第28話 飴と鞭は唐突に【Ep.春山怒留湯編】
鍵っ子です。
好きな飲み物はブラックコーヒーです。
あっ、でもお茶も好きです。あと! 紅茶も好きです!
エナジードリンクはあまり飲まなくなりました。
完全な後出しじゃんけん、この一手が出るまでお姉さんに抱いていた印象が急激に変化する。
両親の言いなり、操り人形、自分の意見を言わない、そして最後のピース……。
身体が弱い――。
つまり、場合によっては言うことを聞かざるを得ない立場である可能性も高いと、言うこと。
「初耳だぞ、なんならそんな要素は一番最初に必要なやつ」
「あはっ! ごめんなさーい! 忘れてたぁ」
などと、お茶目に言いながら春山は三脚に預けていた竿を再び持ち直していた。
僕はと言えば、ひたすらに無意識下でも釣りを続けていた為、唐突に穂先へシャープなアタリが手元にまで伝わる感覚を逃すことなく、巻き合わせる。
「その、お姉さんは元気?」
「え? あ~、うん! 元気、元気! 調子は良いみたいだよ」
その返答に動揺はない。おそらく、元気であると、言う話は信じても良さそうだ。
なら、問題はなんだろうか。
「元気なら良かったよ。元気が一番だろうし」
「う〜ん、その代わりにいざ! 自分を出すってなったらさ……上手くできないってのが問題なんだけどね〜」
「まぁ~、そこは時間と共に慣れるんじゃないかな〜っと!」
そんな会話をしながら、今回の初ヒットとなったキスをまずは一匹キャッチする。
「てか、地味に釣ってるし! あーし、釣れないんだけど!」
「春山に一つ、ポイントをお教えしよう。ズバリ、ヨブを感じ……少し止めて、巻く! を、習得するべし」
「ヨブ? なんそれ?」
「釣り用語、簡単に言えば水中で変化のある箇所を探るんだ」
「またまたぁ~! 実際に潜ってる訳でもないのに、変化なんてわからないわよ?」
「いや、春山自身が意識していないだけで既に変化に遭遇はしている筈だよ」
え? 何言ってんのこの人……。
みたいな表情をしているが、実際に春山はその感覚に気づこうとしていないだけだ。
「引き釣りをしている時に違和感を感じないかい?」
「え? 巻いてるだけじゃない?」
と、言っている傍から違和感によって春山の穂先がグイッと曲がっている感覚を逃さない。
「そこぉお!」
「うひゃあ!? な、なによ急に!」
「今、穂先の感覚と違和感を感じているかい?」
「あーまぁ、確かに重くなってる? みたいな感じはあるけどこれって引っ掛かりかけてたりするんじゃ……」
ほう、つまり今までその感触を根掛かりと思い焦って回収していた訳だ。
いや、まぁ……たまに根掛かりするけどね?
