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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
鳥の詩
43/80

================

  迫り来るような宵闇の中で

  いま鳥になってび立つ

  世間の風も冷たい壁も

  羽ばたく力で消して


  二人が今ここに翔び立つのなら

  たとえ翼(つら)ねてなくても

  幾重にも重なる鳥たちの中

  あくまでも孤独な二人


  限りなく蒼い夕暮れの中で

  限りなく白い僕たち

  今はただ何もほしくはないけれど

  おまえのすがる腕が宝物


  空を翔べることを知ったときから

  二人の旅は始まり

  そして今もまだこうして続いているのは

  きっと何かにひかれて


  ああ だけど空にいるのは

  あれはみんな雲ばかり

  どこにもどこにも

  鳥なんていない


 ================


 書き上げてから、かけるは部屋の隅のアコースティックギターを手にした。アコギなど高校時代にはよく弾いていたけれど、バンドを始めてからはエレキ専門で、このアコギは全くほこりをかぶっていた。比喩ではなく実際に誇りまみれだったので、翔はごみ箱の上でティッシュでほこりをぬぐった。

 弦もかなり張り替えていない。弾いてみたけれど、チューニングはやはり狂いっぱなしだった。

 なんとか時間をかけて正しいチューニングに合わせ、翔はピックで弦をはじいた。

 ギターはギブソン社製のハミングバードのコピーモデルだ。本物のハミングバードだと数十万はするが、そこは他社のコピーモデルとあって新品でもそれよりもゼロが一つ少ない額のさらにその半額ほどだった。


 翔は自分が書いた詞の紙を見つめ、弦を鳴らし始めた。ストロークではなくアルペジオだ。高校時代からずっと、翔はアルペジオでもスリーフィンガーでもすべてピックではじいている。

 だが、エレキギターではハイコードが基本なので、久しぶりのローコードにはいささかとまどいもあった。

 詞の内容から、キーコードはAm(エー・マイナー)とした。AmからDm、そしてC、E7と単純な循環コードで、それに合わせて歌詞を鼻歌で歌い、あっという間にメロディーはできた。善幸が作る曲とは全く違うスローなバラードだった。

 こうして作っているうち、最後の「ああ だけど~」以下の部分はDmで始まるサビとして「孤独な二人」の後ろにつけた。

 二番の最後のサビも、同じフレーズを繰り返した。

 間奏の後さらにその部分を繰り返して曲は終わる。

 一度通しで、翔は歌ってみた。

 そのギターの音と歌声に、窓の外の吹き荒れる嵐の音がそれに重なっていた。

 何度か修正して、完成した曲をデモテープとしてスマホで録音しているうちに昼となった。昼食ができたと由佳が呼びに来て、ようやく翔はギターを置いた。

 エレキの柔らかい弦に慣れていた翔の指は、久しぶりに抑えるアコギの硬い弦に少々痛みを感じていた。


 下に降りると、ついていたテレビは相変わらず台風のニュースを報道していた。民放にすれば普通のバラエティー番組もやっているあろうけれど、父がNHKから変えさせてくれないようだ。

 夕方までには,台風本体は茨城県から再び海上に出て、横浜は暴風域から脱した。間もなく暴風域も消滅しそうだとニュースは報じていた。この分だと明日は予報通り晴れそうだ。

 そうなるとせっかく少し和らいだ暑さも、明日からはまた猛暑がぶり返すらしい。

 テレビはさらに、千葉県地方の甚大な被害を中継を交えて繰り返し伝えている。

 翔の家のある近辺は被害らしき被害はなかったようで、予報通りたしかに夕方になると雨も風も収まっていった。

 午後は、せっかくチューニングしたのだからと古いギターを抱えて、翔は高校時代によく弾き語りしていた曲や、昭和のフォークソングなどを奏で歌ったりしていた。

 その日の夜は、やっと翔も熟睡できた。


 相鉄線は普通に地上を走る鉄道だけれど、大和到着間際に地下に潜る。翔はヨコハマ・ネイビーブルーに車体が包まれた海老名行きの特急にうまく乗ることができたので、西谷、二俣川の次、すなわち三駅目が大和だった。特急だと二十分前後だ。

 車内は席がだいたい埋まり、少し立っている人がいる程度の混み方だった。

 大和は地下駅だった。まるでここだけ地下鉄になったようだ。

 大和に着いたのは、陽子との約束の二時のほとんどぎりぎりだった。

 ここは小田急江ノ島線との接続駅だけあって、多くの人が降りた。陽子も藤沢からここまで、小田急線で来るはずだ。

 乗り換えの人たちと混ざってエスカレーターで上ると、そこは一階だ。

 ちょうど高架線の小田急江ノ島線のホームから降ってきた階段やエスカレーターとそこで合流するけれど、幅広くなぜか湾曲に並んだ乗り換え用改札で隔てられている。人の流れはほぼその乗り換え改札へと吸い込まれていく。

 小田急線の一階スペースの方が、相鉄線のそれよりもはるかに広い。乗り換え改札の反対側には外に出る相鉄線の改札があり、そこが大和駅全体の北口のようだ。こちらの改札は小さい。その改札を通って外に出る人もいることはいるけれど、そんなに多くはなかった。

 翔はスマホを出して、陽子のLINEトークルームから音声通話のボタンをタップした。

 呼び出し音が二階くらいで、すぐに陽子が出た。


 「着いた」


 翔は言った。


 ――私も着いてる。今、どこ?


 「相鉄線の改札内」


 ――そこに乗り換え用改札あるでしょ。


 「うん、目の前」


 ――じゃあ、その乗り換え改札から小田急線の方に入ってきて。


 「え? 小田急線に? なんで?」


 ――こっちから出た方が近いから。Suicaでしょ?


 「うん」


 ――だったらどの改札機でもいいから。それで入ったところで動かないでいて。もう電話切っていいよ。


 久しぶりに聞く陽子の声だけど、なんかそっけなさを感じた。

 とりあえず翔は陽子の言う通りにした。モバイルSuicaが入っているスマホを機械にタッチして小田急線の改札内に入り、通行人の邪魔にならないところに立っていた。

 すぐにその姿を探し当てて、陽子が来た。これまでにはないようなミニのナイフプリーツスカートにリブボートネックのノースリーブTシャツで、どちらも黒が基調になっていた。胸には赤で花模様の刺繍ししゅうもあった。

 行き交う人々の流れの中で、その姿はすぐに目についた。

 翔は青緑のポロシャツを外出しで着こなしている。

 陽子はかなり近くまで来ているのに、まだきょろきょろと翔を探しているようだった。

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