第42話 自分の価値 【Ep.春山怒留湯編】
自宅へ帰宅後、すぐさまいつも通り愛猫をなでなでしている最中でふと、スマホを取り出す。
「ん、なんだろ」
見ると春山からメッセージが来ているではないか。えーっと? 何々……。
「は? なんだって……」
サインの画面を開く作業すらしないでもこと足りる通知メッセージ。もう、それだけあれば僕が即座に家から飛び出すには十分なお誘いだ。
【とがねぇ、高熱が出ちゃった。病院来れる?】
なんだよそれ! なんなんだよ!
既に財布だけ持ち出して、勢い良く玄関から飛び出す。
「ととっ……返信しないと」
【すぐ行く、場所は】
数秒で既読が付き……
マップが添付される。その瞬間、自転車に跨りルートを分析し、とりあえず目指すは三津浜駅だ。
グルリッ! と、勢い良くペダルを空転させ漕ぎ出し易い位置にペダルを調整し、そのまま一気に走り出す――。
電車に乗ってしまえばなんてことはない。
瞬く間に松山駅へ到着し、徒歩で約五分程の道程を更に早足で進む。
「えーっと、市民病院の四階スタッフステーションだったな」
ゆったりと進んで行くエスカレーターに身を任せていると、見知った顔が現れる。
本人は何処か上の空らしく、僕の存在に気づいていない模様。恐らく相当精神的に来てるのではないだろうか。
「おーい、着いたぞ」
「えっ……?」
焦点すら合っていなかった瞳は、ようやく僕が歩み寄ったことで初めて僕を捕捉する。
「あ、あぁ……大山じゃん。ありがとう」
「いや、呼んだのお主だぞ」
「早かったから、驚いてて」
あぁ……コレはあれだな。あんまり彼女の顔をまじまじと見るべきじゃないなと、判断する。
泣き腫らした瞼は赤く、とてもじゃないが軽口を叩く気すら起きなかった。
「面会は?」
「流石にとがねぇ自体の容態が良くないから、ダメだよ……」
それでもなお、春山は僕に悟られまいと笑顔を振りまく。
「そっか、それで僕は何をしようか」
「うん……あれれ? ごめん。ご、ごめんねぇ」
途端――。
溢れ出んばかりの涙が春山の頬を伝う
「うっ……うぅ! ごめん、ごめんなさい! ごめんなさい、おおやまぁ! うぅ!」
「僕に謝る必要なんてないよ。僕はここに来たくて、ここにいる」
それでも、春山はすぐに表情を持ち直す。
「なんそれ、ズルい」
「ですかねー」
「ここじゃ迷惑だろうから外、出よっか」
「お供します」
飲み物片手に二人してテラスに向かい、ただ静かな時間が数秒ほど経過する。
テラスに立ち、一口目のブラックコーヒーを口に付け出す頃……。
「なんにも、聞いてこないんだね」
「ん、まぁ別に僕から聞き出す様なもんでもないし」
「怒らないの?」
「なんで僕が怒るのさ、怒る理由ないし」
「優しいね。大山は」
「春山がそう思うなら、春山からしたらそうなんじゃないかな」
「ふふっ、やなやつー」
再び、沈黙――。
「私ね、親の言うことをちゃんと聞く人になろうって思う」
ま、まさか……ここにきてその話題がきてしまうか……マズい、本来ならばこの話題は明日に冬梅と決行する案件。
ど、どうする! しかし、変に遮るのもおかしな話であってこのまま進めるしか……。
「続き、あるでしょ。そのまま続けていいよ」
「あ~、うん。さっきまでね、更にお母さんに怒られちゃったんだ」
「なんて怒られたの」
「アンタのせいで今までしてきた湯柑芽とお母さん達の努力は無駄になった! って、言われちゃった」
どうして、そんな悲しいことを言ってしまうんだろうと、純粋に思ってしまった。
確かに、春山自身に落ち度があったのも間違いではない。
ないんだけども、それにしたってこんな結末を望んでいた訳ではない筈だ。
僕には家庭の事情って奴が全く理解できていないのも分かっているし、口出しする様な立場でもないってことは知っている。
「春山だって、努力をしてきたんじゃないのか」
「ううん、私ってね。確かに今までなーんにも努力なんてしてないんだよ」
「料理、かなりの腕前でしょ。努力なしに身に着くモノじゃない」
「はは……褒められたことなんて一度もないよ。料理くらいで、さ」
「地味だった自分を変える為に、自分自身の見た目だって変えたじゃないか」
「それだって親の反対なんて無視して勝手に自分で押し通しただけに過ぎない」
違う! ちがうッ! そうじゃないだろ、料理を頑張ったのも、見た目を変えたのだって! 他の誰でもない、家族に自分の価値を見出したかったんじゃないのか!?
「違う……でしょ。春山が、君自身が行ってきたことは全部、自分を知って貰おうと足掻いて藻掻いて必死に! 姉だけじゃなくて自分に関心を持って欲しかったからじゃないのか?」
「うっ……うるさいなッ!」
そうして、彼女は震える声を振り絞る様にして発しながらそっぽを向く。
~自分の価値【Ep.春山怒留湯編】 END To be continued~




