第31話 繋がっていく【Ep.春山怒留湯編】
鍵っ子です。
霜取りをしていたら、腰が痛くなりました。
あの変化の仕方は尋常じゃない! な、何か手段はないか!? なんでもいい!
とりあえずは何処か、雨宿りできる場所だ。
「本格的に降り出す前に、避難しよう! どっか雨宿りできる場所はなかった? 桐内」
「え? 雨宿りつっても、俺もここら辺に詳しくないしなぁ」
思考を巡らせろ! こう言う時こそ、僕の力が役に立つ時だろう。
思い出せ、ここに来るまでに何があったのかを。
「あっ! 雨宿りなら、公園の公衆トイレならできるかも!」
「さっすが! 春山だ! この辺に住んでるだけのことはあるな!」
「急ぎましょう! とにかく竿をまずは片付けないと!」
「あたしは片付け終わってるから、木下先生に連絡してみるね!」
カシャリカシャリと振り出し竿を縮めて行く。仕掛けをカットする動作、ラインを巻き取る動作、どれを取っても時間がかかる。
まさに、エサ釣り一番の弱点だ。
リールをロッドから外そうとした、そのタイミングでポツリポツリと雨粒が降り出し始める。
「やばいやばいやばい! 洒落になんねーぞ!」
「降ってきた……まだ、片付け終わってない」
「最悪、濡れるのは覚悟の上よ! まずは、竿を先にロッドケースに入れましょう!」
そして、ロッドケースに竿をしまう頃――。
とうとう、本降りが僕たちを襲う。
しかも、たちが悪いことにめちゃくちゃ冷たい雨だ。
「ちくしょう! 降ってきやがった」
「うわぁ……全身が濡れる。しかも凄い雨量だよ」
「そんなこと言ってないで、急げあほー!」
まさに、豪雨だ。体感にしてほんの二、三分であっという間にずぶ濡れだ。
ズドーンッ!
「ヒィ!」
「雷だー!」
「早くいくぞー! 走れ走れー!」
「春山、走れるか?」
「う、うん……大丈夫だと思う」
一斉に駆け出すも、やはり……
異常な程に春山の速度が遅い。
なんなんだ? 本当に春山がおかしいぞ?
この人は今、まともに走るなんてことができないんじゃないか。
「おいおい、春山! 足遅すぎるぞ!」
「うっちー! ぬるちゃんのペースに合わせてよ!」
「そうだよ! 自分一人だけなんて、駄目だよ!」
仕方ない……明日はどうせ土曜日で休日だ。
筋肉痛に悩まされるだろうが、構うものか!
「春山、僕の背中に! おぶっていく!」
「えっ、え? い、いいよ! 別に、恥ずいし……」
「そんなこと言ってる場合か! 早くしろ!」
あまり意味はないかも知れないが、僕が着ていたフード付きの上着を春山に渡す。
「とりあえず着て! んで、僕がおぶる!」
迷う暇なし! すぐさま僕は、春山に背を向けたまま屈み込んで待機する。
「ぬるちゃん! 急ぎましょう!」
「ぬるちゃん、みんな風邪ひいちゃう!」
「雷だって油断できない! 春山!」
「任せて、絶対に落としたりはしないから!」
しばらくの沈黙、後に――。
優しく、僕の背中に心地良い重さが重なる。
「よし! しっかりと掴まれよ!」
「ばかっ……」
そう言って、彼女は小さく僕の耳元だけに聞こえる声で小言を言った。
公園までの距離はさほどないはずだが、僕だって運動が得意な人間じゃない。
豪雨で視界は悪いし、道も濡れているし、何より人を背負っている。
万が一、転倒なんてしたら……僕は泡を吹いて倒れるだけでは許されまい。
更に雷の恐怖もある為、一秒でも早く公衆トイレを目指すしかない。
正直、本来ならば女の子をおんぶするなんて中々ない状況かも知れない。
しかし、堪能する余裕も感想を述べる隙さえありはしない!
