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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
ソルティ・キャット
5/80

 かけるのスズキGSRは上品な感じの住宅街の中の県道を走行していた。

 時折頭上を湘南モノレールの軌道が走り、モノレールの車体の下をくぐったりしたけれど、それがずっとではなかった。

 

 「ソルティ・キャット」でのバイトを始めてから一週間、ちょうど折り返しだ。

 月曜日は店の定休日で休みだった。普段からマスター一人とバイト一人だけの店なので、年中無休というわけにはいかないとのことだ。

 そしてその翌日の火曜日、翔は昼過ぎに「ソルティ・キャット」へ向かっていた。この日はどうしても大学にレポートを提出しに行かなければならなかったので、午前だけ休みをもらったのだ。


 今は、初めてここに来たときとは違うルートで通っている。

 県道21号いわゆる鎌倉街道は北鎌倉を過ぎたあたりや八幡宮付近がものすごく渋滞するし、国道134号も稲村ヶ崎あたりで詰まることが多いのでルートを変えた。

 県道21号を横須賀線の線路を超える手前の小学校のところで右折し、県道301号から304号を経て途中左折、江ノ電の駅名にもなっている県立高校の前で国道134号線に合流するルートだ。

 なにしろ右折や左折も多く、そこを間違えると必ず迷うので、曲がり角の目印はマップサイトやストリートビューで確認した。

 あとは取り付けてあるバイク用のナビが頼りだ。


 最後の左折の後はゆるい下り坂で、翔は加速しすぎないように気を付けた。

 やがて前方に海が見えてくる。

 その海の手前の国道に出る前に江ノ電の線路が横たわって、踏切となっている。踏切の手前には多くの若者がたむろして、スマホを構えて江ノ電の電車が踏切を通過するのを待ち構えている姿が見えた。

 そこが某アニメの聖地だ。

 彼らは江ノ電の撮影が目的の撮り鉄ではなく、江ノ電が踏切を通過する風景を撮りに来たアニメオタクたちである。


 その江ノ電の踏切を渡ると、すぐに国道134号線と合流だ。

 国道を左折して海を右に見ながら進むと、ほんの一、二分で「ソルティー・キャット」に着く。

 このルートの方が市街地を経由してのルートよりもほんの少し遠回りだが、朝でも自宅からの所要時間は一時間くらいだ。一般的なルートでは朝では渋滞に巻き込まれて、一時間半はかかる。

 今日はもう時間が時間なので、五十分もかからずに着いてしまった。


 間もなく目的地なので翔は徐行した。

 信号で停まると、国道の右側の白い柵の手前で女の子が四人、はしゃぎながら海を見ていた。

 

 「え?」


 その四人の女の子、とりわけツインテールの子が一瞬だけ目にとまった。

 しかし、対向車線の向こう側の歩道にいるのだから顔はよく見えない。

 信号が青になったので、翔はそのままスルーして、「ソルティ・キャット」の従業員駐車場にバイクを停めた。


 「おはようございます」


 もう昼過ぎなのに、つい癖でそう挨拶してしまう。


 「おお、おはよう」


 マスターも合わせてくれた。

 

 「レポートは無事に出せたかい?」


 「はい。ちょうど昨日が休みだったので、なんとか書き上げて間に合いました」


 「それはよかった」


 マスターは髭面でにっこりほほ笑んだ。翔はすぐに支度をした。支度といっても、店名の入ったエプロンをつけるだけだ。

 店にはもう、今ではほとんど顔なじみになった常連のサーファーたちが何組か入っていた。

 

 「やあ」


 翔の登場に、皆笑顔で軽く手を挙げ、挨拶をしてくれる。

 そんな翔の背後から、マスターがそっと紙切れを渡した。ノートの切れ端という感じで、二つにたたまれていた。


 「なんかさっき、お客さんがこれを君に渡してくれって置いていったよ」


 「お客さん? ですか?」


 「三日くらい前だったかな、そこのテーブルに座ってた四人組の女の子たちがいただろう、新規の」


 「なんか、いましたね。もう忘れてましたけど」


 「その子たちがまた来てね、君が今日はいないのかとか聞くんだよ。で、休みだって言ったら名前とか電話番号とかメールアドレスとか教えてくれっていうんだけどね」


 「はあ」


 「個人情報を教えるわけにはいかないって言ったらね、それを置いていったんだよ。君に渡してくれって」


 翔は不思議そうな顔で、その紙を見た。


 「ヨコハマから来ているバイトのウエイターさんへ

  (原田さんに似た人)」


表にはそう書かれていた。翔はすぐに中を開けた。


 「また来ました。

  連絡先を聞きたかったのですが、いらっしゃらないので帰ります。

  連絡ください。


  先週の土曜日に来た4人組 ツインテールのようこ より」


 そして携帯のメールアドレスと「御法川陽子」という名前が書いてあった。


 翔は目を見開いて、マスターを見た。


 「マスター! ごめんなさい。仕事の前にちょっと出てきていいですか? すぐ戻ります」


 「ああ、いいけど、ずいぶん慌ててるね」


 翔は一度つけたエプロンを脱いで、店の入り口から外に飛び出していった。

 そして店の前の国道を、左右を確認して車が途切れるのを待ち、海側へと横断して駐車場との間の歩道を右の方へと駆けた。


 先ほどの四人の女の子は、まだそこにいた。


 猛暑の炎天下で走ったので全身に汗が噴き出したけれど、呼吸を整えながら彼は海を見ている四人の女の子の後ろにと歩いていった。


 「よお」


 声をかけると驚いたように四人とも振り返ったが、翔の顔を見てみんな警戒心の驚きから喜びの驚きへと表情を変えた。


 「あら」


 ツインテールの子は翔の顔を見ると、ぱっと花が咲いたように微笑んだ。

 今日は白Tシャツではなく水色の半袖パーカーで、下の薄いブラウンのクルーネックのシャツが見えている。

 組み合わせは前と同じようなデニムのショートパンツだ。


 「君が陽子さん?」


 「はい、そうです」


 「今、メモ書き置いて行った人だよね」


 「見ました?」


 なぜか陽子は、嬉しさを隠し切れないという様子だ。


 「さっきバイクで通ったときに“あれ?”って思ったんだけど顔よく見えなかったし、そのまま店に行ってあのメモ見た」


 だいぶ呼吸は整っていたけれど、翔はもう一度深く息をついた。


 「それで走ってきてくれたんですね」


 「うん」


 二人の会話の後ろでほかの三人の女の子たちも顔を見合わせて、やたらとにやにやして喜んでいた。

 だがその喜び方は、陽子とはどうも質が違うもののようだ。

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