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第33話 自分が壊れていく【Ep.春山怒留湯編】

鍵っ子です。


仕事でもブラックコーヒーは必ずと言って良いくらいに飲みます。

 その後、病院に運び込まれた姉はすぐさま手術室へと吸い込まれて行った。


 その後、手術室の上にある『手術中』の文字が点灯する。


 その文字を私はただ、壁際に設置された長椅子に座ったままボンヤリと眺めていた。

 やはり、何か良くないことを自分は知らぬ内にやってしまったのでは……?

 

 勝手に親の相談なしに連れ出したのは、事実だし責任は私にあるのではないか? 代償、代償、代償……。


 そんな言葉が脳内を支配するが、ソレをすぐさま振り払ってはまた出現して、それを繰り返す。


 で、でも私は直接何もしていない筈だし悪者なわけない! そう、自分に言い聞かせる。


「……にが、あったのよ……」


 不意に、お母さんが何かを言った。


「な、なによ。お母さん」

「何があったのよっ!」


 声量自体はさほどでもない……。


 しかし、それを補う程に表情は恐ろしく……


 まさに、鬼の形相だ。


「し、知らないわよ。とがねぇがお風呂に入ってただけ!」

「それ、だけ……? それだけなら、こんなことにはならないでしょう?」

「あーしに八つ当たりすんな! 足を滑らせて、転倒したんじゃないの? あーしだって、知らないわよ!」


 そ、そうだ! お風呂場での転倒はあーしのせいじゃない!


 だから、問題点はあーしにはないっ!

 そうよ! 寧ろ、あーしは助けた側なんだから!


「つか、感謝して欲しいくらいなんですけど! あーしが気づいてなかったらもっと大変なことになってたかもなんだよ?」

「そうね」


 酷く、冷たい声音でお母さんからは全く自分に向けて感謝を告げる気はない。


 そんな、意思が感じ取れた。


「はぁ!? それだけ? マジであり得ないんだけど!」

「うるさいわね。マジであり得ない? そんなの、お母さんが言いたいセリフよ」

「何いってん……」

「とがめはね、私かお父さんが言わない限り、お風呂なんて入らない……そう言う子なのよ」


 そう言ってお母さんはあーしだって、実の娘なのに……睨みつけている。

 ここにきて姉の言いなり体質が仇となった。


 つまり、母親からも父親からも今回のお風呂に関しては矛盾となってしまう。

 そうなれば、必然的に妹である私が間違いなく何かをした! と、言うことが両親目線でも成立するのだ。


 とがねぇの“なんでも言うことを聞く”は、ここまで折り紙付きなのだ。


「なに? あーしがとがねぇをお風呂場に入れさせただけでも、問題なわけ?」

「実際に問題が起きたから、こうなってるんでしょう! 親の言うことを聞かないだけでは飽き足らず、実の姉まで殺す気だったの!?」

「ちがっ……あーしは……そんなんじゃ、ない」

「なにがあーしよ! 訳の分からない一人称まで使って! 真面目に言うことを聞いてるとがめの邪魔をしないで!」


 どうして……なの? いつも、いつも!


 あーしは……


 わ、私はっ! なんでもかんでもすぐに言いなりにやるんじゃなくて!


 自分でも考えたりしながらもっと、視野を広げたいだけなのに!


「どうして? そんなにお母さんやお父さんが言うことは絶対に正しいの? 私はわたしなんだよ? なにもかもを言いなりにさせて! そんなの人間じゃない! 操り人形よッ!」

「いい加減にしなさいっ!」

「うるさいっ! 親なんて言いながらあーしのこともとがねぇのことも、なんも知らないクセにっ! 大っ嫌いよ! お母さんもお父さんも!」

「何処に行くの! 待ちなさい!」

「うっさい! ほっといて!」


 ここが、病院であることすら意識するのさえ忘れてしまう程にお互いがヒートアップしている。

 このまま言い合いをしても良くなるばかりか迷惑になる。


 なにか――。


 そんな気の利いたことなんて、私ができるわけない。ならばいっそ無理矢理にでも終わらせてやる!


 長椅子から勢い良く立ち上がり、瞬く間にその場を離れてやる。


 二度と振り返ることなく、あーしは自動販売機が置いてある病院のロビーまで駆け抜けた。


「ハァ、ハァ……さいってー!」


 なにもかも、全部! 自分達が全て正しいと思い込んでいる両親には心底、腹が立つ!

 何かを言うたびに、それはこうなる、アレは駄目だ、貴方にはできないとか! やることなすこと丸々全部! 否定から入ってくる!


 自動販売機に硬貨を乱暴に突っ込んで、二ツ矢サイダーを買う。


 ガコンッ!


 と、飲み物が落ちてくる。

 それをあーしは間髪入れずに流し込む!


 ゴクッゴクッ!


