夢の中身~ゾンビは何の夢を見ているの?
カナちゃんはゾンビ映画が大好きです。
けれど分からないことが一つあります。
ふらりふらりと街を歩いているゾンビ、いったい何を考えて歩いているのでしょうか?
「お父さん、ゾンビは何を考えて、お散歩しているの?」
お父さんは
「アンドロイドなら、電気羊の夢でも見ているのかも知れないけれどね」
と訳の分からない事を言い
「生きていたころの夢を見ながら歩いているんだよ」
と笑いました。
「自分が死んじゃったと分かったら、お墓に入って寝ちゃうしかないだろ?」
なんだか、お父さんに誤魔化されたような気がします。
「じゃあ、お父さん。お墓で寝ているゾンビなら、今度はどんな夢を見るの?」
お父さんは「そう来たか」と、こんどは少し考えて
「楽しかったころの夢をみているんじゃないかな」
と答えました。
「遊園地に行ったり、デパートに行ったりした時の。それでゾンビはまた遊園地や公園に行きたくなって、お墓を出て歩き出す。夢を見たままね」
これにははカナちゃんも「なるほど~」と思いました。
でも、怖い顔をして、ゾンビは追いかけてきます。
楽しい夢を見たままなら、追いかけてこなくても良いじゃない?
「夢は楽しい夢ばかりじゃないだろう?」
お父さんは、こんどはイタズラっぽく笑うとカナちゃんに答えました。
「怖い夢を見る事もあるし、頭にくる夢を見ることもある。お父さんは今でも、テストの答えが分からなくて困った時の夢を見てしまうことがあるよ」
「え~?」
カナちゃんはビックリしてしまいました。
「お父さんは、そんな事が怖いの?」
「そうだよ。あと、地下鉄の中で、トイレに行きたくなった夢も怖い」
「あ~」
これはカナちゃんにも分かります。
「地下鉄が駅に着くまで、タイヘンだもんね」
「そうだろ」とお父さんが頷きました。
「駅に着いたら、トイレまでダッシュだ!」
「うんうん」とカナちゃんも頷きます。
「駅のトイレ、混んでるしねぇ」
「だから、前の人より先にトイレまで着かなくちゃいけない。怖い顔で一生懸命走るのさ」
でも、なかには噛みついてくるゾンビがいます。
トイレに行きたい夢を見ているのなら、急いで先へと走って行ってしまうでしょうに。
お父さんに「ねえねえ、噛みつくゾンビは?」と質問すると
「考えてみてごらん」
とお父さんは言いました。
「お腹がすいた夢を見ていて、何があったら食べてみたい?」
「ケーキ! ……じゃないな。ハンバーグ?」
「そうだろう? ハンバーグなら食べたくても、牛さんや豚さんに噛みつきたいとは思わないよね」
確かにお父さんが言う通りです。
カナちゃんは牧場に連れて行ってもらった事がありますが、牛さんはカナちゃんよりも大きいのです。
お乳絞りをするときにも、ちょっと怖かったのを憶えています。
「うーん……」
カナちゃんは悩んだ後に、ピン! と閃きました。
「だったら、噛みつくゾンビは、虎やライオン、恐竜になった夢を見ているゾンビなんじゃないかなぁ」
「よく分ったねぇ」
お父さんがパチパチと拍手しました。
「ティラノサウルスになった夢を見ているゾンビなら、噛みついてくるかもねぇ」
ティラノサウルスやヴェロキラプトルなら、恐竜が出てくる映画で観ました。
代わりに、ブロントサウルスやトリケラトプスの夢を見ているのなら、食べるのは草です。
「でも、お父さん?」とカナちゃんが反撃に出ます。
「映画に出てくるゾンビは、ニンゲンばかり追っかけているよ!」
「カナの言う通りだね」
お父さんは、カナちゃんの反撃にも動じません。
「ニンゲンばかり追っかけて、犬や猫を追っかけるゾンビもいないねぇ」
「それって変なんじゃない?」
カナちゃんは畳みかけます。
「ティラノサウルスだったら、ぜーったいニンゲンばかりを追いかけないよ!」
「それには二つ、訳が考えられるね」
