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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
鳥の詩
42/80

 久しぶりに、熱帯夜から解放された気がした。今日はエアコンはつけずに済みそうだ。

 かけるは久しぶりに早く寝ることにした。

 だが、快適に過ごせるはずの夜なのに、睡眠は爆音で妨げられた。

 窓ガラスに風がぶつかり続けてガタガタと鳴らし、それに重なるように豪雨の爆音が部屋を包む。

 どうにも寝ていられなくて下の今に降りると、電気がついていた。

 ソファーにぽつんと、由佳が座っている。


 「おまえも眠れないのか」


 「うん。お兄ちゃんも怖くて降りてきたの?」


 「ばか言え。怖いんじゃなくてうるさくて眠れないんだよ」


 あまりにも風が強くて、時々家がミシミシときしむ。一瞬、地震かと思ってしまうほどだ。

 翔は冷蔵庫から麦茶を出して一杯飲み、それをしまいながら言った。


 「怖いんだったら、お兄ちゃんの部屋で寝るか?」


 「それこそ“ばか言え”よ」


 由佳が鼻で笑うので、翔は苦笑して部屋を出ようとした。そして振りかえって言った。


 「とにかく、何とか寝ろよ」


 翔はそのまま自室に戻った。そしてワイヤレスのイヤホンを装着し、スマホで音楽を流しながらなんとかベッドに入った。音楽の音にかき消されて、少しは豪雨の音もごまかされた。

 そうして何とか眠りについたが、翌朝も早くに目が覚めた。

 外は相変わらずの豪雨で、窓から見ると空には黒い雲が立ち込めて、はっきりと流れているのが分かる。

 雨は激しい勢いで、横殴りに街を穿うがっている。この辺りは高台だから浸水などの被害の心配はないが、翔は念のためスマホを充電機に挿してフルに充電しておくことにした。

 階下に降りると、両親がそろっていた。平日なのに父もいる。


 「由佳は?」


 「まだ寝てるみたい」


 母親が言う。父親も今日は出勤をあきらめたようだ。

 テレビはついていた。例によってL字テロップが出ているが、その中の画面も台風関係の報道だ。

 テロップの左下に写っている進路予想図では、今は台風本体は房総半島南東部に上陸している。このあとゆっくりと房総半島を北上して、銚子あたりで再び海上に出るという予報だ。

 この辺りもぎりぎりで暴風域に入っているが、千葉県の方ではすでにかなりの被害が出ているようだ。

 冠水した道路や決壊しそうな川を、レインコートにヘルメットをかぶったアナウンサーが実況中継している。


 「台風は進路の東側が被害が大きいっていうけど、ここは西側だから」


 したり顔でテレビを見ていた父親が言う。

 たしかにときどき写る雨雲レーダーの画像では、台風本体の進路の東側の海上に活発な雨雲がかかっているようだ。

 母親が簡単な朝食を作っている間に、由佳が降りてきた。

 平日の朝には珍しい四人そろっての朝食をとると、食事の後すぐに父親はダイニングのテーブルでノートパソコンを開いた。


 「仕事?」


 翔が聞くと父はうなずいた。


 「出勤はしなくても、休んでいるわけにはいかないからな」


 そう言ってリモートワークを始める父はの頭は、もうすっかり白髪しらがが増えてきていた。


 「白髪、増えたね」


 翔が言うと父はパソコンの画面から目を離さずに言った。


 「おまえたちが苦労かけるからだろ」

 

 翔は苦笑して、二階の自室へと戻った。

 すぐに陽子にLINE送ろうとした。だが、もしかしたらまだ寝ているかもしれないと思って、とりあえず翔は送信をやめた。

 暇なので、またベッドに寝転がってスマホを見た。ネットニュースで台風の状況を確認したり、SNSでTLを拾っていた。

 トレンドに飛べばネットニュースよりもかなり最新の情報に接することができる。それによると、やはり千葉県南部ではすでに大規模な停電が発生しているようだ。そのほか、幹線道路の倒木による通行止めとか冠水とか、土砂崩れや家屋の倒壊、河川の氾濫とか大変なことになっているらしい。

 本当は今日は城ケ島に行っているはずの日だったことを、翔は思い出した。今ごろ思い出したということは、よほどそれどころではないという状況だったのだ。 

 気が付けば、もう昼近くになっていた。

 明日のこともあるから、いつまでも連絡を取らないわけにはいかない。

 翔は思い切って陽子にLINEした。


     ――[おはよう、起きてる?]


 またすぐには既読がつかなかった。しばらく放置してまたSNSを見ていた。

 だいぶたってから一度陽子のトークルームをのぞいてみると、やっと既読がついていた。だが返信はない。


     ――[そちらの様子は? 無事?]


 またすぐに既読がつかないので、翔はトイレへ行った。戻ってから見るとメッセージ着信の通知があった。


 ――[雨はすごいけど、大したことない]


 翔はふっとため息をついて、文字を入力した。


     ――[明日どうする?]


 ――[行くよ。天気によるけど]


     ――[台風は今日の夜のうちに行っちゃって、明日は晴れるって]


 ――[じゃあ、午後二時に大和駅で]


     ――[了解]


     ――[着いたら電話する]


 翔はさらに「今日どうした?」とか「いつもと様子が違う」「まるで別人じゃん」「何かあったの?」と文字を打とうとしたけれど、やめておいた。

 最後の翔からのメッセージには、既読はついたけれど返事はなかった。

 翔はまたスマホをベッドに軽く放り投げ、ため息をつきながら頭を掻きむしった。


 「わけわかんねえ」


 そんな独り言をつぶやきながら、いらいらした様子で外を見た。少し風も雨も収まってきているようには感じたけれど、空いっぱいに流れる暗雲はそのままだった。

 電気をつけていても部屋全体が薄暗く感じる。

 翔はデスクに座り、メモ紙を取り出した。シャーペンを握る。

 そして一気に、新しい詞を書き上げた。

 今の自分の心情を、そのまま詞にした。当分ライブもなさそうで、すぐに曲がついて歌われるとは限らないけれど、気に入ったら作詞ノートの方に転記するつもりだ。

 ノートには、歌われない歌たちが並んでいた。すでに自分で曲をつけたものもあるけれど、今一つ気に入らないので誰にも聞かせることもなくお蔵入りした歌も多い。

 作曲を得意とする善幸などは、先にメロディーを作ってあとで詞を書くことが多いそうだ。昨今のメジャー曲もポップスであれヘビーな曲であれ、ほとんど曲先行が主流のようだ。

 だが翔は、詞先行でないとうまくいかないタイプだった。

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