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呪(うた)えない男魔女と黒の国  作者: 色鳥野菜
2/11


 彼女に会わなくては。


 ソルの頭は、それでいっぱいだった。

 物心ついた時から度々見る夢。

 艶やかな黒髪を持つ少女が、振り向きざまに黒く塗りつぶされていく。頭から溶けた蝋のように黒い泥が流れ、彼女を覆っていく。

 伸ばされる手が遠のく。届かない自分の腕を伸ばし、駆け寄るが間に合わない。


 逢いに来て。


 最早泥の塊となった少女は、優しくソルに囁く。

 何処に!

 叫ぶソルを笑い、泥は腕と思わしき部分をもたげた。ソルの後ろを指しているのだろう。


 黒の国。


 一言呟き、泥は震えると小さくなっていく。彼女を飲み込んでいるんだ。

 そこで叫び、目が覚める。見慣れない木の天井が、霞む視界に入る。そうか、ここは船だ。

 船に揺られながら、それも今日で最後だと拳を握った。成人し、やっと他国に渡る許可が出た。

 逢いに行ってやるとも。だから、コレで悪夢とはオサラバだ。

 なぜだか、ソルは彼女がいる場所が分かっていた。

 あそこだ。あそこにいる。

 船から飛び降りると、一緒に来た仲間たちが何事かを叫んでいる。無視して、生い茂る森へと一目散に走った。動物を魔法で弾き飛ばし、なぎ倒す勢いで草木の間を抜けていく。

 薄暗い森の先、光が見える。あそこだ。

 ポッカリと穴が空いた森の中心。一層背の高い、幹の太い大木に、顔が浮いていた。

 眩しい光に目を細め、進んでいくと、顔の持ち主の胴体は幹と一体化するように蔓が巻付いていた。見ようによってはお包みに包まれた赤子だ。


「……お前か、俺をずっと呼んでいたのは」


 動かないこれは、死体か。人形じみた肌の白さと整った顔立ちに、人形かと疑う。

 薄々感じていたそれは、確信へと変わった。

 こいつは魔女だ。

 通常ではありえない綺麗すぎる死体。何度もしつこく現れる悪夢。

 魔女の企みだ。


「何の用だ汚らわしい魔女が」


 物心ついた頃から魔女が嫌いだった。自国の金の魔女の寵愛を受けようが、この気持ちがひっくり返ることは無かった。


「会いに来いと言っておいて。お前は優雅にお眠りあそばしているとは、随分な事だ」


 声色に悪意の針を入れて刺してやるが、風が髪を揺らすのみだ。体温を感じられない凹凸を、型通りに撫でて消えていく。

 暗く渦巻く感情に、晴れわたった空は毒に近しい。変化のない人形じみた顔に、唾のひとつでも吐かなければ静まらないだろう。


 ソルは金髪を右手でかき混ぜる。自身の行き場のない感情に嫌気がさす。ため息を吐いて、立ち去ろうと足を一歩後ろに下げると、人形のまつ毛が震えた。固まっていた表情が動き、瞼がゆっくりと持ち上がる。現れた黒に、ソルは唾を飲み込んだ。

 ぼうっとしていた黒色はソルと目が合うと、三拍ほど間を置き、緩やかな三日月を描いた。


「会いたかった……フォス」


 フォス。

 彼の名前はソルだ。

 ソルの中で、彼女の言葉が染み込んで、弾ける。

 俺は――僕は、


「……クロエ?」


 知らないはずの名前を、ソルは口にする。

 微笑む彼女に、ソルは湧き上がってくる感情に涙が零れた。

 彼女が俺に会いたがっていたんじゃない。

 俺が――僕が、ずっと、クロエに会いたかったんだ。

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