表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/51

第23話 互いの得意分野で

鍵っ子です。


この時期になりますと、リアルの方でもじわじわと汗をかくようになってきました。特に脇の汗染みが服に痕跡を残さないか……ヒヤヒヤしますよね。まぁ、脇汗パッド使えば? って、話なんですけどあれ意外と付けるの難しいですよね? なんか上手く装備できない。


後、夏がすぐそばに待機していると考えるだけでも恐怖!

 放課後――。


「んぎぃい~」

 眠くなりすぎて重くなった瞼に気合を入れる様にして背伸びをする。

「春山、部室いく?」

「あ~っと……ごめんね! あーし先に用事が、あるからそれを済ませたらそのままテニスコートに行く!」

 用事? その言葉にちょっとだけ詰まった様な雰囲気があった為、違和感を感じたが深く追求するのも良くないだろうと思い、踏み込まなかった。

「じゃあ、後ほど」

「頑張ってね!」

 そのまま、春山は足早にいなくなった。

「じゃあ、いこっか大山」

「あ、そうだね」

 自然な流れで冬梅が一緒に部室へ行くことを提案してくれる。

「おおーやまー! 急ぐだろ? 俺が部室のカギは取ってくるからー! 先にいけえぇ!」

「ありがとう」

 ニコッと、笑って桐内もいなくなる。

「おろ? ぬるちゃんは?」

「なんか、用事があるってどっかにいっちゃった」

「テニスコートには来るらしい」

「そっかぁ」

 と、どこか生返事で考え事をしている様子の夏川は何かを思いついたのか、ぱぁ! っと、表情を明るくしたかと思うと……。

「りあちゃん! りあちゃん!」

「なんですか~?」

 チョイチョイと、冬梅に手招きをして何かを耳打ちしている。

「なるほど、たしかに」

「でしょ? それでいいかな?」

「いいと思いますよ!」

「なに、どうしたの?」

 理解できていない僕がそう、問いかけるが二人は顔を見合わせてニッコリと笑いあう。

「ないしょ!」

「ないしょです!」

 同時に声がハモる辺り、どうやら冬梅も賛成しているらしい。

「それならしょうがないか」




 その後、部室へ向かうと……同じように夏川は桐内にも何かを吹き込んだらしく……。

「おら! いってこい、俺らは俺らで部活やっとくから!」

「え? 来ないの」

「いっきませーん! こんな晴れ間に釣りに行かないのがありえませーん!」

「その通りです!」

 えぇー……なんで? まぁ、それもそうか! 数少ない晴れ間を有効活用しない手はないし。

「じゃあ、結果は後ほど伝えるよ」

「おーーーーけーーー!」


 相棒のタティーラSVTWとフレイゾンC66M+-Gを手にし、僕の嫌いなアイツを倒すために、情報を勝ち取る為に……。

 僕は一人、テニスコートを目指す。




「逃げずにちゃんとやってきたか」

 テニスボールを片手で軽く投げてキャッチする。そんな動作を淡々と行いながら、テニスコート場に鳴瀬川は鎮座していた。

 いや、なんでコートのド真ん中にパイプイスを置いてんだよ!

「なんでパイプイスに座ってるのさ」

「フッ……! 君も分かっているんじゃないか?」

「はい?」

「勇者を待ち構えていた魔王の気分だよ!」

 いや、それだとアンタは僕にやられちゃうんじゃない? 知らんけど、後は純粋にパイプイスに座ってテニスボールを片手で軽く投げてはキャッチする動作も……

 いや、情報量が多いんだよっ! ツッコミ不足過ぎるわ! 後、周りもおかしいと気づけぇ〜!

「じゃあ、魔王の鳴瀬川は僕に倒されるわけだ」

「いや、キミが魔王でしょう? 僕は勇者さ! こんなイケメンな魔王がいるわけないだろ?」

「いや、立場逆転してるから! じゃあ、座ってるのおかしいでしょ!」

「ほう、なるほどな! だが、魔王がいなくて待ちくたびれて座った、なんて言う状況も考えられる」

「ややこしいわぁ! つか、勇者が座ってんじゃねぇよ! あぁ、こっちは日帰りか!? 日帰りの魔王なんか? ダッセーだろうがよぉ! 座らせろや、魔王なんだからさー! 日帰りしちゃ駄目でしょーがよ!」

 マジでダセーよ! なんだよッ! アンタのせいでキャラ崩壊まったなしだわ! もう、キレッ! キレッ! なんだよ! 自分でもびっくりだよ!

