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呪(うた)えない男魔女と黒の国  作者: 色鳥野菜
1/11

魔女

潤子(うるし)さま、潤子さま、お歌をうたって!」


 駆け回っていた少女の一人が、薬草摘みをしている潤子の腕をひいた。


「お歌ですか?」

「潤子さま、お歌うたうの?」

「ボクも聴きたい!」


 手を止め、少女の背丈に合わせ屈む。袖をひく少女は、期待に目を輝かせていた。

 転げ回る子供たちは、二人の様子にわらわらと集まってくる。囲まれた潤子は、残りの摘まねばならない薬草を頭に浮かべ、眉を下げた。

「今でなくては駄目ですか?お昼寝の時に歌いますよ?」

 今!と声を揃える高い声に、潤子はそっと息を吐いた。仕方ないと口角が上がったのは、自分を慕うこの子供たちが愛しいからだ。


「分かりました。では、もう少し広い場所に行きましょう」


元気よく返事をした子供たちと手を繋ぎ、森の近くから日が照る原っぱへ移動する。

 潤子が腰をおろすと、潤子を中心に子供たちが円になる。甘えたがりの子供数人が、潤子の服を握った。


「潤子さま、はやく!はやく!」

「子守唄がいい!いつもの!」

「潤子さま!」

「分かりました、分かりました。でも、子守唄はお昼寝の時に。ここで寝たら、虫に齧られますからね」


 はーい!と大合唱した後、いつものように静かになる。潤子が少し咳払いをすると、期待に空気が膨らんだ。

 息を吸い、空を見る。雲ひとつない、空の色。


「――――――」


 音、が。

 はく、と喉が震えた。

 酸素の通る管が、細く締まる感覚がする。


「……潤子さま?」


 視線だけを下にやると、最初に歌を強請った少女が、袖をひいた。不安気な顔に、引き攣りながらも笑ってみせる。


「ちょ、と、待って、」


 言葉を出す度、酸素が薄くなっていく。

 潤子の様子に、段々と子供たちがざわめき、立ち上がった。


「潤子さま、苦しいの?」

「お声でないの?」


 優しい小さな手たちは、潤子の体をさすってくれる。

 空を見たまま固まった体が、太陽の光に焼かれる幻覚を見る。チカチカと点滅する視界に、瞼が落ちた。誰か、じいちゃん、お母さんと、子供たちが助けを求める声にごめんなさいと呟いて、意識はぷっつりと切れた。



 

 目を開けた時、最初に入ってきたのはババ様の泣き顔だった。


「ババ様……」

「う、潤子ぃいいい!!目が覚めたかぁ!!」


 どいてください、と伝えたつもりが、喉の奥で音が消える。静かな潤子に、掛布を涙でびちゃびちゃと汚していたババ様は不思議に思ったのか体を起こした。


「潤子?」

「バ、ばさま」

「声が出ぬのか?どうして――」


 覗き込んだババ様は、強ばる潤子の表情に察したらしい。

 喉が熱い。しゃがれた声に、限界がきたのだと首を片手で軽く締める。十五の遅い成長期に、このままであれと片隅で祈っていた希望は無くなった。

 男にしては細めの指が、少しずつ節が目立つようになっていた。背は島の女性より頭がひとつ出て、着物の大きさが合わず袴を履くことになって久しい。この程度であれば誤魔化しが効いたが、声は駄目だ。いくら化粧をしようと、髪を伸ばし柔らかさを演出しようと、話せば男と知られてしまう。


「潤子、声変わりが」

「おねがい、が、あり、ます」


 掠れる声が自分の中で響き、不愉快だ。咳払いをしても、違和感が拭えない。


「潤子……?」

「血を、ください」


 大きな瞳が見開かれた。黒瑪瑙が水面のように波打つ。


「わたし、を、魔女に、……してくだ、さい」


 女と入っている通り、女性しかなることの出来ない魔女。男である自分が例え拒否反応で死んだとしても、魔女にならなければならない。

 魔女ではない自分の黒い瞳が、ババ様にどう映っているのか。浮かんでは聞かずにいた疑問を、とうとう潤子が口にすることはなかった。

 

 

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