「かぁ~! 喉いったーい!」

 お行儀は悪いけど、あーしはそのままふらふらと行く当てもなく、病院内を彷徨い始める。



 最初からあーしだって、こんな一人称だったわけじゃない。始めは……






 ゆーちゃんはね! ゆーもやる! 


 そう、最初はそんなだった! お姉ちゃんはとっても優しくて、頭も良くて、なんでもできちゃう、そんな人だと思っていた。


 でも、中学生に上がりたての頃からお姉ちゃんは私の理想から少しずつズレて行った。

 【全身性エリテマトーデス】突如として、お姉ちゃんは難病を患った。

 夏の陽射しにあてられて、日焼けだと思い込んでいたけど皮膚の赤らみ方が凄く不気味だったのを覚えている。


 例えるならば、それは蝶……みたいな感じ。

 

 それから、お姉ちゃんはすっかり変わってしまった……。

 病院の先生が言っていることを守り、次第に両親の言いつけも必ず守る様になって行った。



 子供ながらに、私は思ってしまった。

『なんで、元気そうなのにそこまでして真面目に言うことを聞くんだろう? しんどくないのかなぁ〜』


 そして、その想いはどんどんあーしを変化させた。まるで、人形の様に過ごす姉を見るたびに悲しくなって、その度にゆーと言う存在は姉や両親の関係に嫌悪感を抱き始めた。


 両親はあーしが提案する物、全てを否定し、言いなりの姉ばかりお世話する。

 あーしが欲しい物は買わない癖に、お姉ちゃんは新しい本や新しい髪飾り、とにかく新しい物をバンバン買い与えていた癖に、だ。


『わかってる……頭ではわかってる!』


 でも――くり抜かれたなにかは、簡単には埋まらない。


『ゆーはお姉ちゃんの為にも、しっかりお勉強するのよ?』

『ゆーはお姉ちゃんに恥ずかしくない様に、立派な品のある女性になるのよ?』

『ゆーはお姉ちゃんの為に、良い会社に入って沢山お金を稼ぐのよ?』


 お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!


 口を開けばなんもかんも姉の為だと!? 


 呪いか? 呪言か? 







 あーしの人生は姉に捧げる物じゃない! どうして基準を姉にしないといけないの!?


「あーしはわたしで、とがねぇはとがねぇでしょ?」


 やりたいことがある! 勿論、とがねぇを見捨てる気なんてない。

 とがねぇだって、できることがあるはずだし、やっと進み始めていた。


 あーしはお姉ちゃんの為になんて全てを関連付ける気はない! それが愛情だというなら――。


 そんな歪んだ愛情はいらない。


「あーしに対して、両親が捧げる愛情はそんな歪んだ愛情を注ぎ込む道具にする為?」


 自分は自分としての人生を楽しみたいし、とがねぇにもとがねぇの人生を楽しんでほしい。


 それすらも、あーしの考えは間違っている! と、両親にはおそらく言われるだろう。


「ははっ……なんだコレ、こんなの抜け出せないじゃん……ははっ! あはははははは!」


 所詮、わたしは子供で両親の前で何かを言った所で意味を成さないじゃない……。

 今度はくり抜かれた周りにヒビが入る様な感覚、そこからじわりじわりと、なにかが注ぎ込まれて行く。


 わたしが抵抗したって、なにかが変化した例なんてありもしない。

 わたし一人が反対した所で、なにかを阻止できた試しもない。

わたし一人が奮闘した所で、何一つ結果を生み出なさい。


 もう……。


 諦めてしまおう、楽になろう。








 足取りなんて分からない。

 最早、わたしは思考すら捨てたのだ。


 ゆーはお姉ちゃんの為に両親の言いつけを守るんだぁ〜! あはは!


 ゆっくりと歩みを進めて行く内に、姉が手術を受けているであろう手術室のある通路まで直線すれば辿り着く程の辺りまで戻っていた。


 と、同時に誰かがすぐに駆け寄ってきた。


「ゆー! 一体、何処に行っていたんだい? 電話にも出ないし、急いで! お医者さんからお話があるみたいだから」

「わざわざ待ってもらってるのよ! 早くなさい!」

「ごめんなさい、分かりました」


 




 しばらくして、姉が手術を行っている場所まで戻って来る。

 良く周りを見渡せばいつの間にか父親もいるし、手術中の文字も暗くなっていた。

 自分など居なくとも、色々と進んでいたみたいだ。


 そんなことを無意識に思い始めた頃――。

 手術室から、お医者さんが顔を覗かせた。


「え〜、幸いにも命に別状はありません。二、三日すれば意識も回復すると思います」

「良かったぁ〜、本当に良かった! 先生、ありがとうございます!」

「娘を助けて頂き、本当にありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 あぁ、良かった。これで一安心だ。