「す、凄まじいツッコミだね。ちょっとイメージが改変したよ」

「ハッ!」

 思わずと、言うか……気づけば周りが引くほど驚いているんじゃないか? 地味な姿をしたやつが竿とリールを携えて、饒舌にツッコミを入れる……。


「じにだいぃ〜」

 その場で、ガクリと膝を落とす。

「何を言っているんだ! これから始まるは、一対一のタイマンだろ?」

 そう言って、鳴瀬川は立ち上がりパイプイスの後ろに立て掛けていたテニスラケットをクルリと回して、剣を振るかの様にして装備する。

「やってやるさ」

 僕の言葉を聞くと、ニコリと笑った鳴瀬川がラケットを前に突き出す。


「ここだ! この位置にボードを設置してくれ!」

 短い返事と共に、滑車の着いたボードがゴロゴロと音を鳴らしながら、二つ並ぶ。

 見れば1〜9の数字が刻まれた四角い枠にハメられた的が登場する。

「ルールは単純だ。互いに交代で的当てをして、相手より多く的を倒した方が勝利」

「外した時点で、負け濃厚ってやつだね」

「フッ……! ぬるいな、外した時点で負けと思うことだね」

 傍から見れば、釣り竿を持った僕はさぞかしこのテニスコートには不釣り合いだろう。

 しかし、これは勝負だ! 互いがお互いの得意分野で真っ向から殴り合う、対等な勝負! 行う目的が同じならば、文句は言うまい。

「じゃあ、始めようか! 距離はお互いに8m弱でっ!」

 合図など無しに奴は勝負を開始する。会話をしている最中で既に放り上げられていた、テニスボールは鳴瀬川が話しながらも素直な軌道で1と書かれたパネルをぶち抜いていく。

「じゃあ、おさき〜!」

 手をヒラヒラとさせながら、奴は涼しい顔して魅せてきた。

「分かった」

 ならば、コチラも引けはとらない! やるからには手加減なしだ。

 ウェイトは約15gくらいのキャスト練習用のシンカーを左手で持ち、ベイトロッドのトリガー部分には人差し指だけを掛けたまま、ロッドを穂先からしならせる。

「ほいっ!」

 穂先から生まれる反発力とシンカーの重さを利用し、狭い範囲でのロッド捌きでキャストを行う!

 まずは、フリップキャストだ! ベイトリールの持ち味はキャスト精度、自在にコントロールが可能となっている状態ならば、互角だ!


 吸い込まれる様に……1番右下のパネルである9番を仕留める。


「次、どうぞ」

「そうこなくてはね!」


 気づけば、観衆は更に増加しているらしく、あの竿を持った奴はなんだ? なんだ? と、逆に注目を集めているみたいだ。


「全くもって! 大山、お前は番狂わせなやつだっ!」

 スパーンッ! と、軽快な音を響かせて2番のパネルをぶち抜いていく。

「逆に一発でミスる様な相手はいやだろ!」

 クラッチ音を響かせて、僕も負けじと8番のパネルを仕留める。

「大体! 釣り竿で勝負を挑む辺りからして、変なやつだっ!」

 しなやかに放たれるサーブはまたしても見事に3番のパネルをぶち抜いていく。

「僕の得意分野がコイツなだけだ! そもそも、互角にならないならその時点で勝負なんてしない!」

 肘をキャストする方向に向けてサイドハンドキャストを決め込む!

 狙い通りに僕は7番のパネルを仕留める。


 奴はサーブの度に拍手され、僕はキャストの度に驚かれる。

 奴がぶち抜いていくなら、僕も容赦なくパネルを的確に仕留める。


 互いに限界まで集中力を高めた状態での殴り合いは意外にも共に、一歩も引かない長期戦となる。


 真夏とまでは行かないが、それなりに暑い……。

 前髪が汗でペタペタと顔に張り付くのが、非常に不愉快だ……顎を伝ってポトリポトリと、汗が落下する。



 気が付けば互いのパネルは残り二つ……。



「イイねぇ! 大山、キミはオレが思っている以上に張り合いがある奴みたいだっ!」

 一方で鳴瀬川も汗を流しているが、なんとも絵になる奴だ。同じくらい汗を流している筈なのに、どうしてこうも違うのか……。


 そのまま、奴は表情を一切変えることなく8番のパネルを沈める。


「ほぉら、オレのパネルはあと一つだ」

 鳴瀬川は、顔色一つ変えずに僕を見る。

「油断するやつは、負けるぞ」


 普段ならば、何十回とキャストしようが疲れ知らずなのに、息が上がっている。

 周りの群衆から追い立てられる様な感覚に、普段の釣りでは味わえない異様なプレッシャーが釣りでは必要のない要素を蝕み、僕を異常なくらい疲弊させる。

「流石に洒落たキャストではもう、無理だ」

 2番のパネルへ狙いを澄ませ、オーバーヘッドキャストの構えでロッドを縦に振る!

