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第49話 僕の名前を忘れたら駄目だ!【Ep.春山怒留湯編】

 さて……集合時間の十五時よりも約十分くらい早く到着した僕なのだが――。

「あっははは! いや~参ったな! まさか、まじでオレたちは足止めで」

「やまっちがメインってわけか~、これはやられましたなぁ~ナルセ~?」

 まさかの人選、鳴瀬川と夏川のコンビネーション!? 大丈夫かよ、コレ……。


「もしかして、その~……」

「言うなよ! 分かってんだよ! ばーか、そうですよ。えぇ、そうだとも! 足止め役さ!」

「そうでい! そうでい! 主役はだまっとり!」

「不安しかない」



 今にも噛みつきそうな二人を尻目にふと、病院側に目を向けると丁度、見知った顔が登場する。

 そして、キャンキャン吠える鳴き声が消えたのが合図となる。


「はぁ~、迷惑かけるけど宜しくね? 三人とも」

「うむ! ぬるちゃんの為とあらば! あたしはこの身を捧げるよ!」

「大山君が大役なのは癪……んんっ! 足止めは任せてくれよ! 春山さんの頼みならばオレには断れない死ね!」


 いや、おい……鳴瀬川! 所々で悪意あるぞ? 


「ありがとう! 早速なんだけど二人はこのまま足止めをお願い! 七階にいるから! んで、大山はこっち!」

 と、言って僕の手をスマートに握ってくる。

「おっ?」






 引かれるがままに四階に辿り着きその途中で不思議な物足りなさを感じた。

「あれ? なんか、静かだな」

「静かって? そりゃあ、そうでしょ。ここ、病院よ」

「じゃなくて、叫んでたお婆さんいたでしょ? 柏木さんって言われてた人」

「あぁ……お隣さんね。もう、いないけど」


 いない? 昨日の今日でいないなんてことがあるのか?


「なんだ、元気な人だったのか」

「違う、亡くなったのよ」

「……そっか」

「今朝、すごくお隣が慌ただしかったのを知ってる。数名の人が入っていたわよ、親族は見てないけど」


 こうして改めてそう言う話を聞くと、一番平等に訪れて覆ることはなく、不変な存在は死である。

 あの時もそうだけど、コイツだけは平等にやってくるのだ。


 そんなの当たり前、そうなんだけど……。コイツだけが、唯一誰も変えることができない運命っていうのがなんとも……。

 そして、そんなことを言いながらも春山自身の表情も浮かない感じがしたのは何故なのだろうか?

 と、思い始める頃には目的地の病室に辿り着いていた。


「いい? それっぽい演出を考えてきたのよね?」

「いや、全く」

「うんう……はい? 今なんて?」

「これっぽっちもないよ」

「何しにきたのよ! 重要だって言ったでしょうが!」

「僕が演出するってことは演技をする必要もあるってことだよ? それ、無謀なのを知って……理解した上で僕に頼んだでしょ」

「だっは~! そうだった! かんっぜんに、忘れてたぁあああ!」


 嘘だろ、よっぽど春山がこの案件はやった方が良かったんじゃないか?


「どどどど、どーすんのよ! いや、ごめんなさい! そもそも巻き込んだのわたしだったぁあああああ!」

「まぁ、要は刺激になればいいんだよ。きっとね」

「な、なにかあるの? まぁ、夏川の情報収集をする癖みたいなのが今回は役に立ったかな」

「なんそれ?」

「とにかく、僕がサインを開いていいよ。って、言うまで春山はサインを開いたらダメ」

「ん、んんぅ? まぁ、分かった」


 まぁ、ここまでは作戦通りだが……後に関しては正直、完全に賭けみたいなもんだ。

 直近の記憶かつ、一番鮮明に残ってくれているであろう思い出に勝敗はかかっている。


「じゃあ、いくわよ?」

「うん」


 それを合図に僕たちは病室に一歩、足を踏み入れる。


「あら、昨日ぶりですね。こんにちは」

「こんにちは、春山のお姉さん」

「連れれてきたわよ。とがねぇ!」

「えぇ、わざわざお越し頂いてありがとうね」

「いえ、僕も暇人なので」

「ふふっ、面白い人ね」


 さて、まずはこの状態のお姉さんをどのように引き込んでいくか……。


「では、早速ですが。思い出話をと思います」

「アンタ、もっとこう言い方ってもんがあるでしょうが! この、ヘタクソっ!」

「うぐっ!」


 やめて! 分かったから! でも、わき腹にエルボーはダメ!


「宜しくお願いしますね」

「じつは、入院するちょっと前までお姉さんは、その……ぬ、怒留湯さんや僕らがいる釣り部に三日間いたんですよ」

「あら、そうだったのね。本当にわたしったら釣りをしていたなんて」


 それから、僕は釣りのレクチャーから三日間の物語をなんとか上手く伝えていった。それはもう、僕なりには必死に! 必死に伝えたのだが……。


 春山の言葉回しに違和感を感じていたから、僕自身も上手く言えずにいたことがあった。

 決まって春山はこう言っていたのだ――。

 

「アンタは――」


 と、僕の名前を頑なに登場させなかった。実はこれも春山ならこう言う風にしてくれるだろうと思い込んでの行動だ。

 僕自身は一言も春山に対して僕の名前を出さない様に! なんて、ことは言っていない。

 昨日、届いていたサインから春山はこう言っていたのだ――。


【とがねぇが大山の名前を知りたがっているから……】


 そう、このことから僕から自己紹介をすることを望んでいた。


 つまり、僕はあの時に交わした約束じみたヤツ。

 でも、実際に効果があるとは思っていない。なんて、考えが頭から離れなかったりもするけど! あの時の! 他の誰でもない春山湯柑芽ならば――。


 忘れる筈がない! それに賭ける、むしろ……僕の切り札は二つしかないのだから!