「ですが、春山湯柑芽さんの件で一つ気になることがございまして」

「そ、それはどういったものなのでしょうか?」

「はい……今回、お風呂場で倒れていた件ですが、どうやらヒートショックによるめまいなどから転倒したと思われます」

「ヒートショック? ですか……」

「そ、そんな……」


 聞き慣れない単語だ。

 なんだろうか、『ヒートショック』なんて言われてもゆーには分からない。


「外を出歩いたとかは、心当たりは御座いませんか? 特に今日は一時的に大雨となりましたし」

「いえ、娘が外に出るなどは考えられません」

「妻の言う通りですね。湯柑芽は言いつけを守りますので、勝手に外に出るとは……考えられません」

「だとしたら、ヒートショックが起きるのはあり得ません。寒暖差によってヒートショックは起きますので……本当に心当たりはございませんか?」

「はい、本当にありません。家でヒートショックが起きるとも考えにくいですし……」

「まさか!? とがめが一人で雨の中を出歩いたのかい!?」

「これは、あくまで予想になりますが〜……出歩いた拍子に雨で濡れて、急いで身体を温めようとした、などは考えられないでしょうか?」



 寒暖差、雨、ヒートショックの原因……。


 全てが繋がってしまう。


 間違いない――。

 釣りの最中に姉は雨で全身ずぶ濡れになっていた。


 寒暖差の理由……。

 それは、釣りに行かせた……行かせてしまったわ……。


 わ、わたしのせ、せいだ……。

 あぁ……やはり、結局はこうして答え合わせが来るんだ……。


「あ、あぁああ……だって、だって! こ、こんなっ! こんなことになるなんてしら、知らなかったのよ!」


 気が気じゃない、狂いそうだ。

 最早、わたしはなんだ? ゆーなのか? あーしなのか? 

 そもそも、一歩間違えればわたしは――。


 人殺しだ……。


「急にどうしたのよ? ゆー? ねぇ、ゆー⁉ ゆーちゃん!」

「ま、まさか……ゆー? 君がなにかをした、のかい?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 壊れた機械みたいに、わたしは……

 歯をカタカタと震わせながら、何度も何度も謝罪を続けた。


『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』


 知らなかった……本当に知らなかった。


 嘘じゃない……。


 嘘じゃない! まさか、雨に濡れて身体が少し冷えたくらいで、ヒートショックとやらが起きるなんて知らなかった!


 わ、わたしは……ヒートショックの存在すら、知らなかった。


「とがねぇが……初めて、初めて! わたしにお願いをしてくれたんだよ? だから、だから……だからぁ」

「お、落ち着いて! お家でゆっくり話そう? ね

? そうしよう! ほら、行こうか」

「ウチの娘が、大変ご迷惑をお掛け致しました。申し訳ありません。今日はこの辺で、帰宅致します」

「は、はい……お気をつけてお帰り下さい」






 上も下も、右も左も分からない。


 歩いているのか、立っているのか、座っているのか。


 あぁ……ただ一つだけ分かることがある。


 わたしは、とんでもないことをしてしまった。

 とがねぇが、わたしの話す部活での出来事を凄く羨ましそうに聞いていた。

 とがねぇは、わたしがいろんなことを話す内に、どんどん明るくなっていった。

 

 そうして、初めて! とがねぇ自ら、わたしにお願いごとをしてくれた。






『お姉ちゃんとこっそり入れ替わらない?』

『なっ、えっ!? どうしたのよ、急に!』

『ゆーちゃんが気になるって男の子、お姉ちゃんも見たくなっちゃった!』

『そ、そんな理由でぇ!?』

『そ、そんな理由で〜! だから~、おねがぁい!』

『し、仕方ないわね! 晴れ間のタイミングなら替わってあげるわ! ただし! 放課後だけよ!』

『やったぁ〜!』


 正直、わたしも面白いな〜なんて、思っていた。

 大山や他のメンバーが私達の入れ替わりに気付くかな? とか、とがねぇから見てアイツはどう映るかな? とか、ワクワクしていたんだ。


 しかも、それが上手く行くもんだから姉妹揃って調子に乗り始めた。


『ね〜、ね〜! ゆーちゃん?』

『また、悪いことを企んでるわね?』

『うふふ〜! ここ三日間はね? 晴れ間なんだって~』

『はいはい、それで何かしら?』

『ゆーちゃんみたいに? あーしも釣りがしたぁい!』

『だと思った! いいんじゃない? やってみましょ!』

『やったぁ〜! ゆーちゃん、ありがとうね!』


 結果を知ってから後悔した。


 こんなことを姉にやらせなければ良かったと……。


 まさに、後悔先に立たず――。


〜自分が壊れていく【Ep.春山怒留湯編】 END To be continued~

のんびり投稿……いや、そんなレベルでは無いくらいにゆっくりペースですが進めて参ります。


少しでも皆様に刺さる何かがあれば幸いです!


では、次回の更新でもお会い致しましょう!

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