 が、キャストをした瞬間に狙ったパネルよりも更に左にズレた感覚があった!

「あっ、やば」

 狙いの2番パネルよりも左側にある1番パネルへとシンカーは吸い込まれて行き、なんとか仕留める。


「っはぁ! あぶねぇ……はぁ……はぁっ!」

「ギリギリだね、だけど面白くなってきたよ!」

 ふと……鳴瀬川の表情が僕の視線を無意識に集めさせる。ただ一心に最後のパネルだけを捉えた、まるで……獣の様な荒々しい出で立ちとは裏腹に澄んだ瞳は蒼く輝いている様に見えた――。


「なんだ、コイツ……僕とはそもそも見ている世界が違うんじゃないか?」

 白状させられたような無力さが僕を強制的に弱らせる。


 奴がラストパネルをぶち抜くまでの時間が更に……僕がこの場所にいること自体がはみ出し物である雰囲気をより一層、浮き彫りにしていく。


 周りには大勢の人……あの時と似ている。

 友人が轢かれ、人が集まり――。


「どうした? 次は大山の番だぞ」

「え?」


 見れば、鳴瀬川は既に最後のパネルをぶち抜いていた。


「なんでも……ない」

 振り絞る様な声は出せたが、とてもじゃないがまともじゃない。

 一つ一つの言葉が震えていた。

「だ、大丈夫か? 大山君」

「敵の心配までするんだね」


 ふらふらと、パネルの前に立ち……。

 距離を見る、冷静に見れば今までずっと約八mくらいの距離でやっていた。

「落ち着け、まだ……やれるだろ」


 視界が悪い……ボヤける。

 前髪のせいか、暑さのせいか、恐怖のせいか――。

 リールのクラッチを押し込む指が震える。正直言って、僕は何故こんなにもボロボロなんだろう。


 周りも静かだ……どれくらい時間が過ぎているんだろう。


 もう――負けでいいんじゃ――。


「ボケっとしてんじゃないわよ! まだ、頑張れるでしょ!」

「なっ!?」


 聞き慣れた声、沢山の人が蠢く中に光があった。

 「は、るやま……」


 いつの間にか、春山もいたらしい。

 けれど……何故か春山が春山じゃないような?


「そうだね、ありがとう」


 視界の霞が晴れていく、気合いを入れ直せ!

 徐ろにカチューシャを握り、前髪を後ろに流す。


「延長戦だ! 鳴瀬川」


 震える親指はいなくなり、スムーズにクラッチが切れる。

 迷うことなく、オーバーヘッドキャスト!

 

 その軌道に――。


 狂いなしっ!