お父さんは、指を一本立てました。
「犬と猫とカナ。よーいドンで駆けっこしたら、ドンケになるのは、だ~れだ?」
カナちゃんはしぶしぶ「カナがビリだね」と認めました。
「そっかぁ。ニンゲンが追っかけられるのは、足が遅いからなのか」
「それが一つめ」とお父さんが笑いました。
「そして、もう一つは」と、お父さんはもう一本指を立て
「演出上の理由だよ」
と言いました。
「映画なんだからね。こちらの理由のほうが大きいかな?」
「えんしゅつじょうのりゆう?」
なんだかよく分かりません。
「もうちょっと、詳しく教えて」
お父さんは「はいはい」と言うと
「魚釣りの番組で、ず~っと釣れない場面だけ映していたらいたら、どう思う?」
「タイクツだねぇ。厭きちゃうよ」
とカナちゃんは直ぐに応えました。
カナちゃんは、お父さんと魚釣りに行くのですが、釣れないときはタイクツになります。
それでカニを捕まえたり、餌を海に投げたりしたりして遊ぶのです。
「だから釣り番組では、魚が釣れた時だけをまとめて放送しているんだよ。釣れていない時間はカット。だからズ~ッと釣れている時だけが映っている。こういうのを、演出って言うんだ」
「そっかぁ!」
これでカナちゃんにも『映画でゾンビがニンゲンを追っかけていない』のが映っていない理由が分かりました。
「草食恐竜ゾンビやトイレダッシュゾンビ、ただのお散歩ゾンビはカットされているんだね!」
「そうに違いない、とお父さんは睨んでいるのさ」
と、お父さんは自信まんまんに言いました。
「だってブロントサウルスになった夢を見ているゾンビが、花壇の葉っぱを食べているのを、二時間ずーっと映しているゾンビ映画なんて面白くないだろうからねぇ」
「ゼッタイ、誰も観ないよね」
カナちゃんも頷きます。
「それに、作った監督さんは怒られちゃうもんねぇ」
「しかし」とお父さんは「そんな変な映画もあるんだ。ゾンビじゃなくて幽霊の映画だけど」と言いました。
「『死霊の盆踊り』という映画なんだけど、幽霊がズ~ッと変なダンスをしているだけの映画」
「早送りで観ても、ツマンナそう」
カナちゃんの答えに、「そうだねえ」とお父さんは笑いましたが
「けれど、そのバカバカしさに、今では最低映画として、人気が出たりしてるんだ」
カナちゃんは驚いて
「お父さん、観たの?」
と質問しました。
「サイテー映画って、知ってて観たの?」
「借りて来て観たよ」
と、お父さんは胸を張りました。
「ウワサどおりに、ツマンなかったなぁ」
「バカだねぇ」と、カナちゃんは笑ってしまいました。
「ツマンナイと分かってて、観てみたらヤッパリその通りだったってさぁ」
「でも、そういうバカなことって、忘れられないものなんだよ。真面目なゾンビ映画なんて、どんな映画だったのか思い出せなくなっちゃっていてもね」
お父さんはしみじみと言いました。
「ニンゲンって、ほんとうにバカなことが好きなんだねぇ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「撃つな」
拳銃を構えた警官に、隊長がストップをかけました。
「あの親娘ゾンビは、いつも楽しそうに散歩しているだけだ。決して襲っては来ないから、そっとしておいてやれ」
「しかし隊長」
狙撃を制止された若い警官が反論しました。
「万が一、という事が」
「確かにあるかもしれん。急に狂って襲い掛かって来るなんて事が」
隊長も、若い警官の懸念を認めました。
「けれど残弾数を考えてみろ。補給が何時届くのか見当も付かんし、無駄弾は一発も許されんのだ」
そして隊長は「良いお天気ですね」と親娘ゾンビに挨拶しました。
「お散歩するには絶好ですね。お気をつけて!」
お父さんゾンビは頭を下げて隊長に挨拶を返し、娘ゾンビは二人の警官に手を振って……
そして親娘ゾンビは遠くへ歩き去って行きました。
おしまい