「動かさない、しばらく放置でいい」
「はい? でも、そんなことしたら……ん?」
その矢先、唐突に春山は何かを感じ取ったらしい。
「さぁ、如何かな?」
「うそ!? ヒット!」
半ば、信じられない! と、言った様子で春山は今まで教え込まれた通りに竿先を一定のテンションに保ったまま、安定したやり取りで着実にラインを回収していく。
正直、梅雨時期のキス釣りは雨の影響で土砂降りになったりすると濁りやすくソレが相性最悪なのだ、低気圧自体は魚の浮袋も浮きやすく上がってきやすいなどもあり、爆釣! なんてこともある。
「うはぁ!? な、なんで釣れた? ねね! なんでなんで!」
見事、太陽の光にキラキラと照らされて美しい色合いの中型キスがピチピチと釣り上げられて跳ねていた。
そう、これこそが起伏や障害物など、水中内で変化のある場所を上手く利用できた証だ。
重要なのは仕掛けをストップさせること、それだけで釣果に変化があるのだ。
「これこそ、簡単だけど引き釣りの良さを引き出す応用ポイントだよ。確かに春山が感じていた一瞬重くなるだけの感覚、軽い根掛かりの様な感触、実はそれこそがヨブ! 変化だったのさ」
「でも、なんでそんな所にキスはいるの?」
「キスの習性が関係しているんだけど、ヨブつまりは砂地の起伏やそう言った変化のある部分でエサを求めて群れで行動する」
「なるほどね。この子達って、群れで居るんだ! 知らなかった……あれ、そういうことなら」
何かを確信したのか、再び春山は同じ場所へ向けてキャストする。
「お、その感じは……」
探り当てる様な、慎重かつ丁寧な巻き動作で恐らく変化をしっかりと意識しているのだろう。
「あった、ここだ!」
感じ取った変化のある場所で、一時停止する。
もう、その姿は十分に釣人だ。なかなかに様になっている。
「流石、飲み込みが早いね」
「でしょでしょ〜? きたぁ!」
軽快に、慣れた手つきでリールを回す。スルスルと回収されて行くラインはやがて、オモリの役割を果たしているジェット天秤が水面から見える位置まで上がっている。
それに合わせて自然と魚のシルエットも浮いてくる。
「おー、あと少しだ。いいねぇ、キスが掛かってるよ」
この時点で僕はキスが釣れているのを視認する。
「どれどれ? ホントだ! また、釣れてる!」
その後、十分に抜き上げられる距離まで巻き上げた仕掛けを一気にロッドの長さを利用して引き上げる。
そして、見事な連発を果たす。
「群れでいるというポイントを理解して、再び同じ場所にキャストしたよね? 素晴らしい判断力だよ」
「楽しいっ! 次も釣るぞぉ!」
「引き釣りのポイントはヨブを探せ、だよ。忘れない様にね」
「うん! あーしは今日のポイントを絶対に忘れない!」
おぉ、本当に良い笑顔だ。我ながら釣りにここまで喜ぶ姿を見せられれば、釣りの良さを教えることができたのは非常に喜ばしいとさえ思う。
「ぬるちゃん、私にも釣り方おしえてー!」
「あれ? りあちゃん、こっちに来たの? 桐内となっつーは?」
「いや~、なんか二人ともつぶあんにどっちが多く魚を貢げるか! みたいな感じになっててね……」
若干の疲労感を見せる冬梅が居たであろう場所にいる奴らを眺めると……。
「おりゃあああ! 夏川、お前の力はそんなものかぁー!」
「なにをー! うっちーこそ、あたしの実力を舐めすぎぃー! ていやー!」
あぁ、ありゃ教える云々よりもお話にならない状態だ。
全く……初心者を放置とは許せん。
「何やってんだか……あの二人は、もう……」
呆れた様子で春山は二人を流し目しながらそそくさと、次のキャスト準備に取りかかる。
「いい? りあちゃん、まずはキャストよ! ほら、キャスト!」
「あっ、え? うん、分かった!」
仲良く「えいやー!」「とぉーう!」と、二人とも元気良くキャストし、春山が冬梅とニコニコしながら釣りをしている。
「あーし、実はね? 大山から極意を教わったのよ!」
「極意? ぬるちゃん、その極意を教えて!」
「よかろうー!」
「わー、凄い先輩風を吹かしてる。僕の極意なんだよ?」
「う、うるさいなぁホントにぃ〜! たまにはいいでしょ!」
「まぁ、いいけどさ。せっかくだし、上手く冬梅に伝授してね」
「任せなさい! まずはね、ヨブをみつけるのよ! いい? ヨブが重要なのよ」
「よ、よぶ?」
「ほら、いきなり釣り用語で混乱させる!」
「あんたもいきなり言い出したでしょー! そんなことよりヨブの説明をするわね? ヨブって言うのは〜……」
まさに自由な会話、もっともこれが本来の春山が持っている魅力なのだろう。
楽しい想いを他にも惜しげもなく伝えて行く、そんな明るさのおすそ分けができるのは純粋に春山自身が楽しんでいるからだろう。
「なるほど~! 凄いですよ、ぬるちゃん!? 早速アタリがきました!」
「あーしも、きたぁ!」
二人ともちゃんと釣りを学ぶ為に真面目に取り組んでいるし、飲み込みが早い……。
これならば、海以外の淡水や餌を使わないルアー釣りも楽しくできるのではないか?
