わなくてはならないんですか」

「……俺は」


 青年が黙る。長いまつ毛が震えて、金の髪の人間は他の毛も金なんだとぼうっと思った。


「俺は、黒魔女の恋人なんだ!!」

「バっ、」


 ババ様の!?


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