第10話 初釣行はお預け(上)
鍵っ子です。
未だに半袖と半ズボンか……半袖長ズボンか半袖上着、長ズボンか半袖上着、半ズボンか……。
着る服に悩みますが、そんなことよりも金木犀の香りが好きです。
昼休みが終了し、後半の授業が開始される。窓から見える景色は生憎の雨だが、僕自身の気分は悪くない物だ。
あれ、そう言えばいつの間にか釣り部の再始動に関して、やけに熱くなっていた様な気がする。
どうやら僕自身の内側も少しずつ何かを取り戻しつつある様だ。
「それでは~、大山くん? この作品の筆者は日本人が噴水を作らなかった理由はなんだと言っているのかしら~?」
水に対する東と西での違いについて、鹿おどしと噴水がうんたんかんたんの奴だ。
「はい、日本人にとって水は自然に流れる姿が美しいのであり、造形する物として対象していなかった。でしょうか」
「そうね! 良く理解できているわ~」
こんな感じで、授業は本日も刻一刻と経過していく。
そうして、放課後が訪れる。
「よし! 準備はいいな? 新生釣り部メンバーよ」
「用紙も書いたし、準備はできてる」
「桐内って、行動力はあるわね。行動力だけは」
「まぁまぁ、実際たのし~よ? 釣りの魅力はやればわかるのサ! ぬるちゃんも瞬く間に沼る」
「でも、難しそうなイメージはありますね」
五人分の入部用紙がここに集う。いざ、形となる瞬間が間近に迫るとなると僕自身も少しだけ嬉しい気持ちになる物だ。
そのまま、全員で木下先生のいる開かずの間と称されていた空き教室を目指す。
相変わらずの空き教室、特に変化はなく奥の扉に先生はいる筈だが。
ノックをしても反応がない。
「あれ? いないなんてことがあるのか」
「まぁ、教師だし担当の授業くらいあるでしょうに」
そんな会話をしている最中に、ガラリッ! と、空き教室のドアが音を立てる。
「げ! もしかして、おまえ……たち」
ニコニコ笑顔の桐内はどこか勝ち誇った表情をしている。
「ムフフ~! 木下せんせい、長らくお待たせいたしました!」
「なんか、桐内がイキイキしてる」
「宣言いたしましょう。これが新生釣り部のメンバーですっ!」
入部用紙片手に両手を広げて、桐内が高らかに宣言する。
いや、ちょっとかっこいいなコレ……。
「ほほう……ついに揃えてきた、か」
そう言うと、しばし腕組をして思案顔でうなる木下先生。
「なんで女の子がこんなに? てっきりもう一人くらいは男だと思ったが……」
「細かいことはいいんですよ! 木下先生の条件は達成できたことに変わりはありません!」
「あぁ、だな。桐内が言う通りだ、君達の頑張りを評価して今ここに釣り部、本格再始動を約束する」
メンバー全員で顔を見合わせる。そんな僕たちを横目に木下先生は扉の中に入っていく。
「あぇ!? きのしたせんせー?」
「な!? 扉なんてあったの」
「まるでクマさんだねぇ」
ガチャリ! と、再び扉が開き。
「全部筒抜けだわ、コラ! いいから、こいつを運び出せ桐内と大山」
そう、促されるままに恐る恐る扉の向こう側に侵入する。
「な……せんせい! これはっ!」
「圧巻の一言だ、ね」
およそ十畳くらいの広さと真ん中にはテーブル、なによりも目を引くのが多数の釣具……。
「伊達に釣り部の顧問をやっているだけのことはあるだろう? そこにあるロッドスタンドの釣具は自由に使って良い、むしろ教室側に出せ!」
「すげぇえええ! なんこれ!?」
「タイワとチマノだけじゃないな。めちゃくちゃある」
目を奪われながらも、ロッドスタンドを運び出していく。
「お~! すごいすごい、めちゃめちゃ網羅してますね先生も」
「ものすっごい、数があるわね」
「先生、すごい……」
女子グループ三人も各々が反応を示す。
「男子は知らんが、春山に夏川と冬梅には私が着ていない釣り用で使ってる動きやすい服があるから好きに使っていいぞ~くれてやる! ユニフォーム的な奴にしろ~」
「まじで、始まるな! 大山、俺たちで復活させたんだよ!」
「だね、たのしみだよ。釣り部」
程なくして、空き教室の机も綺麗に整えて作戦会議場の様に変貌し、先生を含む六人で最初の部活動がスタートする。