「だから改めて、いや……」

「ん? どうされたのですか?」


 ここだ! もう、ここで決めるッ!


「終盤も終盤、結局入れ替わりが発覚して怒留湯さんがお姉さんを連れて帰る前に僕がこう、言ったんですよ」


 スゥ~……息を整える。


「あ、あのぅ?」

「ちょ!? どうしたってのよ!」


 ここで切り札の一つを使用する! 視界をまばらに遮る前髪からゆっくりと瞼を開き、一気に搔き上げる!

 すぐさま、カチューシャで落ちてくるであろう前髪をブロックし――。


「絶対に、僕の名前を忘れたら駄目だ! 後は釣り方も! 僕の名前は大山虚秋(おおやまうろあき)だ。お姉さんの名前は?」


 もう、そりゃあ! とんでもないくらいの自惚れ上等の精一杯の自己紹介!

 この目つきの悪さなら! 嫌でも――。


「……っ!」


 僕の言葉全てを飲み込む様な瞳にほんの一瞬、一瞬だけクルリと、一周する様な感じで煌めきが廻った様な……いや、宿った!


「と、とがねぇ?」

「わ、わたくしは……ね」


 途端、凄まじい速さでお姉さんは俯いてしまう。


「あ……の」

湯柑芽(とがめ)です。ふふっ……変わった人ですね? 前にも言いましたよ、忘れません……でしたね」


 綺麗な、涙が頬を流れながら春山湯柑芽は最高の笑顔を見せた。


「と、とがねぇええええええええええええ!」

「あらあら~、うふふ! もう~ゆーちゃんまで泣いたらダメでしょう?」

「あ……あぁ……良かった。ほんっとうによかっ……」

「あぁ~あ! もう、うろあきくんまで泣いちゃだめよぉ~?」

「えっ!? まじ!」


 とっさに振り向いた春山の視線を阻止する形で僕はカチューシャを取る。


「ば、ばか言わないで下さい! な、泣いてませんから」

 あれれ? お、おかしい! 僕は泣いていたのか? すかさず頬を手で拭うと確かに濡れていた。

 でも、泣いた感覚なんてなかった筈なのに……。


「本当に感謝しかないよ? 大山、本当にありがとねっ! てかさ、サインの件は?」

「あ、うん。見ていいよ」

「なんだろ?」


 そう言って、何気なく春山はサインの通知を確認する――。





 促されるままに私は、なっつーから送られていたサインを確認する。


「あっ……これ」

「まぁ、その……夏川が僕とお姉さんの写真を良い感じに撮ってたからさ、最終手段でそれを~とは、思ったんだけど冷静に考えて効果はないなって考えたりもしてぇ」

「ふ~ん? ゆーちゃんにそんな写真を送ってぇ~? はは~ん? さては嫉妬させようとしてるなぁ~? 悪い子だぁ~」

「え……? あぁ、いやいやいや! そんなんじゃなくてですね!」





 あぁ、なんだ……。

 今になってやっと気づけたことがある。あのお婆さんは亡くなってしまったけど、そもそもあの取引は最初っから犠牲とかそう言うのを生み出すんじゃなくて、私の芽吹きを促す為に奪われた物だったのかな。


 なんて、勝手に都合よく捉えてしまったりしている。


「あぁ、もう……あーしって単純だなぁ」


 そんなことを、二人には聞き取られない様に一人で呟くのだった。


 この気持ちは、まだ……。

 あーしがもっと成長できた時に、それまでは育てることとしよう。










 波乱の土曜日は幕を閉じ、自動的にまたしても月曜日がやってくる。


 大きな問題が一つ終了し、気が付けば夏が始まろうとしている。なにせ、梅雨も明けてしまいこれからが釣り部としての活動が本格的になろうとしているタイミングで春山の大きな問題が一つ解消できたのは非常に喜ばしいことなのだが……。


 両親との問題がまだまだ解決していないことを考えると――。


「おっすー! 大山! 土曜日は大活躍だったみてーだな!」

「おはよう、桐内。別に大したことはしてないよ」


 なんて、いつもの様な挨拶がスタートする。確かに、僕がそんなことを考えた所で意味はないのだが。


「お? 噂をすればはるやまじゃーん! おっす~!」

「おはよう! 桐内」

「おはよう、春山」

「うっ……うん、おはッ! よう!」

「おん? なんか、春山? 顔赤く――」


 スパァン!


「おんぎゃああああああ!」

「うっさい! ばかぁ!」

「相変わら……」

「あっ、もしかてぇ~?」


 すっかり黒くなってしまったと思い込んだ黒髪の内側にソレは潜んでいた。

 かつてのトレンドカラーと言ってもいい、ピンク色……。


「いちおう、インナーカラーでピンクにしたの! 許可は貰ったやつだかんね! あ、後ね!」

「お? おう?」

 すかさず、春山が僕の方に手を置き、耳元で――。

「最初に見て欲しかったんだよね」

「お、おお!」

「じゃね! なっつーのところ行ってくる!」


 どうやら、あの様子だと少しは両親とも進展があったらしい。


「よく、頑張りましたね。大山」

「え? あ、うん。そうかな?」


 そんな、冬梅からのお褒めの言葉を授かることもできた。いや~、一件落着! と、なりたいところなのだが……。

 じつは、お次の問題は既に動き出しているようで……。


「次は、鳴瀬川に情報が筒抜けな問題に取り掛からないといけないのか……」


 そう、これまで筒抜けになっていた鳴瀬川問題にそろそろ本腰を入れなければならないだろう。

 その犯人も大方、判断ができたって言うのも大きい。


~僕の名前を忘れたら駄目だ!【Ep.春山怒留湯編】 END To be continued~

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