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第11話 釣行はお預け(下)

鍵っ子です。


未だに部屋着は、半袖半ズボンです。

 一瞬の間、沈黙が教室を支配する。時間にしておよそ僕が息を吸って吐く、その動作の約一回分程の静けさ。 


「と、おっしゃいますと? 先生の目線ではどのようにお考えなのでしょうか?」

 そう言って、桐内はまじめなトーンで先生に質問する。

「今の君たちにとって学校という用意された舞台はなんだと考える? 同じ日々の繰り返しか、あるいは集団に溶け込む為の訓練か。常識と言う名の曖昧な代物(しろもの)を手に入れる為か?」

「……」


 今の僕たちならば、少なくとも当てはまる部分が多いだろう。


 ほぼ目的を持たぬまま毎日登校し、集団行動を叩き込まれ、どの程度までの範囲を一般人と指すのか不明な部分が多い常識。言わば日本人が好きな言葉、いわゆる皆がやっている。


 と、言うやつ。


「日本人は特に周りの目を気にして生きる傾向にある種族と言っていい。故に周囲に晒される失敗を恐れ、長年かけてすり込むようにして集団で生きる術を幼い頃から強制的に叩き込まれる」


 集団で行動することによって、はみ出した行動は目立つ為、すぐに輪を乱さない様に矯正させていくことによって潜在的にすりこまれる統一意識によって乱すものは悪であると言う認識を育む。


 しかし、この行為自体が大きな間違いであるかと言われればそれはまた、意味合いが変わってくる。


「たとえ話だと、欲しいおもちゃを買って欲しくて駄々をこねる子供に親が良く言っているあれと一緒みたいなことですよね?」

「あぁ、そうだ。恥ずかしいからやめなさいと言うアレ、だな」

「大山って、こう言う類の話とか好きそうだよな! ちょっと独特な考え方あるし!」


 桐内の言う通り、この手の話は好きな部類だ。


「この恥ずかしいとは、なんだ? 世間体を気にし過ぎるが故に恥を晒し()に迷惑をかけること自体を悪と捉えてはいないか? やめさせることだけに注力し過ぎなのだよ」

「じゃあ、せんせー! 本来は何を追求すべきなんですかぁ~?」

「この場合は如何にして恥と思える行為を止めるか? そこに着目して追求するのではなく。交渉や約束ごとなどを介して、どのようにして欲しい物を手にするか、手段の選択肢をいかに増やせるか、それが重要だとは思わないか?」


 なるほど、例えば駄々をこねる子供を強制的に叱りつけるだけでは自由な発想を奪う原因となり、逆にそれを許せば交渉の度に幾度となく繰り返す。


 本当にやめさせたいと考えるのであれば、親自らも交渉の選択肢を増やす手助けをし、子供自身の選択肢の自由を広げさせていくことが個性を伸ばす種となる。


「まぁ、あくまで私の考えだがな。変化することを恐れ、現状維持を良しとする日本人ならではの思考でもあると、思っている。しかし、これだけは間違いないぞ? 現状維持は衰退だ」

「つまり、こういうことでしょうか? 個性を限りなく薄められてしまったコピーが沢山できている? そんな、感じなのでしょうか」


 言った通りに、大人の言うことを聞きなさい。


 口答えするな! 確かに言われてみれば、どれもこれも思い通りの操り人形を作る為に、恥という行為を問答無用で良くないと決めつけて枠組みに縛りつけるのと同じように、全てを固定することで似た様な物を生み出している。


「その癖、企業は個人の個性を求めてくる始末だ。長年塗り固められてしまった土台をすぐに、作り直せるか? 無理だ、その頃にはもう遅い」

「まさに、地獄の様なループじゃないですか……怖い!」

 そう言って桐内は、頭を抱えていた。

「だからこそ、今ある繰り返しを退屈だと思うな! 今ならまだ、考え方の柔軟性を取り込める! 恥を知識とし、現状維持の安定思考を上手く(あやつ)りここにいるお前たちは……その中で個性を磨け! そして、その訓練になる良い素材ってのがある……」