梅雨明けにはルアー釣りをするのも良いかも知れない。
何より、虫エサ使わないし。
「みてーみてー! 大山、あーしとぬるちゃんで……」
「「ダブルゲット!」」
なんて、なんて……心地が良いのだろうか。
今までの苦かった……渋すぎた学校生活はなんだったのだろうか。
正直、二人ともかわいいし……なんだコレ? もしかしなくても、最高なのでは!?
この状況、もしかしなくても贅沢なんじゃないか? やだ、凄い! なんかドキドキするー!
「お、おめでとう! 二人とも流石だよ!」
「「いぇーい」」
何ソレ!? ふたりでハイタッチだと! それは反則過ぎませんか?
更に付け加えるとちょっと、春山は背が高いから冬梅が小ジャンプして春山の手のひらに向けてハイタッチした時の仕草&フワッと上がる前髪から見せる素顔……
尊死……あぁ、よきかなー……
「大山! あーしにこんな楽しい部活を誘ってくれてありがとね!」
「大山、私も感謝してるよ。ありがとう!」
「あぁ、凄い……なんかポカポカする」
おぉーん! おぉーん、うぉーん! すーごい報われてる! 報われてるが報われ過ぎてもう、わけわからんこと言い始めてる!
すーごい! 凄い経験してるよ、僕は!?
逆に後から落とされそうで怖いくらい! もう、マジで凄いや!
語彙力すら低下しちゃう☆
「あれ? なんか、大山がフリーズしてる?」
「うーん、この感じは……多分だけど喜んでるんじゃないかな?」
「えっ!? りあちゃんわかるん? それ、すごない!?」
「昔から、人を見る……うーんと、観察したりすることをしていたからかも知れない」
「唯一、冬梅だけが僕の感情を現状では読み取れる存在だね」
「あはは〜……な、なるほどね! そっかぁ、そうなんだね」
「だからと言って、大山を特別な存在だなーとかって感じではみてはないからね?」
「うん、知ってるから。知ってるから改めて言わなくても良かったんですよ? 僕、本当に知ってたからさ」
「あれ? なんか、ダメージ受けてる?」
「多分ですけどこの人は今後、癌になりますよ?」
「え! やばいじゃん! 治療しないと」
いや、冬梅って案外と言うか……容赦ないな。
別にそんな……。
いや、コンビニ弁当ばっかり食ってんじゃん! あながち間違いじゃなさそうなのが怖いんだが……。
「うっ……あながち間違いじゃなさそうなのが怖い」
「嘘でしょ!? それはマジで洒落にならないやつじゃん!」
「え? いや、あの……二人とも? 癌って表現はね、リアルの病気じゃなくてね? えっと……」
おぉ? 珍しく、冬梅があたふたしている?
これは、面白いことになりそうだ。
「リアルでの病気じゃないなら、僕は冬梅にとっては、邪魔な存在でエラーってことかい?」
「ちょちょ……流石にりあちゃんがそんな酷いことを言う訳ないでしょ!」
「へっ、変なこと言わないで! 違うの! そう言う意味じゃなくて、勿論! そんな、酷いことを言いたいんじゃなくてね? あー……うぅ〜」
普段から落ち着いた装いを崩さない冬梅がここまで慌てている姿はレアだ。
ふふふ……今ならば、冬梅の内側が少しだけ見えそうだし、この機会に探ってみよう。
「ふむ、では先ほどの発言の意図を述べ給え、包み隠すことなくありのままを伝えよ、冬梅」
「そっ、それは〜その……」
「ほほう、このカウンターはおそらくだけど、りあちゃんが想定していなかったパターンみたいだね」
「お、大山はね!? なっつーにもぬるちゃんにもさ、 女の子に分け隔てなく優しいから癌だな〜って表現を選んだ。それだけ……です」
「えー……ナニソレ〜」
「あらま、大山選手? つまり、貴方は大罪人と言う可能性もありますよ?」
まてまて! 確かに今の冬梅がゲロった発言は良くない!