僕の支える両腕が時より雨によって滑りそうになる。
そうはさせまい! と、軽くジャンプを挟みながら位置を修正しては、走り出す。
「ハァ! ハァ……もう少しだぁ!」
「やまっちー! ふぁいとぉー!」
「もう……はぁ、はぁ! すこ、しですよ! 大山」
「わがっでる!」
やっとの思いで、目的地に到着する。
ゆっくりと、春山を背中から下ろす。
「だっはー! な、なんとかぁ雨宿りできるな」
「そう、言えば……木下先生は? どうなりました? なっつー」
「あぁ〜、それが電話でなくてー……っと! きたきた! あっ、せんせー? もしもし……」
夏川が会話をしているさなかで、僕は別の心配ごとに目を向けていた。
「大丈夫か? 春山」
「えっ、えぇ……大丈夫」
嘘だ、明らかに顔色が悪い。それこそ、フード越しからでも分かるくらいに顔面蒼白だ。
素人目に見ても、重大さがはっきり分かるレベルだ。
かと言って、着替えなどもない。
更に言ってしまえば、僕は次に彼女にかけるべき言葉のデッキが存在しない。
「ぬるちゃん? すごく顔色が悪いよ?」
「う、ううん! そんなことないよ、りあちゃん」
「で、でも……本当に大丈夫?」
「お? なんか、すっごく冬梅心配してるな?」
「気のせいならいいんだよ? でも、様子がおかしいって言うか……」
「そうなのか? 春山? 俺にはよく分からんが、雨に濡れただけだろ?」
「平気よ! 桐内が言う通り、雨に濡れただけなんだし! 心配し過ぎ!」
「おいおい、そこら辺にしろよ~。余計に春山が消耗してる」
なるほど、これがよく視ている者と視ていない者との差か……。
「はーい! じゃあ、先生よろしくお願い致します~」
丁度、タイミングよく夏川と先生の通話が終了したらしい。
「んで、どうだった? 先生はなんだって?」
「すぐに迎えに来てくれるってさ!」
「たすかったぁ~! 先生、マジで感謝しかない!」
「木下先生、すごく頼りになりますよね」
「なんだかんだで、面倒見はいいと思う」
異常、ありえない程の違和感。
いつもならば間違いなく春山が介入してくる場面。
しかし、彼女は静かに俯いたままだ。
ふと、ズボンのポケット辺りを引っ張られる感覚が襲う。
「ん?」
指先の主は、冬梅だった。
「明らかに、ぬるちゃんの様子がおかしい」
「分かってる」
「心当たりがあるんじゃない?」
そう言って、僕にしか聞こえない位の声量で冬梅は的確な決め打ちを叩き込んでくる。
しかしだ、この件に関しては僕もさっぱり分からない。
そもそも、冬梅ならもう理由に気づいているんじゃ……?
なら、僕の選択肢は――。
「ごめん、今回ばかりは僕にもなんとも……」
僕は無表情、ハリボテの様に変化のない面で冬梅に挑む。
「左右に二回、目が泳ぐ。はぁ~、でもいいよ今回はこれ以上は追求しない」
「はっ! え? 本当に知らないからね」
「はいはい~。後、別に目は泳いでなかったよ? でも、動揺し過ぎかな」
なっ!? この人マジか! これじゃあ、露骨に反応したのがバレバレじゃないかよ!
心理戦とかやらせたら本当にこの人に勝てる気がしない……。
これは、冬梅に警戒をさせ過ぎた僕のミスだろうな……本当に僕は何も分からないんだがきっと彼女は何かを掴んでいると勘違いさせてしまった。
そして、そんな会話をしてからしばらくが経過した頃合いで……。
「おーい! おまえら、大丈夫か!」
「救世主だぁあああ!」
「ひゃっほーい!」
「な、なに馬鹿な……って! まてまて! ずぶ濡れじゃないか! まって、本当に待って! 座席にタオル敷くからぁああああ!」
いつも通りガムをクチャクチャ噛みながら先生が颯爽と?