 言葉を途中で切り、部員の顔を見回した後に……。

「できれば、恋をして欲しい! ここにいる部員じゃなくとも問題はない。もちろん、この部で芽生える恋心と言うやつも素晴らしいだろう。そして、必ず相手の個性を認めて、歩み寄って欲しい」

 当初、先生と出会った時に青臭い輝きの青春やら、本気でやり遂げることができるか? などの、問答があったのを思い出す。つまりは、自分たちで集めた部員と共に自身の在り方を見つめ直したり……。


 まぁ、全力で今の自分と向き合って成長しろ! 的なことを伝えたかったのだろう。回りくどいというか、非常に分かりにくい愛情表現? そんな感じなのだろう。


「あははっ! 木下先生はそれで、あの時から青春が! と、おっしゃっていたんですね。ようやくここにきて情熱の意味を知りました!」

 察する能力が桐内も高い、相変わらず鋭い思考を持ち合わせている。

「なるほど、それで部員をわざと集めさせた……一人一人の個性を刺激し、柔軟な考えと固定観念に縛られない量産ではなく、個性を育む為に……」

「なんそれ! 木下先生もかなりのお人好し!」

「はは……そうかも知れんな。私が面倒を見る以上、少しくらいは私の言ったことを参考に取り入れてくれれば助かるよ」

 そう言って照れ笑いをしながら、頭をポリポリと先生は掻いていた。

「そうですね、節度を守りながら僕にもチャレンジできそうであればやってみます」

 例え、成功しようがしまいが……。どのみち、その経験は立派な知識となる。何気ない日々をどう捉えて過ごすか、その先に成長へ繋がる道がある。

「だな! 欲を制し、己の欲と向き合いコントロールする理性を保ち、冷静に物事を判別するいい訓練にもなるぞ? 特に、男性諸君には必見だな」

 イタズラっぽく、先生が笑いながらそう告げた。

 ぐっ! 確かに、色々と感情のコントロールをするのにも向いている……恐るべし恋愛! 自分自身だけでなく、好意を向ける相手との対話だけでも、自分を変えるチャンスが作れそうだ。

 だとすれば、悪くないな……。


 そう、思えた。


「先生の言いたいことは回りくどいし、伝わりにくいですが……自身のなにかとなるのであれば、少しだけ前向きに検討してみます」

「ぬ、ぬるちゃんの心境に変化ありぃー!」

 エイヤー! と、叫びながら夏川が突っ込んで行く。

「いいじゃ〜ん? 楽しみながら悩んだり迷ったり、ときには深く落ち込んだり。な、大山」

「そうだね。少なくとも、退屈はしなさそうだ」

「でも、いざとなると大変な日々になっちゃいそうですね」


 まぁ、恋をするなんて考えは元々あまりなかったけど、片隅に置いておくのは良いことだろう位には思える。

 それだけでも、木下先生が熱弁した意味はあるだろう。


「それとな……大山と冬梅、二人はあれだな。物理的に視界を広げた方がいいぞ?」

「物理的に? ですか」

「前髪を切れ、俯いて誤魔化すツールとして利用するな。特に、冬梅だな」

「……」


 ものの見事に痛いとこを突いてくる。僕は目つきの悪さを隠す為に誤魔化し、冬梅は自らの表情を隠す為に誤魔化している。


「でも、凄く恥ずかしいです」

「その恥ずかしさの中には感情を悟られることへの恐怖や、周りの人から自分はどう見られているのか? などの、恐れや自信のなさから来ているんじゃないか?」

「自分に……自信がありません、恐怖もあります」

「りあちゃんは、周りに気を遣いすぎてるんじゃない? 素直に自分を少しずつでも出してみようよ。凄く大変なことやとはあーしも思うけど」

「気楽にいこーよ! あたしたちもいるし!」

 仲間の声援は時として大きな変化を与える。その言葉は確実に冬梅に勇気をもたらす希望を運ぶ。

「こ、こんな感じ……です」

 両手で綺麗に髪の毛をかき分けて、初めて彼女が素顔を晒す。まさに、大きな一歩だ。

「ハッ!? なんそれ、りあちゃん反則的にかわいいんやけど!」

「普通にさ……そんだけのモンを持ってて、隠すのはさぁ〜? ずるいっしょ!」

「かっ……わっ! んぐくっ! なにすんだよ、大山」

 いかん、こやつには絶対に言わせてなるものか! せっかく顔を見せてくれたのに隠しちゃうだろうが! ふざけるな!