「さて、無事にメンバーは揃った訳だが……梅雨時期は室内で知識やターゲットの絞り込みなどに充てる期間が多いだろう。実際には低気圧は釣れやすいが雨降りは推奨しない」
「ですね、春山と冬梅は初心者だし。ある程度知識を共有するのがいいよな~」
「だねぇ~、となるとさぁ? エサ釣りから始めるのが無難だよねぇ」
「この時期からなら、現状だとモズク藻が多いからちょっと釣りにくいけど夏に向けての数釣りならば……あれがちょうどいいんじゃないかな」
「はは~ん? 確かに」
「夏と言えばあれだね!」
「サクッとキス釣りと言えばいいだろうが! 経験者同士で盛り上がるな!」
「キス? って、魚の名前?」
「あ~、多分? ぬるちゃん、このお魚さんだよ」
そういって、冬梅が自分のスマホの画面でシロギスの画像を写し出す。
「正解! これが天ぷらにすると最高にうまいんだよなぁ~」
「おぉ~! 桐内もわかってるなぁ~? だが、尺ギスともなれば刺身も最高だぞ?」
おいコラ、さっき経験者同士でどうたらこうたらはどうした? この教師も……本当に釣り好きだな。
「あぁ~、もうほっときほっとき! それで? 最初はこの魚を釣るの?」
「あたしは異議なぁ~し!」
「釣れるかなぁ……」
「難易度も高くないし、慣れるにはもってこいかな。いいと思う」
その後は、少しずつ二人に最低限の知識を付けていく。
「お、思った以上の知識量……専門用語が多すぎる。英語の単語並みよ……」
「で、ですね……驚きの連続です」
そんなことを言いながら、現在二人は糸結びでは比較的簡単な、ユニノットを練習中だ。
「この~なんだっけ、ゆにのっと? って、奴もムズいんやけどぉ~」
「輪っかを作って三回くらい通して……」
「え~っと、春山? 今の輪っかを維持してここを持って~」
苦戦している春山のアシストをしながらゆっくりと教えていく。その途中で、何回か春山に指が当たってしまっていたが、これは教える上で仕方がない。
「こ、こう?」
「そうそう! そんでもって大本を絞り込めば!」
「お? おぉ~!? ねね、大山できてる?」
「できてるよ。飲み込み早いね、素直にすごいよ」
「やりぃ~!」
キラキラした瞳で完成した結び目を眺めた後に春山は僕にも目を向け……。
「さんきゅ! 大山」
「ねぇ~! ぬるちゃんなんかデレデレ?」
「おいコラ! 二人空間を邪魔すんじゃないよ! ったく!」
「ぬるちゃん、かわいい」
「ノットの練習だけでイチャつきやがって、す~ぐ青春しやがるな学生は」
「そ、そんなんじゃないけん! 勘違いせんとって、単に教えて貰っただけやけんね!」
「まぁまぁ、良いものを見れたしぃー? あたしは中々にまんぞくしてるよーん」
「いや! そうね、いちいちあーしが反応するから駄目なんだと気づいたわ。このくらいの交流なんて普通よ、普通」
「ほ~ん、その割には耳が真っ赤じゃん? あ、後さそのままじっとしててね」
そう言って、桐内が春山の頬付近まで手を伸ばす。
「なっ! 突然、なによー!」
春山の放つ言葉に覇気はなく、ヘニャヘニャしている。
「あー、違ったわ! カットしたラインの切れ端かと思ったら髪の毛だわ」
「紛らわしいし、あつかましいわー!」
「なになに〜? ぬるちゃんまっさか、ドキドキしたの〜? ういなー、ういやつよのー」
「なんだか、ぬるちゃんは最初の頃とイメージが少しだけ変わりましたね」
確かに、初めの頃は非常に当りが強いと感じていたが、こうして交流を重ねる内に気は強いけど、派手系なのに真面目というか……思ったよりもピュアな感じがする。
「まぁ、部活動もそうだが〜男女が共に仲良くなるにつれてだな……その〜、恋人同士になる可能性も十分にあるな! 春山と夏川は素晴らしい素材だしな! 冬梅は顔を隠して分からんがなー、アッハッハッ!」
「いやですねぇ〜、先生ったらもう! わかりきってるじゃないですかぁ?」
「ま、まぁ? あーしは当然って言いますか……ゴニョゴニョ」
「わ、私なんか! そんな大した素材じゃないです!」
「はっは! これだよコレ、梅雨時期は釣り以外の雑談も兼ねて仲を深めていく……うんうん」
さては、この先生……こうなることも狙っていたな?
