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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
ソルティ・キャット
8/80

 善幸よしゆきは、客のサーファーたちに愛想笑いを浮かべた。

 

 「かけるがいるから、俺の出る幕はないんで。こいつは俺が紹介したんです」


 客たちは驚いていた。


 「あ、翔君と善幸君って知り合い?」 


 「バンド仲間なんです」


 「へえ、バンドやってんだ。どんなバンド?」


 「特に何かに特化はしてないんですけど、ポップ調な」


 「レーベルは?」


 「インディーズです。でも、YouTubeにはアップしてるし、ライブもやるんでもしよかったら」


 「いやいや」


 サーファーたちは一斉に、笑いながら首を横に振った。


 「俺たちはサーフィン専なんで音楽とかバンドとかには疎いし、世界が違うっていうか」


 そんな会話に一瞬だけ注意を向けた翔だったが、カウンターに座る愛美めみの脇に立ったままでの小声の話に戻った。

 愛美はコーヒーフロートのグラスに左手を添え、右手でストローをもてあそびながら翔を笑顔で見上げている。


 「ゼンコーが来ることは知ってたけど、愛美まで来るとは思わなかったよ」


 「私だって今日ここに来るなんて思ってもなかった。昨日の夜に突然ゼンコーさんから電話あって」


 その時、善幸と話していた、あとから入ってきたグループの中の女性が翔を呼んだ。


 「翔君! さっきから親しそうにしてるそちらの見かけないお嬢さんは、もしかして翔君の彼女さん?」


 そう言われて翔はほんの少し愛美の顔を見て、すぐにそう聞いてきた女性サーファーに顔を向けた。


 「そうです。彼女です」


 「おお」


 サーファーたちは歓声を上げた。すぐに翔は愛美を見て、その反応を確かめているようだった。だが愛美は笑っている。


 「まあ、そういうことにしておきましょう」


 「違う違う違う」


 冗談半分という感じで言った翔の言葉を遮ったのは、善幸だった。


 「このもバンド仲間。俺たちのボーカル」


 「本人じゃなく善幸君の方がなんでむきになってんの?」


 サーファーたちが笑う。愛美もただ笑っているだけだった。

 やがて、善幸たちが来てからちょうど一時間たった。


 「じゃあ、兄貴、これ」


 善幸はエプロンを脱いでマスターに渡した。


 「え? 終わり?」


 「一時間たったし、これで時給出るだろ?」


 「だから出ないって」


 「俺たち、せっかく来たんだからそのへんドライブして帰る」


 「あ、じゃあ」


 翔は話に割って入った。


 「あと二時間で仕事終わりだから、そのあと一緒にめしでも食おうぜ」


 「ああ、いいよ」


 「食事ならここですれば?」


 マスターが言う。善幸は笑って断る。


 「せっかく来たんだから、なんか土地のもの食いてえ」


 「そっか。この近くに海鮮食堂もある。イタリア料理のレストランもあるけど」


 「そっちがいい」


 愛美が話に入る。マスターは笑った。


 「それじゃ土地のものじゃないけどな」


 マスターから店の名前と場所を聞き、五時十分に待ち合わせとなった。善幸は愛美と一緒に、店を出た。

 

 マスターが教えてくれた「ミニ―トッポ」という店は「ソルティ・キャット」から歩いて二分くらいなので、翔はバイクはそのまま置いていくことにした。そして自宅に電話し、母親に夕食はいらないと伝えた。

 店の名前を聞いた時に翔はすぐに、赤い煉瓦の壁のあの店かとわかった。

 毎日その前を通っているし、その洒落たたたずまいは印象に残っている。やはり国道沿いで、二階建ての小さな店だ。134号の歩道を江の島の方へ向かって歩き、小さな川を越えると、すぐに赤い煉瓦は見えてくる。

 脇に飾りのランプがある木の扉を引いて入ると、冷房がひやりと包んでくれる。外観の赤煉瓦とうって変わって、店内の内装は壁も天井も白一色だった。

 翔は店員にあと二人来ることを告げ、とりあえず翔は二階席の窓際の席に着いた。店内はそこそこ混んではいる。

 外はまだ明るい。二階だと波が打ち寄せる砂浜を含めはるかに広がる海と、そして右手には江の島が見えた。


 料理はあとの二人が来てから注文する旨をウエイターには告げ、ただ何も頼まずにいるのもなんなので、翔はアイスコーヒーをとりあえず注文した。

 その間、ウエイターが置いていったメニューを見ながら、二人が来たら何を頼もうかいろいろと考えていた。あとは二人の意見を聞いて決まる。

 

 壁の一角には大きな時計があった。

 針は五時十五分を指している。

 翔はスマホの時刻表示を見て、その時計が正確であることを確かめた。

 もう約束の時間を五分過ぎていた。

 窓の下の134号の、江の島に向かう車線はかなりの交通量で、ほとんど渋滞といえた。鎌倉方面への車線は流れてはいるけれど、川のところにある信号が赤になると、信号待ちの車の列がかなり長くなった。

 だが、時計の針が五時三十分を指しても、善幸と愛美の姿は現れなかった。

 店の前が駐車場だから、彼らの車が入ってきたらすぐに目にとまる位置に翔は座っているが、それらしき車は来ない。

 翔はスマホを出して、LINEの着信がないかどうか確認した。だが善幸からも愛美からも着信はない。

 そこで、善幸にLINEしてみた。


     ――[約束の時間過ぎてるぞ]


     ――[まだか?]


 しばらく置いておいたが、返信どころか既読もつかなかった。

 愛美のLINEにも同様の内容を送ったけれど、こちらも既読はつかない。

 そのうち、五時四十分になった。約束の時間からすでに三十分が経過している。


 「おっせえな。何してんだよ」


 翔は思わず声に出していった。

 そしてもう一度、善幸にLINEした。


     ――[今どこにいるんだよ?]


     ――[いつになったら来るんだ]


 先ほどのLINEでさえまだ既読がついていないから、こちらもすぐに既読が付くわけがない。

 翔は善幸に電話しようとしたが思いとどまって、愛美のトークページに切り替えて上部の電話マークをタップした。

 呼び出し音が鳴るだけで、愛美は出なかった。

 そのまままた十五分が経過した。

 二人のどちらからもLINEも電話も来なかった。既読もついていない。

 さすがにいらいらして、これが最後という感じで翔はまた愛美に電話した。

 出なかった。

 もう六時になろうとしている。アイスコーヒーはとっくに飲み終わっている。まだ外は明るいけれど、そろそろ薄暗くなり始めている。

 翔は席を立った。あとの二人は来そうもないのでと言い訳して、レジでアイスコーヒー分だけの代金を電子マネーで払った。

 そして自宅に電話し、やはり夕食はいる旨を母親に連絡した。 

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