「前髪を綺麗に整えるだけで、十分以上の魅力がある。決心がついた時に、試してみるといいさ」

「んで? 必死に口を抑え込んだオーヤマさん? アナタの感想がないんだけどぉ?」

「そーだ! そーだ! 失礼だぞ、ぶーぶー!」

 ぼっ、僕に感想を求めるだと!? 想定外にも程がある。どうする、考えろ大山よ。

 照れを表現できない僕が、伝えられる渾身を絞り出せ!


 そう! 冬梅は可愛いのだ。正直なところ、じっと見つめることが自分はできないくらいだ。

 その上で、感想を述べるだと……。変に飾った言葉を言える程の語彙もなければ感情も表情もない。こうなれば素直に直球をぶち込むしかない!


「かわいい……です」

 はい、ごめんなさい! 口に出すことすら滅多にないので気持ち悪い感じになってしまいましたぁ!

「……は? おいコラ、大山め! それは最初に俺が言おうとしたんだぞ」

 ありがとう! そのツッコミがなかったら即死でした!

「うー……! ありがと、みんな」

「じゃあじゃあ! やまっちもお返しをしないとね!」

「だな! 冬梅が見せたんだぜ? 逃げられんよなぁ、大山も」

「君たちは見てるでしょうが!」

「えー! はよみしてやー! 気になるやん」

「わ、わかった。わかった」

 促されるままに自前のヘアゴムで前髪をまとめ上げる。

「おい! 大山、その顔どうしたんだ? 腫れてるぞ!」

「「「「あっ……」」」」


 しまった! 今朝先輩にぶん殴られていたことを完全に忘れていた。


「ごめん、ぶふッ! あっははは、笑っちゃいけないって……わかっとるんよ? でもね! ホンマにひっどい顔よ? 目つきも悪いし」

「ばっか、ぬるちゃん!? そんなんいわれんの! かわいそうやろ、ブッ!」

 おい、春山はともかくお前さんは一回は見とるやろがい!

「大山、お前と言う奴はどもこもならんな……って! いかん、気が緩んだ」

「いやいや、先生もそんくらいのノリでいいと思いますよ? あ~でも、本来は敬語かぁ」

「あ~もう、しらん! 今更敬語なぞ捨て置け! 部活動の時だけは許す!」

「素顔晒すだけで、こんなに笑われたのは初めてですよ。まぁ、良いんですけどね」


 大体の人は僕の顔を見ると引くのだ。目つきが悪いだけで“よろしくない人”だと認識され、散々厄介ごとに巻き込まれた。でも、ここにいる人は別の視点を持っているみたいだ。


 その後は、馬鹿笑いする先生やどんちゃん騒ぐ春山と夏川によって終始、盛り上がった。




「よし、こんな会話も部活の一環としては良いもんだろう。活動計画と交流を兼ねる、なんとも有意義だった」

「結局、雨降りで釣りは行けずでしたけど……」

「ね! 明日は、晴れるっぽいよ?」

「あしたぁ? って、ことは土曜日かぁー」

 その瞬間、桐内が悪い顔をする。

「せんせぇ? あしたはー、晴れるっぽいですよぉ?」

「くっ……! わかった、わかった。予定がないなら釣りに行くぞー」

「「やったあぁ!」」

「えかげん、時間も経っている。今日の所は解散! 明日は、朝の八時三十分に学校集合で釣りをするからな! 忘れるなよー」

「「「「「わかりましたー!」」」」」

 全員で喜び、釣り部として最初の部活動はこうして幕を閉じた。


~釣行はお預け(下) END To be continued~

今回の内容で、仲間内全員に多少なりとも動きが見受けられる回となりました。


少しずつ、少しずつメンバーが織りなす物語の変化をこれからもお届けして参ります!

良ければ、ブックマークや評価&感想もよろしくお願い致します! 

それでは、次の更新でもお会い致しましょう!


お楽しみに!

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