だってだって、春山が僕のことを気になるって言ってから一日しか経過していない。
そこに来て、冬梅からまさかの爆弾発言……。
「あっ、いや……そのですね。僕にはそんなつもりは一切なくてですね?」
「つまり? 大山選手は全く身に覚えがない。と、言うことですね?」
「今の発言を忘れたら駄目ですよ! ぬるちゃん、これが癌にならないと言うのであれば、別の呼び方でも構いません。台風の目です」
「いや、僕の立場はどうなってるんだ……」
「はぁ……りあちゃんの言う通り、コレは一発くらいは大きな荒波に揉まれる覚悟をするしかないわね」
一体……このなんとも言えない空気はなんだと言うのか。
夏川と春山をわざわざステージに上がらせる辺り、冬梅も適当に人選をしたわけではなさそうだが……。
かすかに、思い当たる節があるとするならば――。
いや……。
そもそも、二人とも僕が『助けたい』そんな風に自己満足で首を突っ込んだだけに過ぎない。それに、これまで僕が行ってきた解決方法は決して双方が円満に収まる様なやり方でもなかった。
「ごめん、僕の距離感とか接し方が良くないんだと自覚はしている。こう……適切な付き合い方というか、そう言うのが欠如してて経験値が少なくてさ。少しずつ改善していくよ」
そう、これは実際にその通りなのだ。
「あはは……まぁ、うん。いざ、大山と絡んでみると知識は詰まってる感じだけど実践では全くもって上手く立ち回れてない感が強いよね~。そんでもって下心がないってのも厄介」
「ぬるちゃんが言っている様に、大山は平気で内側に入り込んでくる。しかもそれをきっと男女関係なくやっちゃうんだと思う」
なるほど、だとすればその表現の仕方は間違いではないだろう。
なんと言ったって……。
「僕って中学時代からそんな感じだったのかなって思うんだ。この人は助けたい、なんて思った相手にはとことん付き合ってしまう、そんな感じ」
そう言うと、春山と冬梅は二人揃って「はぁ」と、ため息をついていた。
「それで? そんなことを女の子にも?」
「あっ、はい……」
そのおかげで気が付けば『距離感のおかしい変な人』と、言われるようになり不気味がられていた。
まぁ、今となってはそう言われるのも当然だろうと思える。誰かの為に掃除する、お金をあげたり、敢えて他人の濡れ衣を代わりに受けたり……。
「いい? 大山、誰かの為に力になりたい。この思いはとても大事だとおもうよ。でもね、人一人が誰かの為に頑張るには限界がある」
「おぉ……すごいグサッときます」
「だからちゃんと、ね? どうしても! 本当に力になりたい人を選んだ時に目一杯にふかいふかーい所まで入り込む、それだけでいいと私は思うよ?」
「りあちゃん、すっごいオトナっぽい! めちゃくちゃ良いこと言ってくれたんだから、大山は考えを改めることね!」
「でも、それはなんて言うか……」
「後、私はそんな大山に違和感を感じてる。おそらくそれは友人をなくした影響から来ているんじゃないかと、私は思ってる」
「りあ……ちゃん?」
困惑気味の春山さえも気にも留めず、冬梅はヘアピンで前髪をかき分け真っ直ぐに僕を見つめる。
「実は、一日目の会話を聞いてた。でも、謝らない! これは大山をすごく追い詰める、けど私は協力すると言った以上、この違和感を流さない」
~第28話 飴と鞭は唐突に【Ep.春山奴留湯編】 END To be continued~
いいですねぇ~すごく順調なペースで進んでおります。
今のところ、問題なく描けています。
春山編、楽しんで頂いておりますでしょうか?
では、次回の更新でもお会い致しましょう!