 ラストパネルの2番を仕留めると同時に、周囲からは指笛や拍手など色んな音が入り交じる。


「では、次こそ決着だ! 大山」

「最初からやり直すのかい?」

「何を言うか……そんなぬるいラストはやらないよ」

 そう言って、鳴瀬川はパネルに向けて指差す様にラケットを使う。


「ラストだ! 距離は10m、パネルはド真ん中の5番設置だ!」

「ふぅ~……なるほど、ね」

鳴瀬川の指示通り、ド真ん中のパネルが復活する。


「悪いことをしたのかもね」

 テニスボールを地面にバウンドさせながら、鳴瀬川はそんなことを言う。

「な、なんですか? 急に」

 「今にして思えば、これは君にとっては不利な勝負だったと今更気付いたのさ」

「かなり接戦だと思いますが?」

「いや、オレは大山の弱点に気付いたんだよ」

 止まぬ歓声の最中で、鳴瀬川の声は僕の耳にしっかりと運び込まれていく。

「むしろ、僕は弱点だらけかと」

「そうだね、だけど……この場においては最も強力過ぎる弱点だ」

「最も強力?」

「感じているだろ? 周囲からくる凄まじい程の期待と言う名の圧力であり、プレッシャーを、さ」


 考えない様に、蓋をして無理矢理に捻じ伏せた物が一気に迫る感覚、瞬間――。


 目眩すら起こしそうな程だ。

「本当の自分を隠すために前髪で誤魔化し、逃げて来たんじゃないか?」

「いや、これは目つきが悪いからだよ」

「だから! ソレを理由にしてもっともらしい言い訳を並べて、逃げているんだろ?」

「逃げて、ないだろ」

「顔を隠せば誰も相手にしないと思い込み、逃げる。顔を出せば相手が恐れて逃げると知って、道具にする」

「なっ!?」

「悪いが、そんな逃げばかりの奴にオレは負けないっ!」

 振り抜いたラケットが視認すらできなかった。

 しかし、この時に気づいたのだ。

 鳴瀬川の瞳は蒼く輝いて見えたのではなく、紛れもなく――。


 美しく煌めいていたのだ。


「あぁ……」

「悔しいだろ? 苛つくだろ? オレの気持ちも少しは理解できるはず」

 さぁ、打ってみろ! 次はお前の番だ! そう、言っている様に感じる。

 鳴瀬川もまた、当然の様に僕では手に入らない物を持っている。


 そして、その差は――。


「あっ……」


 放つ軌道は、パネルの(ふち)へ吸い込まれ、弾かれたシンカーは虚しく地面を転がる。


 設置された僕の5番パネルは、堂々とド真ん中に鎮座していた――。






 その後、僕は半ば抜け殻の状態で鳴瀬川と会話し『僕のことを知る』と、言う名目で連絡先の交換をさせられたような気がした。


 あぁ……なんだ~、悔しいなぁ! 悔しいってこんな感じだったな。我ながら意外にもめちゃくちゃ熱くなってたんだなと、自覚する。


「おーい! 大山くーん! じゃなかった! 大山ってば! いつまであーしが先導するのよー」


 しばらくして、そんな声がはっきりと聞こえた。


「え? あれ? 春山?」

「あっ、気づいた? いつまであーしはアンタの手を引けばいいん?」


 スーッと、僕の視線は落ちる。


 その先で僕の手を繋いだまま先導していたのは、春山だった。

 勿論、状況だって理解している。彼女に手を引かれている――。


「あぁ、ごめんなさい。離して大丈夫だよ」

 その言葉を合図に、春山はゆっくりと手を離した。

「こう言うの、大山はへーきなんだね」

「こう言うのって?」

「や、その……ほら? て、手を繋いだりとかさ」

 実際には照れたりしている筈だし、恥ずかしいとかもあるように思う、思うが……。

 あまり、感じていないといえば、そうかも知れない。

 と、言うよりも春山の方も確か……? あれ、違ったっけ?

「ごめん、女子とのスキンシップは上手くできなくてさ、苦手なのかも」

「すすす! スキンシップとかのつもりじゃないけん!」

「そうなんだ、オキシトシンの分泌を促してくれているのかと思ったよ」

「なんであーしが愛情ホルモンを出させようとしてんのさ!」

 ポスッと、春山の緩いパンチがお腹に当たる。

「違うのかー、でも……僕をここまで引っ張ってくれて、ありがとうございます」

「はわわ……か、勘違いしないでね! しょ~がなくだから! テニスコートで棒立ちしてたら邪魔だから回収した、だけ!」


 はわわ? なんと言うか、今日の春山は少し? 変わっている様な気がする。

 まぁ、変わっているのは元々だから、そう考えればいつも通りか。


「珍しく、明日も明後日も明明後日だって晴れ間が続くみたいだし! 明日は皆で釣りしようね!」

「え? あっ、うん」

「じゃ、今日はあーしも帰るけど! くよくよすんなよ! 立派だったんだからさ!」

 そう、言って春山はニッコリとはにかんでいた。

「なら、良かったよ」


 その後ろ姿を僕は正門の内側から眺めて、いつしか春山の姿は見えなくなっていた。

 


〜互いの得意分野で END To be continued〜

お読み頂いた皆様はもう、今回の結末を知っていることと思います。

実は今回の勝負でどうなるか? と、言うのは色々案を出した結果、こうなりました。

そして、この先から動き出していくものは晴れ間を利用した釣行なのですが……。

お楽しみ頂ければと思います。


では、次回の更新でもお会い致しましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