確かに、ゆくゆくは桐内を取りあっての三つ巴……なんてこともあるのだろうか……。
いずれにしても僕には関係――。
あるじゃん! なんなら下手すれば部活動崩壊の危機レベルでしょ!
「ん〜、たしかにそういうのもあるかもしれませんね? ただ、あーしは恋愛する為に学校にいる訳でもないし、部活動をする訳でもないですね」
だから見た目とのギャップよ! エグ過ぎるでしょって! バリバリ恋愛脳みたいな感じでしょうに、春山がクールにそれを言っちゃうとさぁ……違和感あるよ?いや、決めつけてごめんなさい。
「でも! 知らず知らずの内に好きになる……なんてことはあるんじゃないかな? とは、思いますかね。今は特にありませんけど!」
「あたしはすっごく恋愛したいなぁ〜って、思いますよー? 同じ部活動の部員を好きになる、なんてのもアリかな〜? なんてね!」
「わ、私ですか!? えと、その〜……一人がお似合いだと思ってます。仮に好きになんてなってしまうと迷惑だと思うので」
一人は自然体に、一人は素直なままに、一人は内にこもる。キレイなほどに意見は別れた。
「なるほどな〜、意見はバラバラか……。特に冬梅が自分の気持ちを知った時にどうするのか、先生は楽しみだ」
なぁ? と、言いたげな表情で木下先生が僕を見る。
「男子はどうなのよ! アンタたちも言いなさい!」
春山からの恐ろしいキラーパスが放たれる。
「そーだなー、正直な所で言っちゃえばさー全然興味ナシ! と、までは行かないけど優先するほどではないなーという感じだね」
意外だ、イケメンであれば取っ替え引っ替えのグヘヘヘ〜! と、言う感じをイメージしたが違ったらしい。
「僕は、よく分からないですね」
実際、本当に分からない。あの日から、ずっと僕は自分自身で勝手に線引きをして、それ以上は踏み込むことをしないようにしてきた。
線引きをしないと仲良くなりすぎる。
そうなればいざ、別れが訪れた時の反動がでかいのを僕は知っている。
これは、僕自身が身をもって経験したからこそ導き出せた答えだ。
「ふむ、結構だ。まだまだ所詮は子供の域を出ないと言った所だな」
そう言って、タタン! と、子気味良く机の上で指を立てて音を鳴らす木下先生の表情はすこぶる真面目な表情だった。
~初釣行はお預け(上) END To be continued~
さて、今回のお話では上・下で別れる長めのシーンとなっています。
さらに今後はあんなことやらこんなことやらで……なんて感じで色々と構成を練りに練っていたりいなかったりするみたいです!
あ! でも、ちゃんと面白くなるようにと願いを込めてはおります! もし良ければ、ブックマークや感想&評価もお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします!
では、次回の更新でもお会い致しましょう!