車内に僕達をご招待してくれるのだった。
「ふっふ~、お前たちぃ? 私がデカい車に乗ってて良かったなぁ~」
「すごく助かりました。ありがとうございます」
「せんせーだいすきぃー!」
「先生! 今度ジュース奢ります!」
「できる女性だと思いました」
「おうおう! それはそうと、今日はタヌ……つぶあんは一緒じゃなかったのか?」
「「「「あっ!」」」」
確かに、あれ? アイツはどこに行った?
まぁ、自然界で雨に濡れるなど日常だろう。
「ま、まぁ? 気が付いたらいなくなってたし?」
「なんだかんだで、賢い子だしね~」
うんうん! と、一人を除いて納得していた。
「おや? 春山、どうかしたのか?」
「え? い、いやだなぁ~先生ったら! あーしはいつも通りなんですけど~」
「お? おぉ……なら良いんだがな」
自然と後ろにいる女子グループの方を見ていた。
「おい! 大山、お前って奴は見かけによらずエッチな野郎だな!」
「うんう……はいぃ!? な、なんでですか!」
「くっくっく~、大山よ? この配置がまさか偶然に仕組まれたとお思いか?」
配置だと? 女子が後ろで男子が前……。
なんだ? ドユコト?
そこへ、桐内が耳打ちをしてくる。
「女子は今回、薄着だったろ? つまり、透けて……」
「なっ! 違うぞ! 僕は断じて!」
「ほう、ようやく気が付いたか阿呆め。後で、女子は部室に行って私の釣り用の服に着替えると良い」
「「はーい」」
「あ、あーしは家近いからこのまま帰ります」
「お? まぁ、なら傘くらいは貸しておこう」
「ご迷惑おかけします」
他愛のない会話をする中で、やはり春山は参加をあまりしない。
この異常さ、はっきり言って相当やばいんじゃないかと心配になる。
しかし、そんな変化に僕は安易に踏み込めないと言うことも事実だ。
気が付けば先生の送り迎えも終盤に差し掛かる。
見慣れた風景が車の窓から流れていき――。
「ん? なんだ? 傘を差したまま突っ立てる生徒がいるな……」
「ほんとだ! しかも、正門のど真ん中に? ん?」
今回は正門から学校に入り込もうとした矢先で、謎の生徒が正門を塞いでいた。
「あれ? あの傘って……ぬるちゃん?」
「いやいや、夏川さん? 傘の柄被りくらいあるでしょうに」
「いや、それよりだなぁ! おーい、そこの生徒! 車を入れるから避けてくれないか?」
されど、その生徒は微動だにせず――。
「まいったな~、こりゃあ直接降りて交渉か?」
そんなことを言いながら先生が『やれやれ』と、言った様子でシートベルトを外す頃――。
それは静かに行われた。
堂々と立ち尽くす傘を差したままの生徒は徐に土砂降りの中で傘をたたみ始める。
「な? おい、なにしてるん……え?」
まるで、それは一つの物語が大きく動き出すような、強烈で鮮烈な一瞬の一幕だった。
「おい、嘘だろ? まってくれよ! あれって」
「うん、あたしたちが見間違えるわけないあれは、ぬるちゃんだよ」
「いやいや! 冗談キツいぜ? だってほら、春山はここにいるん……だぞ?」
若干の沈黙、時間に換算すれば大したことはないレベルの沈黙――。
「おい、春山……一つだけ聞くぞ? お前は誰だ」
「……」
車内にいるフードを被ったままの春山は何も語らず。
そして、行く手を阻む者もまた……春山だ。
理解が及ばない、あっちにも春山で? こっちにも春山がいる? なんだコレは?
紛うことなき春山怒留湯の姿がソコには存在している。
長くて淡い派手なピンク髪と、端正な顔立ちはそうそうないだろう。
「あぁ、ゆ~ちゃん……そう言うことなんだね? わかったよ」
そして、ようやくここにきて僕は今までの違和感が何だったのか、それを理解するのだった。
~繋がっていく【Ep.春山怒留湯編】 END To be continued~
遂に春山が二人登場することとなりました。
実はここに至るまで、春山の不自然さがちらほら垣間見える様にしていました。
一体どこからだったのかな〜?
では、次回の更新でもお会い致しましょう!




