第48話 前髪君の名前が知りたい【Ep.春山怒留湯】
なんだろう……? 私の身体が揺さぶられている様な感覚がある。
「――なさい。」
「んぅ~?」
「起きなさいよっ!」
はっ! 何事かと目を覚ませば、そこにはとがねぇと私だけの空間――。
「やっと起きましたか。まったく、そんな場所で変な姿勢で寝てると痛めますよ」
「あっ! とがねぇ!? き、記憶は!?」
そ、そうだ! あーしは確か……自分の『恋心』を犠牲にした筈だ! あのお婆さんが言って通りならば、ひょっとすると……。
「お生憎様ね。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ何かが流れそうになった? みたいなのはあった様な気はするけど、それだけよ。進展はナシ」
あぁ……なんだ。これがまぁ、現実ってヤツだろう。
世の中そうそう上手く行かないのが当然だし、きっとあのやり取りも夢か、疲れとかから来たそう言うアレだろう。
「ねぇ、妹さん。柏木さんと怪しい取引をしてたでしょ?」
「えっ? も、もしかして聞いてたの!? 寝たふりしてたの!」
「い、いや……途中からだけどね。そのー、恋心を犠牲に私の記憶を取り戻すとかなんとかって言ってたでしょ?」
「ゔっ!」
「でも、不思議でね? その後は不意にこう……何かが流れた? みたいな感じと共に意識も落ちたのよね」
「あっ! それは同じかも!」
いや、待って……そのやり取りを知っているってことはつまり――。
ちゃんとした現実だったと言うことか! だとしたら私は見事に外れを引いたことになる。
「ごめんね、とがねぇ……恋心くらいじゃ残りの五割を引き当てれなかったよ」
あれ? あれれ? おかしいな……ぽろぽろと雨粒が私の手のひらに零れ落ちている。
「あれ? あれ……れ? へ、変だな! あーし泣いてる!? ま、まいっちゃう……よねぇっ」
「馬鹿なことをしたとは思うよ。でも、一つだけ確信を持てることはある」
もうだめだ、嗚咽が止まらない。変な呼吸の仕方をしている私に言葉を発する余裕は残っていない。
「ゆーちゃんって読んでいた様な気がする。ううん、これは確信でゆーちゃんは私のいもうと」
優しく、優しく……とがねぇの温もりが包み込んでくれる。
そっと、抱き寄せられた私は不思議と溢れ出ていた良く分からない涙を止ませることができていた。
乱れていた呼吸が、言葉にすらならなかった嗚咽が、ぐちゃぐちゃな感情が……。
何もかも穏やかに消化されて行く。
「ぜんぶ、ぜんぶゆーが悪いんだよ!? なにもかも」
「ううん、違う。おねぇちゃんがちゃんとお姉さんをしないのが悪い!」
「え?」
「だから、おねぇちゃんがちゃんと! ゆーちゃんの為になんとかするから! ゆーちゃんを助けるから! ちゃんとお姉さんをやるから! だいじょうぶ!」
「とがねぇ……」
もう、それしか言えなかった。
記憶をなくして私よりも大変な状況になっているとがねぇが、記憶をなくしても尚、お姉さんを担うと言っているんだ。
「それとね、こんなお願いはどうかな~? とは、思うんだけどゆーちゃんのお友達に地味な子、前髪で顔を隠してる男の子がいたでしょ?」
「もしかして、お――?」
と、私が名前を言おうとした瞬間に両手て塞がれる。
「多分!? その子だと思うの。でも、まだ名前は言わないで! なんでかな? それがすっごく重要な気がしててね。明日、その子を呼んでくれないかな?」
なんとなく、不思議な感じであるけどこれがもしお婆さんの言っていた『きっかけ』になるのであれば、私はそれに賭ける!
あはは……結局、あーしは頼ってばっかりだなと、実感もする訳だけど。
「わかった、聞いてみる」
「あと! ゆーちゃんと前髪君だけでこの病室に来て欲しい!」
「いやいや、お母さんとお父さんも来るでしょ! 一緒なんだから!」
「ダメ! あの二人は絶対、会話の邪魔するでしょ! だから、足止めがいる」
「えぇ~、そんな無茶をいわんといてや~」
「ダメ! これだけは、無茶してもらう。迷惑だろうけどお友達を上手く活躍させて?」
「んな、一方的な……」
「これで、取り戻す! 取り戻してみせるから! ね?」
「うぅ~……わかったよ~」
すごく新鮮な姉の姿に、おねだりに……妹としてはもうタジタジな訳でして……。
なにより、本当にとがねぇが記憶を取り戻せそうな確信がある。
勿論、理由なんて分からないけど! その為ならば私はあーしとして! 培ってきた今までの自分の変化に答え合わせをする時だ!
「あ! 前髪君に言うならね? 演出が大事って言ってね!」
「も~! めちゃくちゃ言うやんか~!」
あ~、でも改めて感じることがある。大山の名前を、姿を、声を、どんなにイメージした所であーしの内側には何も響かない……。
どうやら、しっかりと食い散らかされたらしいことだけは理解できる。
残酷な現実を知り、僕は一人何もできないことに項垂れていた。
半ば強引に占領した”自称自分の部屋”に閉じこもり時刻は二十二時頃くらいだろうか? 正直、時間を確認する気すら起きない。
「はぁ、どうしたもんかな」
僕にとってこの週末は非常に抜け殻みたいな二日間が待ち受けている。そんな気がしている。
「ん? 誰からだろ」
いつの間にか届いていたサインの通知をノロノロと確認する。
「は」
【依頼、明日も病院に来てください。とがねぇが……】
いや、まて! 全文が見えん! と、言うことは長文か?
急いでサインの画面へと移行する。
【とがねぇが大山の名前を知りたがっているから、なんか演出が大事だってさ。後、両親の足止め役も必要ってことでそっちはあーしが手配した。時間は15時ね!】
【分かった】
ふむ、なにやら作戦が動き始めた模様。しかし、内容はシンプルなのだが名乗る演出とは――。
~前髪君の名前が知りたい【Ep.春山怒留湯編】 END To be continued~




