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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
ソルティ・キャット
9/80

 家に帰るとすぐに、かけるはスマホを開いた。

 LINEのメッセージが届いていた。愛美めみからだ。


 ――[ごめんなさい」


 それだけだった。

 時間表示を見ると、ちょうど翔が帰宅するためバイクを走らせていた頃だ。


     ――[それだけじゃわからない]


     ――[いったい何があった?」


 しばらく待つと、今度は既読が付いた。だが、返信が来るまで時間がかかった。


 ――[ごめんなさい]


 また同じ内容だ。


     ――[どうして来なかったんだ?]


 ――[道が混んでて間に合わなかった]


 少なくとも134号は交通量が多かったけれど、数珠つなぎの動かない渋滞というほどではなかったはずだ。


     ――[電話したんだけど]


 ――[携帯の充電切れてた」


 「そんなドラマの設定じゃあるまいし、しかも二人同時になんて」と翔は入力したが、送信することなくすぐに消した。


     ――[もう帰って来たのか?]


 ――[うん]


     ――[ゼンコーもいるだろ?]


 すぐには返事はなかった。翔はその送信を少しだけ悔いる顔付きをした。


 ――[いる]


 翔は大きくため息をついた。二人してどこにいるのかは敢えて聞かなかった。二人とも実家住みだからどちらかの家ということはないだろうが、二人で食事でもしているらしい。


 ――[ごめんなさい]


 もう一度同じ文面のメッセージが来た時、階下から自分を呼ぶ声がした。


 「お兄ちゃん、ご飯!」


 妹の由佳の声だ。翔はとりあえずLINEアプリを閉じ、スマホをベッドの上に軽く投げた。

 帰ってきてそのままだったので、まずは普段着に着替え、階下へと降りた。


 食事をし、シャワーを浴びてから翔はまた自室に戻った。

 スマホを見てもLINE、通話ともに何の着信もなかった。メールは何通か来ていたが、すべてスパンメールだった。

 翔はLINEを開いて、トークルームのタブで愛美の名前をタップした。

 先ほどのやり取とりがそこにはある。最後の「ごめんなさい」でやり取りは途切れていた。

 指が電話のマークの上に行ったけれど、何かにためらっているようですぐにトークルームに戻り、善幸の名前をタップした。


 まずはメッセージを送る。


     ――[もう家か?]


 すぐに既読が付き、メッセージが帰ってきた。


 ――[ああ」


     ――[飯食ってたんか?]


 ――[食ってた」


     ――[めみと?」


 ――[めみと」


     ――[今電話していいか?]

 

 ――[いいけど]


 そのまま翔は電話の受話器マークをタップした。呼び出し音が鳴るか鳴らないかで通話がつながった。


 ――よう。今日は悪かった。


 なんだかあまり悪びれた様子もない。

 

 「道、そんなに混んでたんか?」


 ――ああ、結構混んでたな。


 「それならば仕方がない。でも、連絡くらいくれよ」


 ――わりい。今日、俺も愛美も携帯忘れてきた。


 翔は苦笑した。明らかに愛美の証言と食い違う。

 

 「そっか」


 ――それよりさ、今日帰りの車の中で、愛美のやつずっと泣いてたぞ。罪悪感にさいなまれてたんだろうな。


 「渋滞で来られなかったのなら、なぜ泣く必要がある? 連絡できなかったくらいで泣くか?」


 ――さあ、なあ。飯食ってるときもずっと泣いてて、なんだか俺が泣かしたみたいでバツが悪かったぜ。


 さすがに翔はムッとした顔をした。電話だから相手に見えないのが幸いだ。


 「今日はどこ行ってたんだよ」


 ――最初江の島行って、それから鎌倉の町中を散歩してた。大仏とか、八幡宮とか。


 「観光旅行か。で、そこで何があった?」


 ――別に。


 「嘘つけ。愛美がそんなに泣いたっていうのは不自然だろ。渋滞のせいで戻れなかったての本当かよ」


 スマホの向こうで、しばらく沈黙があった。

 翔はゆっくりと話し始めた。


 「今日、連絡先交換した藤沢の子の話したよな」


 ――ああ、大学生の女の子って言ってたな。藤沢に住んでるのか。


 「ああ。でも住所見ても藤沢のどのへんかは分からねえけど」


 ――そんなのネットのマップで調べればすぐわかるじゃん。


「そうなんだけど」


 ――そういえばその子に関して心の整理と決着をつけておくことがあるとか、なんかわけのわかんないこと言ってたよな。


 「心の整理というか、清算というか」


 ――過去の清算か? おまえにそんな過去があったのか?


 「いや、過去じゃない。現時点の話だ」


 ――ん? まさか……


 「そう、愛美だよ」


 またしばらく沈黙があった。

 

 ――愛美に片思いしてた?


 「いや、そんなはっきりしたものじゃなくて、なんとなく気になっていた程度。まだ恋愛感情ともいえないようなものだけどな」


 ――そっか。


「愛美が俺のことどう思ってるかわからないし、ま、どうせバンド仲間としか見てないだろうけど、でもそれがもやもやとなって例の藤沢の子に突き進めない」


 ――そっか、そうなのか。


また、しばらく間があった。善幸は何かを考えているようだ。


 ――じゃあ、はっきり言うよ。


 また、沈黙。


 ――五年後に。


 「五年後?」


 ――俺たち結婚しようってことになった。


 「そうか。やっぱりな。そんなことじゃないかと思ってた。それより、なんで五年後なんだ?」


 ――俺たち、まだ学生だし、卒業して就職して、三年くらいして落ち着いてからってことになった。それまでは恋人として付き合っていく。


 「気が遠くなるような話だな。ま、とりあえずおめでとう」


 翔の声が明るくなった。


 ――でも、昨日の夜電話して誘って、兄貴の店に行くまではこんなことになるとは俺もあいつも思ってもいなかったことだ、これだけはガチだ。


 「そっか」


 ――車の中でいろいろと話してて、こういうことになっちまってなあ。それでいろいろ話を煮詰めてたら約束の時間をはるかに過ぎてた。二人ともスマホを見る余裕さえなかった。


「ま、いずれにせよめでたい話だ」


 ――本当は今度のライブが終わった時点で。おまえを含めてバンドのあとの二人の駿やクロベ―にまとめて発表しようってことになってたけど、おまえにはばれちまったな。


 翔は微笑んだ。すべてが吹っ切れたような清々《すがすが》しい笑顔だった。


 ――だから、ライブまで駿とクロベ―には言わないでくれよ。


「わかった。教えてくれてありがとう」


 ――別にお礼言われることじゃねえけどな。


「これでさっぱりしたし、とにかくライブ頑張ろうぜ」


 ――おう


 通話は終わった。

 そしてすぐに、すでに登録済みの陽子とのトークルームを開いた。そこはまだ何のメッセージもないただ水色の背景一色のページだった。

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